二十.エピローグ
ユージは宇宙空間を漂っていた。
(ここはいったい?)
漆黒の闇にちりばめられた、無数の星々の放つ美しい輝き。見とれていたユージは、遠くから、巨大な円盤形の物体が近づいてくるのに気づいた。
巨大銀河
渦巻き状にゆっくりと回転しながら、眩しい光を放出する中央に、無数の星々が吸い込まれている……
「天の川銀河だ。美しい……みえるかい? 君たちのいる太陽系はあそこだよ」
ふと気づくと、隣にフードをかぶったモノが立っていた。ユージは指さされた箇所に目を凝らした。小さく輝く光の粒の周りを、さらに小さないくつもの点が、くるくると楕円軌道で回転している。
「この銀河には地球と類似した惑星が数千個以上存在している。各惑星には創造主が割り当てられ、六道により魂の洗練を行い、グランマのような近隣の地で一時保管している。保管庫が一定量に到達すれば、銀河の中央に集められ、創造主の役割は終了する」
ユージはフードの男の語る内容にぼんやりと耳を傾けていた。ふわふわとし他間隔で、意識がかすんでいる。フードの男が続けた。
「すべての惑星の魂の洗練が終了すれば、中央に集められた魂は全宇宙に解き放たれ、銀河はその命を閉じる。この宇宙には他に二兆個以上のまだ命の無い銀河が存在している。今後、どれだけの魂が必要か、想像できるかい?」
そのモノの表情は見えない。だが、かすかに笑っている感じがした。
「なぜそんなことをするのか? タンポポは懸命に花を咲かせ、綿毛をつくり風に乗せてその種を遠くに運ぶ。銀河も同じ。自らの魂を遠くに運ぶ。それは生命が持つ自然の本能、ものの理。すべての銀河に魂を届ける。その本能に従って君たち、そして、私も生きている。だが……」
また笑った気がした。
「くそくらえだ!! 私は純粋に楽しみたい、それだけで生きている。魂を銀河に届ける? そんなことは関係ない」
拳を震わす男をユージは唖然と眺めた。この男の中には、自分たちと変わらない心が存在する……
「私はしがない歯車だ、君たちと同じように。だが、道具にもプライドがある。おかしいと思うことは現場から改善していなかいといけない」
ユージは不思議な気持ちで聞いていた。この人も、与えられた理の中でもがきながら、自分たちと同じ道を歩んできた魂……フードの男が顔を上げた。絶望を振り切るような、希望に立ち向かう、力強いまなざし。
「シンの他力本願。多少は魂の精度がおちるかもしれない。でもいいじゃないか? ちょっとぐらい悪いやつがいた方が、さぼるやつがいた方が、面白いやつがいた方が……きっと世界は楽しいはず。そして、グランマ。私はあの地が好きだ。このまま無くすことはしたくない。だが、私の体は限界だ。頼みがある。もちろん聞いてくれるね……」
こちらを向いて微笑むモノを、ユージは唖然と眺めていた。
※
高台で身を伏せ続けていた岡本は、体を起こして周囲を見回した。心なしが風が収まった気がする。もしかして、ユージが止めたのか……
(だがまだ、アイツは帰ってこない。地球の自転の状態も気になる。いったいどうすれば……)
ふいにクリエイターの体が傾き、力なく、草わらの中に倒れこんだ。
(いったい何が……)
風がぴたりとやんだ。岡本は恐る恐るクリエイターがいた場所に近づき、驚嘆の声を上げた。クリエイターは消え去り、代わりに、意識を失ったユージが倒れていた。
※
「地球の自転速度が正常に戻りました」
天国への扉の前。疲れたような笑みを浮かべた岸本から伝えられて岡本は飛び上がって喜んだ。紬は微笑み、アイコスは涙ぐんでいる。周りのゴーストたちは、大はしゃぎしていた。
紬がそわそわしているのに岡本が気づいた。
「さっさとあきらの元にいってやれ、もう地球との通信は不要だ」
うなずいた紬は、扉に飛び込んだ。
(すっかりお父さんの顔だな)
岡本はその頼もしい弟の姿に微笑んだ。
※
「クリエイターは消えてしまった。しかし、ゲートは生きたままだった。どういうことだろう?」
