牡丹郷編:白扇の新たな動き
景容はその場に護衛の男を引っ張りながら座った。
「芍薬殿はあの春玉が自分の娘だと信じている。その理由を私も聞いたし、私自身も春玉の身にある通常とは異なる現象を目にした。だから、私は春玉が生まれ変わるかもしれない、と聞いても、十分あり得ることだと思う」
「えっ、と言うことは、春玉はもとから寒桜地の人間じゃなく、本当は錦城宮の人間だっていうんですか? それも、芍薬殿の娘? じゃあ、今の芍薬殿の娘は? 確か、春桜という名の」
「その者こそが本当の白扇の娘だろうな」
すると、護衛の男は興奮を抑えられないといった様子で叫んだ。
「それなら寒桜地との境を春桜に任せるのは危険な行為と言うことじゃありませんか!」
その言葉を聞いた瞬間、景容もまた立ち上がらざるを得なかった。
寒桜地との境の警備にあたるのは十分に能力があり、確実に信頼のおける人間でなければならないのに、それを芍薬の「娘」に任せるなんて!
寒桜地との境の警備を誰に行わせるのかは、桃妙楼にしか決定権がない。それもあって、景容はこの状況で誰を恨むべきかわからなくなってしまった。
(楼主は牡丹郷を壊滅に追いやる気なのか……?)
景容は極力全ての感情を抑え込んでから、護衛の男に尋ねた。
「春桜はすでに、寒桜地の境に到着したのか?」
「はい。入ってきた情報が正しければ、今日の夕方に到着しているはずですよ」
護衛の男が言い終わるのとほぼ同時に、今度は文人が血相を変えて走り込んできた。
それを見て、景容と護衛の男は慌てて立ち上がる。
「宮主さま。先ほど辺境から急ぎの知らせがありましてね。どうやら、白扇が桃妙楼に向けて攻め込んできたようです!」
「その名目は?」
「本日、楼主さまが春玉を処刑したことにあるようです。春玉は何もしていないにも関わらず命を奪った報復に、夕方ごろから攻め込んできた模様です。歓冷宮で抑えられていればまだ大丈夫かもしれませんが、そこが崩れれば蓮鏡宮や桃妙楼まで攻めいられるのも時間の問題かもしれません」
夕方か、と景容は心の中でつぶやいた。どうやら白扇は辺境の警備が入れ替わる、という情報を事前に手に入れていたらしい。だがそれがなくとも、春桜の実力で白扇に立ち向かうのは難しいのかもしれないが。
「わかった。護衛くん。今すぐに人手を増やしてこの蓮鏡宮の護衛を強化してくれ。それから、明け方までに精鋭の兵たちを全て宮境に派遣してほしい。何としてでも、この自由の宮を守らないと」
すぐに、護衛の男も真剣な眼差しで敬礼をした。
「はいっ。お任せください。ただ宮主さま、私にも名前はあります。しかも、護衛くん、という名前じゃありません」
「じゃあ、何ていうんだ?」
「胡瓜といいます!」




