重生編:信頼への信頼
景容の名を聞いた瞬間、春桜の胸には人間界での日々が鮮明に甦ってきた。
「はい。彼に会ってみます」
と、春桜が心躍らせながら言うと、芍薬も何も言わずただ頷いただけだった。
「春玉、私ちょっと行ってくるね」
と、春桜は立ち上がりながら言ってから部屋を出た。
錦城宮の広間の奥に、どこか申し訳なさそうに腰掛けている景容の前に春桜は立った。すると、その瞬間に景容は見るからに目を見開いて彼女を見上げた。
「景容殿、お久しぶりです」
と、春桜が言って初めて景容はようやく喋ることを思い出したらしい。彼は見開いていた目を縮め、その代わりに微笑を浮かべながら言った。
「ええ、お久しぶりです。確か、拷問の日以来でしたね」
「そうですね。あの時は、私の前世の中でも特につらい記憶でした」
「そうですよね。わざわざ蒸し返してしまって申し訳ない」
「いいんです。もう生まれ変わりましたから。今は錦城宮宮主の娘として、本来の身分を取り戻すことができましたし。でも、本物の春玉がこれから味わう苦しみを想像するだけでどこか恐ろしいのです」
「なぜ?」
と、景容は春桜に上座へ座るよう促しながら言った。
「私が春玉として生きていたとき、寒桜地への警戒が高まって来ていた時期でした。そのため、私も拷問を受けた。それも、特に具体的な罪状もなく、です。桃妙楼の楼主が一言拷問をしろ、というだけで、桃妙楼の才人はそれを遂行する。実際に自分が拷問を受けて、桃妙楼の拷問はそういうものなのだ、と知りました」
「その拷問はいつ終わるんです?」
「おそらく、拷問を受ける人間の口から、彼らの欲しがる答えが出たときでしょうね」
だが、景容はただ首をかしげるばかりだった。
「それを、本物の春玉には受けさせたくない理由があるのですか? なんといっても彼女は真に白扇の血を受け継いでいるわけだし」
「景容殿。人を出自で判断してはいけません。確かに春玉は白扇の血を受け継いでいます。でも、彼女の中では白扇は母親とはいえる存在ではない。彼女は我々と共に、白扇の考えに同意することはないそうですし」
「それで、春桜殿はそれを信じるのですね?」
春桜が確信をもって頷くと、景容もまた仕方がない、というような表情を浮かべて言った。
「それでは、私もその信頼を信じることにしてみます」