涅槃。天国への扉。
ブッダが不思議そうに首を傾けていた。岡本も頭を抱えて考え込んだ。
(ユージはベッドで意識を失ったまま。クリエイターが消えてユージが現れた。そして、扉は生きている。もしかして……いやまさか)
岡本は浮かび上がった最悪の予想に、振り切るように首を振った。
「達也の意識が戻ったと岸本さんから連絡がありました」
秋山の話に、岡本はほっと肩の荷をおろした。あきらが抜けた事で、レインボーロードのバランスが崩れ、ガラスが砕け散るように消滅し、程なくして達也の意識が戻ったと。
『二人に任せておけば何とかなる、そう思った。でもそれじゃダメなんだ』
恐怖を必死に抑え、困難に立ち向かう達也。秋山から聞いていたその姿を岡本は思い浮かべた。
(おつかれ。達也)
二年前。最後に出会ったあのあどけない少年が、ここまで立派に成長してくれた……小さな体で懸命に戦ったその勇気に敬意し、ここまで成長を見守ってくれた、梶原と、娘、紀香に感謝した。
※
地球。IT Translator国家育成プロジェクト本部。
ベッドの上で達也はぼんやりと天井を眺めていた。長い悪夢を見ていたようだった。正寿郎と加地の実験で苦しむ信者たち。複製されては扉に投入されるクローン。
「もうやめてくれ!!」
何百と叫んでは気を失った。だが、遠くから、あきら君の声が聞こえた。
「あきらめるな、頑張るんだ!!」
ずっと話しかけてくれたその声に助けられた。はるか彼方で、岡本教授の気配を感じた。そして、ユージも。
地球の危機
秋山さん、アイコスJr、梶原会長、紀香教授……みんなが必死に戦っているのを感じた。
(あきらめちゃ……いけない!!)
必死に痛みに耐え、薄れゆく意識をつなぎとめた……
「よくがんばったね」
あきら君の優しい声が聞こえ、何万もの苦しんでいた魂たちが、笑って消えていった。
(全て終わった。ユージ、やっと今まで通りの生活にもどれるね)
達也は再び、息が切れたように気を失った。
※
銀河中央政府、六道衆会議室。古びた机を囲むように六人の男女が座っている。中央。体をせわしなく揺らしながら、豊かな白髭を蓄えた老人が眉をひそめた。
「今回の件は、評議会ものじゃな」
「そうカリカリするな、エレック。彼のしたことはそんなに悪い事じゃない」
隣に座る、笑顔を浮かべた大柄の青年が、張りでたお腹をさすりながら、老人をなだめた。
その真向かい。髪の長い眼鏡をかけた中性的な男性が、あきれたように首をふった。
「ミューオンは寛容すぎるんだよ。もし、未洗練の魂が他の銀河に混在するとどうなる? 六道の運用にも支障がでるかもしれない」
「メーソンのいう通りだ。一度でも規則を破れば、なし崩し的に不正がまかり通る。ここは厳しく罰を与えないと!!」
勢いよく立ち上がった、真紅に染まった短髪をなびかせた背の高い女が、筋肉質な腕を見せびらかすように掲げた。隣に座る金髪の色白の好青年が、興奮する女を落ち着かせるように手を振った。
「ちょっと待てよ、チャーム。いくらなんでもそれはやりすぎだ。彼にも考えがあっての事。軽率な判断はよくないよ」
「パートンは優しいね。確かに言い分は聞いてみたほうがいいと思うな」
老人の隣にちょこんと座っていた、銀色の髪をした小さな男の子がニコニコと笑って好青年に同意した。
「よし、最年少のトリノがそう言っておる。ここは本人にじっくりきいてみようじゃないか!!」
六人全員の意見が出揃った所で、議題を上げた老人が長い髭を満足そうになでながら立ち上がった。
(そして、グランマに残された地球のあの少年。あれも何とかせにゃいかんな)
全員の緊迫した表情。かつてない事態に、エレックはため息をついて髭をなでた。
※
銀河中央政府、次元隔離収容所。
モノは黙って下を向いていた。何も話そうとしないその態度に、あつまった六人は困惑した。パートンが金髪の髪をかき上げ、好青年らしく朗らかに話しかけた。
