第98話 訓練の意義を問う
ユーリは敵をレーダーで捉えると同時にペダルを一気に踏み込んで操縦桿を目一杯に引いた。すると自分がさっきまでいたところを正面から、荷電粒子が突き抜けて――それだけでは済まない。安心して旋回が緩んだところに敵の第二射。それが彼の機体を揺らした。
「……ッ」
『まだ、回避が甘い!』
ヴィルホの声に苛立ちながら、ユーリは反対に敵に向かって射撃していた。右、左、右――その狙った方角の真反対へ機動する敵機へ同時にミサイルを放つ。かわすというのならば、機動をそれで制限し、そこを狙撃しようというのだった。
『デスガ――』
そのミサイルを、カウンターメジャーをバラまくことで回避しつつ、ヴィルホは一気にユーリの機体に向かって転舵した。それは予想外の動きと言えた。ユーリはライフルとバルカンを駆使してその突撃を食い止めようと試みるが、それは果たせず、一気にサーベルの距離に詰め寄られる。咄嗟に左手でサーベルを抜いて応戦するが、その動きの起点を捕らえられた。
「……!」
立体音響と外装神経接続が左腕を切られたことをユーリに伝える。だがそれは敵の振り上げられた右腕を見れば分かることだった。右手にサーベルを持ち直す時間はない。ユーリは即座にペダルを踏み込んで、追い討ちの一撃をギリギリのところですり抜ける。
『まだまだ、ダ!』
しかしそれはつまり敵に無防備な背後を差し出すことに他ならない。だからユーリはホログラフ・デコイを射出した。しかしそれは一瞬の目くらましに過ぎない。何故ならエンハンサーのセンサーはミサイルなどのそれと違いより高精度だ。その程度のまやかしは見破ってしまう。
稼げるのは、一瞬ぐらいのものだろう。敵がセンサーに溢れるデコイの表示の数にウンザリしてそれを非表示にするその一瞬。
逆に言えば、彼にとってはそれで充分すぎたということだ。
「オオオオッ」
たった一瞬、反転する隙をカバーできれば。
その一瞬は、逃げるのではなく、敢えて、接近するために用いられた。右手をサーベルに持ち替え、逃げの一手だと思っている敵に反撃する。その一撃のために!
ならば、彼のその乾坤一擲の一撃は、ヴィルホの虚を突いたらしい。デコイの間から覗くヴィルホ機は、そのときライフルを持ったままだった。それでいて逃げたのであろうユーリを探しているのか、あらぬ方角を見ている――明白なチャンスだった。
逸る気持ちを抑えながら、最も防ぎ辛い突きの構えへ。スラスターは全開、ペダルは目一杯!
「もらったッ」
しかしユーリがそう叫んだ、その瞬間ヴィルホ機は滑らかに動いた、初めから全て分かっていたかのように、ユーリ機の方を向いたのである。
「! 何ッ⁉」
読まれていた――のか⁉
そう考えるより先に、手が動いていた。操縦桿を引くと、正面装甲を粒子の光弾が掠める。その姿勢変化のせいで、ユーリの突きは外れ、敵機はその軌道の下に潜りこんでしまった。
そして、そこには砲身がある。
彼の方を真っ直ぐ向いた。
「ウッ……?」
そう呻いたが最後、ユーリの視界は真っ白になり、次いでそれは闇に閉ざされた。撃墜されたのだ、と理解するのに、そう時間はいらなかった。すぐに画面に赤い文字で「Destroyed」と表示され、続いてコックピットがゆっくりと排出される。
「クソッ」
悪態を吐きながらユーリはコックピットから半身を起こそうとして――その必要がないことを思い出す。そうだ、「ミニットマン」のシートは「ロジーナ」と違って座席式――彼は足の間にあるサブモニターを壊さないように跨いで、そこから降りた。
「ルヴァンドフスキ中尉、」そこに、アンナが話しかけた。「お疲れ様でした」
その手にはタオルが握られている。しかし、ユーリはそれを受けとる気分ではなかった。
「いらない」その証拠に、彼はヘルメットを脱がない。「まだ必要ありません」
