修行編:牡丹郷の話
蘭花が丸い瞳に灯りをともしながら頷いたので、景容は両目を空中に向けながら話し始めた。
「ある日みた夢の中で、私は周りのどこを見渡しても牡丹の花が咲き誇る土地にいたのです。その中でも私は、牡丹の中で鏡に囲まれた蓮が咲き誇る場所にいました」
「へえ。それは随分と美しそうな場所ですね」
「ええ。それは見ているだけで輝かしいと思える場所です。ですが、そこの人々は、周辺の地域に住む人々から蔑まれていました。その場所は他の場所よりも格の低い場所だと思われていたからです。しかし、その中に住む者たちは自分たちが住む場所のことを格の低い場所だと思う者は誰一人としていませんでした。他のどの場所よりも、誰もが自由に過ごすことができて、どの場所よりも活気のある場所でした。そして、夢の中で私は、その場所を治める立場にあったのです。その立場にいると、どうしても他の場所に住む者たちと関わらなければならない場面が出てくるのですよ。そのたびに、私の治めている場所が他のどの場所よりも劣っている、という言葉ばかり聞かされるわけです」
「それは随分と疲れる立場ですね」
蘭花は何も気づく様子なくお茶を飲み、軽やかに笑いながら言った。
(まさか、本当に牡丹郷とは関係がないのだろうか……? だけど、もしそうなら蘭花皇女にこんなにも仙気がまとわりつくはずがないのに……)
心の中に一筋の違和感を抱えながらも、景容は続けた。
「ええ。でも、夢の中で住んでいた町に出れば、自由でしたから、多少の疲れも吹き飛んでいましたが。ですが、私の立場はそれだけしていればいいというものではなく、より実力をつけるためにある修行が必要なのです」
「修行? それはどのような?」
「さあ。それは、私にもわかりません。いつも、修行へ行く直前のところで目が覚めてしまいますので」
「それは残念ですね。ぜひとも、その続きを聞きたかったのに」
景容は聞きながら、お茶を取り、「同感です」と頷いていた。その内心は完全に混乱してしまっていたが。
「皇女殿下は、このような夢を見ることはないのですか?」
最後に探りを入れるかのように景容は尋ねてみる。しかし、当の蘭花は本当に何も知らないかのように、宙を少しだけ見上げてから、小さく笑って首を横に振った。
「私は、そんな夢を見ることはありませんね」
「では、どのような夢だったら見るのですか?」
「そうですね……。例えば、一面に桜が咲き誇っている場所にいた夢でしたら見たことがあります」
「桜?」
蘭花は影を帯びた視線を景容に向けた。しかし、彼はそこからどんな感情ですらも読み取ることができない。だがそれと同時に、一抹の不安をも覚えざるを得なかった。
(まさか、寒桜地の者なのか……?)