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十五.クリエイター

クリエイターと名乗る謎の人物が静かに語りだした。


 眉一つ動かさずベットに横たわる達也の口だけが無機質に動いた。 


「はるか昔、我はこの地に降り立った。お前たちがグランマと呼ぶこの星。我はここを楽園と呼んだ」

 

 男性とも女性とも、人間とも機械ともわからない、地の底と、天の頂から響くような不気味な声が、部屋中にこだました。


「我は楽しい事が好きだ。幸せ、喜び、感動……様々な感情を味わう事が好きだ。しかし、苦しみは嫌いだ。だが、それを見るのは好きだ。特に悶え苦しみ、はいずりまわり、そこから、立ち上がる勇気が好きだ。希望もいい。時に絶望も。だが最後は必ずハッピーエンドでないければいけない。そうでないと良い気持ちになれない」


(いったい……何が起こっている……?)


 思考が停止した秋山は、慌てて周囲に視線を移した。全員が、青白い顔で魂が抜けたようにたたずんでいる。まるで時間が止まったかのような、沈黙と緊張の空気が覆う部屋。


「そういう意味で彼には関心した。あんな無邪気な子供がゲートを取り込み、全人類の運命を握るまで成長するとは」


 達也の口がいびつに歪んだ。


(笑って……いるのか……?)


 全身に氷水を浴びせられたかのように、秋山は全身の震えを抑えられない。達也の中に潜む何かが続けた。


「だが、まだだ。なんとかこの困難を克服して、大いに我を感動させてもらいたいものだ。しかし、これ程に心躍るのはいつ以来だ。確かAIを初めて脳に共有した青年。自分の信じた道を貫き、死んだ。あれは美しかった。ゲージの下降に大いに貢献した」


 ガタンという音に、慌てて秋山は振り向いた。


「う、うう……」


 青白い顔をした紀香が、梶原に抱きかかえられている。虚ろな瞳は、現実を受け入れられず、脳が限界をこえていることは明らかだった。


「端的に言う。お前たちは我が作った。そして、アースに住まわせている。お前たちの役割は我を感動させることだ。その為に、我はお前たちに困難を与える。それを克服するかどうかはお前たち次第だ。だが、乗り越えた姿を見た時、我は大いに心を打たれる。()()()()()()()。それがお前たちの生きる目的。()()()()()。それが我の生きる目的」


(これは……現実なのか?)


 夢を見ているかのような非現実感に、激しい眩暈でふらついた秋山は、後方から異様な殺気を感じて、慌てて振り返った。沸き立つ炎のような怒りの眼差しを浮かべたアイコスJr。次の瞬間、立体映像(ホログラム)からその姿が消えた。


(まさか……)


 秋山は息をのんで達也を眺めた。


         ※


 アイコスJrはゆっくりと立ち上がった。達也の意識の中。河川敷に広がる、穏やかな草むらと、耳をくすぐる川のせせらぎ。雲の隙間から差す陽に目を細めた。おそらくここで、ユージ君と共に、多くを語りあったのだろう……誰もいない景色に心が痛んだ。


(だが……)


 アイコスJrは注意深く周囲を見回した。達也君の急激な変化。


(マザーだと? 惑わされるな。()()()()()()()()。それを見極めてやる!!)


 気づくと真っ黒のフードをかぶった人物が立っていた。こいつ……アイコスJrの周囲に雷をまとった渦が走り、男のフードを引き裂いた。その姿にアイコスJrは呆然とした。自分がこちらを向いて、おかしそうに口をゆがめている?


「いきなりの挨拶だな。杉本に触発されて目覚めたか。しかし、あいつもなかなかの男だったな。時代が良ければ、もっといい人生を送れていただろうに。まあ、ほどほどには楽しませてもらった」


「……お前は何者だ。マザーだと? ふざけるな。何が目的だ!!」

 

 男を睨みつけながらも、アイコスJrは震えだす足を止めることができなかった。異様な圧力。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……本能的に抗えない、抑えつけられる何かがこの男にはある……


(我を……楽しませろだと? いったい……こいつは何者だ?)