「でも、蒸れたら禿げますよ。それに、冷えたら風邪を引きます」
「まだその心配をするときではないでしょうが」
「その通りデス」
ユーリはその嫌味な声に、ゆっくりと振り返った。相手は、言うまでもない、ヴィルホだった。彼はヘルメットを脱ぎ、悠長にタオルで顔を拭いながら、言った。
「最後の突撃は、距離・角度・タイミング全てにおいて完璧デシタガ速度が足らなかった。急反転するということは機首の向いている方角に対する速度を失うということデス。『ロジーナ』と違い『ミニットマン』は急激な加速性能は持ち合わせてはイナイ。それが今回のアナタの敗因デス」
「…………」
「これで私の五戦五勝。まだやりマスカ? それとも今日は終わりにしマスカ?」
ぎ、と歯噛みをユーリはした。結局一度たりとも彼は勝てなかったのだ。その実感が、ヴィルホの言葉によって心に差し込まれたのだ。
「続けますよ。」だから彼の言葉は固くならざるを得なかった。「当たり前でしょう」
「ユーリさん……!」
制止しようとするアンナを片手で追いやって、ユーリはコックピットによじ登ろうとした。
「そうすることで」その背中にヴィルホは真面目そうな表情を少しも変えずに言った。「何か掴めマスカ、アナタは?」
ユーリは足を止める。
「……何が、仰りたい?」
「デスカラ、私は別にアナタをイジメたいわけでもいたぶりたいわけでもナイ。私はただ、アナタを一人前の兵士にしたいというだけで――それが任務だということなんデスガ」
「だったら、尚のこと戦って――訓練しなければならないでしょう。違いますか」
「違うようデスガ? 私には、アナタはまだ何も分かっていないように思えマス」
「分かっていないって、何を」
「この訓練の意味合いデスヨ。何故アナタにだけこの訓練が必要になっているのか、アナタはまだ分かっていないように思エル。」
「それは――」
確かに、それは五里霧中の彼方にあるように、何一つ手がかりがなかった。どう考えても個人的な好き嫌いからユーリに対し不利益なことを強いているようにしか思えなかったが、ヴィルホの言葉をそのまま信じるならば、そうではないらしい。しかしその一人前の兵士にするための訓練――それと今起きていることはどうにも結びつかなかった。
「――分かってませんよ。でもそれの何が悪いんです? アナタはアナタの上官の命令通り、僕にこのエンハンサーの癖を教えて、僕はそれを習得する。それではダメなのですか」
「ええ。ダメデス。それではアナタはただ戦場に死にに行くだけのことにナル」
「そうは思えませんね。確かに技術ではアナタに劣るかもしれないでしょうが、それを何とかするのがアナタの仕事なわけでしょう?」
「ですからこうして、何とかしようとしているのデショウ?」
「それは僕だけがこうして訓練を受けている理由にはなりませんよ」
「アナタにはそうされるだけの理由があるのです。アナタが分かっていないだけであって、それは確実に存在している」
「堂々巡りですね」
そう言うと、ため息を一つ吐いて、ユーリは足を掛けたばかりのコックピットから飛び降りた。それからヘルメットを脱いで、エアロックへ歩き出す。
「やらないのデスカ?」
「興が冷めました。どれだけ口では否定していても、早い話がアナタの好き嫌いなのでしょう?」
「では」その一言は、思わず足を止めさせるに足る迫力があった。「是非とも戦場で死ぬといい。私は止めはシマセン。今のアナタでは、戦場で生き残ることはできないデショウガ、それは私には関係ナイ。ただの出来の悪い生徒に過ぎないのダカラ」
しかし、それだけだった。一度ユーリは振り返りこそしたが、すぐに飽きたか呆れたように目線を戻し、今度こそエアロックの向こうに消えた。
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