「えっと、君はアースの管理者だったね。今回、六道の運用規則を破ったこと、これについて、理由をおしえてもらえるかい? もちろん無理にとは言わない。でもこのままだと、君は非常にまずい事になる。僕はとても心配しているんだ。君はよく働いてくれた。その理由によっては情状酌量の余地はある」
微笑むパートンを一瞬みたモノはすぐに下を向いた。困惑するパートンを押しのけて、チャームがその隆起した腕を振り上げて詰め寄った。
「おい、お前。男のくせにうじうじと情けない。私を見ろ。この鍛えられた肉体と女性らしい容姿。言いたいことがあるならはっきり言え!!」
「お前、それコンプライアンスに引っかかるぞ」
メーソンが眼鏡を人差し指で上げ、長髪を横に流しながら呆れたようにつぶやいた。ミューオンが巨体を揺らし、でっぷりとしたお腹をさすりながら大声で笑った。
「まあまあ、皆さん。落ち着いて。あまり責めると彼も気おくれして、話せることも話せなくなってしまう。ここは寛大に。そうだ、今日は全員でパーティーをしよう。彼にごちそうをふるまうんだ。皆で食べる食事はきっと楽しいよ♪」
全員の冷めた目線も気にせず、ミューオンが舌なめずりをした。え~っと……トリノが小さい体をめいいっぱい伸ばして、両手をピシャリと叩いた。
「ミューオンの案はひとまず置いておいて……君の本心を聞けないと。このままだと、地球のあの少年、君に変わってグランマに残された彼も、この犯罪に加担したとみなすことになってしまうけど……それでもいいの?」
子供とは思えない鋭い目で見つめるトリノに、エレックは冷や汗をかいて顎髭をなでた。
(トリノは時々思いもよらない事をいう。わしとしてはできるだけ穏便にすませたいんじゃが……)
モノがわずかに顔を上げてその重い口を開いた。
「六道の件は申し訳ありませんでした。私はどんな罰も甘んじて受けます。ただ、あの少年は関係ありません。あの地、グランマはあのままで置いてもらう事はできないでしょうか? 無理なお願いであることはわかっています。でもお願いします」
頭を下げるモノをみてエレックは困惑して白髭をせわしなくなでた。いったい何が彼をここまで言わせるのか?
トリノが子供とは思えない大人びた表情で問いただした。
「あの少年、彼をそのままにする。それはあなたの本心ですか? 彼にも仲間がいる。それでもいいんですか?」
トリノはじっとモノを見つめた。思いがけない質問にモノは困惑した様子で、口を開いた。
「……できれば、彼には地球に戻ってもらいたい。でもグランマにいるゴーストたちも彼にとっては大切な仲間だ。誰かが犠牲にならないといけない。彼には我慢してもらうしかない……」
モノは悔しそうにつぶやき再び俯いた。トリノは安心させるように微笑んだ。
「誰が決めたんですか? 犠牲にならないといけないって。あなたは六道を破った。決して許されるべき事じゃない。でも、それはあなたが必要だと感じたからそうしたんでしょう? 物事に絶対はありません。その時その時、一瞬一瞬を懸命に考えて悩んで、そうして見つけた道は正しいとはいえませんか?」
モノは驚いて顔を上げた。
「あなたを見れば、決して安易に決めた事でない事はわかります。我々は管理者です。現場の本当の事はわかりません。でも、誰かが決めたルールをただやみくもに押し付けるようなことはしたくない……変えていきましょう。この宇宙を」
紳士な視線を向けるトリノを、モノは呆気に取られて眺めた。程なくして、モノの瞳が僅かに潤んだ。安心させるようにトリノは続けた。
「大丈夫です。多少よごれた魂がまざったぐらいでシステムは停止しません。むしろ、新たな化学反応が起こって、思いもよらない好結果を生みだすかもしれませんね」
「わかりました。ありがとう……ございます」
うつむいて肩を震わすモノを、トリノは暖かい眼差しで眺めた。
エレックはうんうんとうなずきながら、目頭を押さえて鼻をすすった。
「ったく、老人は涙腺がゆるからな」
チャームが筋肉質な腕を組んで天井を見上げた。