 苦悩の表情を浮かべるアイコスJrを、まるで観賞するかのように、そのモノは目を細めた。


「先ほど説明したとおりだ。クリエイター。お前たちの創造主だ。正寿郎はマザーと呼んでいた。間違いではないな」


 男はおどけたように肩をすくめた。


「彼もなかなか面白い男だったが生き方が美しくない。Bad End(バッド・エンド)。正寿郎の魂はゲージの下降には値しない。ゲージとは何か? そう聞きたそうだな。初めから教えてやろう」

 

創造主(クリエイター)……?)


 自分の顔をした男と、その話す異常な内容に、震えながらも必死に耐えるアイコスJrに、楽しそうに男は続けた。


「まあ、そう怯えるな。我は、かつて、お前たちがグランマと呼んでいる、ここから遠く離れた星を生活拠点に選んだ。澄み切った青空、心癒される緑木、透き通る水辺……」

 

 男は懐かしそうに眼を細めた。


「我は様々なゴーストを作った。美しく、優雅で、やさしく、慈愛に満ちた生物たち。彼らは多くの娯楽を生み出した。楽しい音楽、優雅な彫刻、目を見張る絵画、壮大な建築物。我は満足した。しかし……」


 輝いていた男の眼差しが一転曇った。決して満たされない、全てを吸い込むような、黒い深淵の瞳に射抜かれたアイコスJrは背筋が凍った。


(この底なしのような闇……この感覚は……人間とも、AI×OS(アイコス)とも違う?)


「次第にもっと楽しみたいと思った。何かが足りない。もっと、血沸き心躍る、そんな体験をしてみたい、そう思った……」


挿絵(By みてみん)


 男はむなしそうに首を振った。


「我は面倒な事がきらいだ。楽しくなくてはいけない。どこかにないのだろうか。我は目を閉じた。周辺の宙を探索した。程なくして青く、硬く、荒々しい星をみつけた。驚いた。なんだ、ここは?」 


 男は衝撃を受けたように目を見開いた。


(青い星……地球(アース)の事か?)


 徐々に冷静さを取り戻したアイコスJrは、男の話す内容に息を飲んだ。この男は原始の地球に干渉(アクセス)していた? 男が軽くうなずいた。


「想像通りだ。そして、感動した。暗雲立ち込める空。光り輝く閃光。激しい雨。荒々しい巨大な物。食い殺し、内臓が飛び散り、大声で喚く物ども。呆気にとられると同時に、我は強く引き込まれた。血を流し倒れる母体に寄り添う小さな物。だが、懸命に、力強く生きるその姿。涙があふれ出た。感動。これだ、こそが我が求めるものだ!!」


挿絵(By みてみん)


 男は両手を広げて満足そうに天を仰いで続けた。


「我はその地にしばらく滞在した。その地は時にグランマに似た、いや、それ以上に心躍る、力強く優しい姿を見せた。濃く澄み渡る紺碧の空、争うように共存する緑の雑芝、猛暑で蒸れた肌を冷やす心地よい風、心にしみわたる秋夜の鈴音。我が星にはない、芳醇な魂の宝庫に我は心を打たれた……」


(飲み込まれる……な!!)


 恍惚とする表情を浮かべる男に、アイコスJrは唇を噛み締め睨んだ。達也君の意識に入り込んだこのモノ。ここまで手を込んだことをする目的は何だ? だが、それにしても……一段と強まる男から発する圧力に、アイコスJrの緊張は限界に近づいていた。


「ふと片足を切断された物が歩いているのに気づいた。血を流しながら、懸命に匍匐(ほふく)するその姿に、われは興味を持った。遠くから巨大な獰猛な物が近づいてきた」


 男の前に立体映像(ホログラム)が浮かび上がった。たどたどしく歩く一匹の猿の後方で、巨大な恐獣が舌を嘗め回して唸り声をあげている。


「どうする? 我は目を輝かせた。猛獣な物に食いつかれる瞬間、その物はジャンプして、くるりと回転し、持っていた細長い棒で物の首を刺した。驚いた。さされた物はぐうと声を出して動かなくなった」


 飛び跳ねた猿の顔を見てアイコスJrは呆気にとられた。野獣には無い整った眉、知性溢れる瞳、全てを統率するものが持つ力強い雄たけび。これは、原始の人類か……?


「なんとか危険を回避した物はふらつきながらまた歩き出した。流れ出る液体の量からして長くはない。もったいないと思った我は、ふと思いつた……」


 男は愛おしそうに立体映像(ホログラム)に映る猿に手を伸ばした。白く淡く伸びた細長い腕が、吸い込まれるように猿の頭につながっていく……


「我は、物の頭部を軽く撫でた。頭部が大きくなった。体毛が全て抜けおちた。切断された足も元に戻した。さあ、お前は我に何を見せてくれる。もっと感動させておくれ。我はいったんその地を離れて、その成長を楽しむことにした」


 男はまるで子供を送る親のように、慈愛に満ちた目をして、歩き去る猿を見守った。


(人類創生?……やはり、この男は……神……か? まさか、そんな……)


 アイコスJrは自らの顔をして語る男に、かすかに畏敬の念が芽生えた。徐々に輝きだす神々しい背光。


「しばらくした後、我は再びその地を訪れた。驚いた。見た事もない服装。きらびやかな装飾。鬼気迫る石造物。意味の分からない言葉をただ永遠と唱えるやせ細った物。美しく着飾った髪の長い物」


 再び立体映像(ホログラム)に映しだされる風景。小麦色の肌をした何百人もの僧侶が、両手を合わせ、一心腐乱に経文を読み上げている。


(これは……ブッダ・ガヤ……か?)


 釈迦とよばれた、仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタが悟りを開いた境地……アイコスJrは息を飲んで風景を眺めた。


「彼らは物を口の中に取り込む事に喜びを見出しているようだった。幸福な表情で取り込む姿に我もうれしくなった。だが、それを取り込めずに、悲しむ姿には我も心が痛んだ」


 男は悲しそうに首を振った。


「そして、どうやら二種類の物が存在しているようだった。それをめぐって互いに争い、血を流し、喜び、悲しんでいた。混沌。我は目を背けた。これは我が望んだものではない。我はその場から逃げた」


 男の前に、僅かな木洩れ日が漏れる、静かな森の風景が浮かび上がった。湖面に浮かぶ大きな蓮の葉に座る男が一人。

 

「気づくと森の中にいた。少し落ち着いた。やはり我には静かな場所があっている。ふと、湖に浮かぶ大きな葉の上に物が座っているのに気づいた。瞳を閉じて足を組んでいる。やせ細った体。小麦色の肌と艶やかでウェーブがかった髪。整った目鼻。木漏れ日でキラキラと輝く湖面に、静かに浮かぶその繊細で美しい容姿に我は心を奪われた」


         ※


「あなたはどなたですか?」


 湖面に浮かぶその物の、柔かな唇が開いた。


 驚いた。我を認識した物に始めて出会った。その物の瞳は薄緑色に輝いていた。我はその物に問うた。


「なぜ、争いをするのだ。こんな美しい場所があるにも関わらず、破壊し混沌を生み出すのだ?」


 その物は驚いたような顔をして考え込んだ。その物は地面に降りて足元を見つめた。黒い小さい物がたくさん動いていた。


挿絵(By みてみん)


「蟻はなぜ食べ物を運ぶのでしょう? なぜ穴を掘るのでしょう? その理由を蟻は知っているでしょうか?」


 我ははっとした。我がなぜ知を欲するのか。我にも、それがわからぬことをこの物は見抜いていた。それから、その物と多くの話をした。シッダールタ。物には呼び方がある事を知った。