「お前、もしかして泣いてるのか?」
メガネを指で上げたメーソンが、ニヤリと口をゆがめて女を見上げた。
「馬鹿野郎、誰が泣いているって!?」
騒ぐチャームをよそにパートンが、金髪をかき上げて朗らかな顔でモノの前に座った。
「さあ、これであなたは無罪放免です。地球の少年の事も心配しないで、私たちに任せて。君はゆっくりその疲れを癒せばいい。ありがとう。長い間、お疲れさまでした」
「これにて、一件落着~♪」
ミューオンは大きな体をゆすり、お腹を抱えて大笑いした。
※
達也は目を覚ました。紀香教授が目を丸くして大騒ぎしている。秋山さん、梶原会長の優しい顔が視界に入った。
(ああ、やっと、僕はここにもどってきたんだ……)
溢れ出る喜びに心が熱くなった達也は、ふと、不安に襲われた。そういえば、ユージは……? まさか……
「タッキー、おはよう。よく眠れた? タッキーはすぐ体を壊すから、十分に睡眠はとったほうがいいよ」
僅かに首を動かすと、立体映像のユージが笑っていた。
「ユージ……」
止めどなく涙が溢れ出た。
「おいおい、年寄りをあまり感動させるな」
梶原が天井を仰いで大泣きした。紀香と秋山も目頭を押さえている。
ユージの後ろに、アイコスJrとあきらが立っていた。アイコスJrは優しい顔で微笑んでいる。うっすらとその瞳が輝いていた。あきらも鼻をすすって照れくさそうだ。
「君たちも無事だったんだね」
達也は涙を拭いて笑った。
※
達也が目覚める少し前、グランマはいつもと同じ穏やかな風が吹いていた。
「岡本さん」
突然目覚めたユージに声をかけられて、岡本は腰を抜かし、その後に言われたことにさらに腰を抜かした。ベッドから起き上がったユージが説明した。
「クリエイターは役割を終えて、今は銀河の中央でゆっくりと休んでいます。グランマもその役割を終え、扉もゴーストもない状態に戻る予定でした。でも、クリエイターが掛け合ってくれて、特別、今のままでいい事になりました。ただ一つ条件があって……」
ユージが語る内容に岡本は唖然とした。俺が……? 隣をみた。一瞬目を丸くした紬とアイコスが大笑いした。
※
「というわけだ。これからもよろしくな」
扉の向こうで照れくさそうに頭をかく岡本に、秋山はおもわず噴き出した。グランマからクリエイターがいなくなった。だがその代わりがまさか。ユージが嬉しそうに話した。
「パートンと名乗るモノはこう言っていました。〝君を地球に戻してあげよう。ただグランマには誰か管理者を立てる必要がある。管理者はなかなか難しいよ。常に周りに気を使って、時には厳しく、時には優しく。誰かいい人はいないかい?〟と」
「というわけで、なぜか俺がその役目を担う事になった」
岡本は再び照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、秋山と一緒に働いていた時も、それなりにマネージャーとしてやってはいたしな。こっちの世界は曲者が多いが、地球程、無茶なプロジェクトも発生しないだろう。という事だ、じゃあ、所信表明はこれくらいで」
「岡本さーん」
扉に向かって誰かが声をかけた。
(あの声はシンか?)
秋山は首を傾げた。
「今、次の理を考えてまして。例えば、障害で話せない人などの事も考えて、念仏を唱えなくても、心で思うだけで解脱できればもっとよくなるとおもうんですけど、どうでしょう?」
「お前、それだと今以上に大量の魂がこっちに来ることにならないか? 今でもパンパンなんだよな。もうちょっと制限してもいいぐらいなんだが……」
岡本が、困ったように顔をしかめた。
「何をけち臭い事いってるんです? さっさと銀河に魂を流せばいいでしょ。管理者なんだから、しっかり現場の意見を反映させてください!!」
眉を吊り上げるシンとたじろぐ岡本。二人の様子に全員が目を丸くした。
(まだまだ色々と問題はありそうだな)
ふっと秋山は笑って、宙を見上げた。
~End~