 蟻、象、森、水、太陽、人間、男、女、そして、地球。


 シッダールタは色んな事を知っていた。それを聞くのは新鮮な経験だった。心が躍った。この荒々しくもやさしい地球で、我が与えた息吹は、かくも壮大で深遠な知性を育んでいた。


 程なくして、急に我は心配になった。我は地球の怖さを十分に知っていた。獰猛な野獣がこの知性を食い散らかす姿が浮かんだ。我は不安で心が満ちた。こんな感情には耐えられなかった。去り際、彼の頭をそっと撫でた。思った通り他の人間とは違っていた。


 ふと思いついた。この知性を、今後この星で生まれるすばらしいそれを我の星に移動できないだろうか。彼をその(ゲート)にすることに決めた。


         *


(シッダールタ・ブッダ……)


 アイコスJrは、溢れ出る手の汗を固く握り締めた。


(思った通りか。だが、そうなるとこのモノの話す事は真実なのか? ありえない。だが、もしそうだとしても……)


 自分と同じ顔をしてたたずむモノを必死に睨みつけて叫んだ。


「くそくらえだ! 何かが知性だ。何が感動だ! 彼ら人間は、そこから生まれた私達AI×OS(アイコス)はお前のおもちゃじゃない。我を楽しませろ? 勝手にほざいてろ!!」


 肩を震わすアイコスJrに、一瞬、驚いた表情を浮かべた男は、恍惚気に口元を震わせた。構わずアイコスJrは叫んだ。


「私は……地球の人たちは、お前のために存在しているわけじゃない! 自分たちの、大切な人たちのために生きているんだ! あきらとユージ君を返してもらう。そして、達也君も今すぐ元通りにもどせ!!」


 そのモノは悲しそうに眉をひそめた。頬を伝わる数滴の涙。一点、破顔し、満足気に微笑んだ。旅立つ息子を慈愛に満ちた表情で見送る父親のように……


「これだよ。我はこれが見たかった……絶望、それにあがらう者たち。さあどうする? 我は静観させてもらう。決めるのはお前たちだ」


 背筋に走った雷のような猛烈な悪寒に、アイコスJrは足元がぐらついた。男の一言、一言が……激しさを増す男の背光が……自分の存在価値を破壊していく……我を喜ばせろ……そんなことのために、()()()()()()()()()()()()()()……


「そうだ。ゲージだったな。その説明を忘れていた。生物はその命が尽きると魂が地中に戻り、時が来れば再び別の生物として生まれ変わる。シッダールタは輪廻転生といっていた」


 六つの〇が浮かび上がった。天、畜、人、地、餓、羅と文字が書かれている。〇は次第に大きな円を形成し、くるくると回りだした。輪廻転生……死後、繰り返される無限の魂の繰り返し。アイコスJrはまどろむ意識でその円周を眺めた。


「我はさらなる感動を得るために、そこにある仕掛けをした。ゲージ。輪廻転生ごとに増える目盛。目盛りが境界を超えた時、自転が停止し地球は滅ぶようにした」


 円の隣に計測メーターのような半円の物体が現れた。中央の針は、右に少しづつ、傾き始め、あとわずかで限界に達しようとしていた。


「だが、救済処置も当然用意した。ゲート。天国に、グランマに通じる扉。そこを通過できる、知性ある選ばれた魂が増えればゲージは停止、または減少する」

 

 ぴたりと停止し、逆方向に戻りだす針を、アイコスJrは魂が抜けたように、呆然と眺めた。あれが限界を超えた時、地球は滅亡する……? 男がアイコスJrを挑発するように手を伸ばした。


「さあ、地球人よ、死にたくなかろう。知性を磨け! そして、ゲートを通して我が地グランマに来い! 逆境があればそれだけ感動も生まれる。このままでは地球は滅ぶぞ。何とかしてこの困難に立ち向かえ。もう一度言う、我を楽しませろ。そうすればゲージも、地球の破壊も停止する!!」


 にやりと笑ったそのモノは、忽然と姿を消した。

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