第94話 決闘
「本当に、やるんですか」
宇宙服を着て臨戦態勢のユーリが機体に近づくと、アンナは飛び出したシートの近くにいてそう言った。
「そりゃ、向こうが売った喧嘩です。そして殴られたのは僕です。なら頭を下げるのは向こうであるべきでしょう」
「それはそうかもですけど、」そのときアンナはユーリではなく既に座席を格納したヴィルホの機体を見た。「彼、かなりやるようですよ」
「? どうしてそんなことが分かるんです?」
不思議なことを言う、とユーリは思った。パイロット同士の直感ならともかく、整備兵では直接の関わりはないからだ――傍から見るからこそ、というのもあるかもしれないが。
しかし彼女は首を横に振った。
「筋肉のつき方を見れば分かります。太すぎず細すぎず――Gに耐えられるほどには太くて、余計なGがかからないほどには細い。そういう体形をしています。それで手のところに赤い斑点がありました。毛細血管が破れてできる内出血です。それができるぐらいには、乗り慣れている」
「でも、シミュレーターモードなら、Gはかからないでしょう?」
「それが、そうじゃないみたいで」
「……どういうことです?」
「『ロジーナ』にはなかった機能の一つです。耐Gシステムの応用で、シミュレーターモードでも実際の機体の場合と同じGをパイロットにかけることができるらしいんです」
「……だとしても今更でしょう。むしろ好都合だ。実戦に近い形なら、尚更」
「……ユーリさん」
しかし、それでもアンナは食い下がった。
「それは、何のためですか」
「…………」
「私も、確かにあのやり方には問題があると思っています。人を殴るようなやり方が正しいはずはない。でも、相手の土俵に乗るようなやり方では勝ち目がないですよ。まして、戦う理由を答えられないのでは……」
彼女にしては珍しく、冷静で正しい意見だった。あるいは、部外者だからこそ、そう言えるのかもしれない。あくまであいては教官であって、敵ではないのである。
「だとしても」しかし、ユーリはそれを振り切った。「もう決まったことだ」
ユーリはアンナを押しのけて、「ミニットマン」の座席に触れた。それは「ロジーナ」のそれとは違って、ちゃんとした座席型をしている。そこに腰を落ち着けると、ペダルを踏んでそれをコックピット内に格納した。するとそれと同時に照明が光り、そこが「ロジーナ」のそれの二倍は広いことを明らかにした。ユーリは足の間に取りつけられているサブモニターに触れて、シミュレーターモードを選択する。機体はそれに従ってプログラムと起動モードを適用する。
「……⁉」
そうして接続された機体の重みに、ユーリは目を白黒させた。実際に手足がくっつけられるわけではない、強いて言うならばそれは自転車のハンドルを握ったときのようにいつでも分離可能な何かに対する感覚なのだが、しかしその重厚な感覚に彼は驚いたのだ。「ロジーナ」が自転車なら、これはオートバイだ、それも強烈なエンジンを積んだハーレーダビッドソンか何かだろう――ハーレーダビッドソンが何であるのか、彼は知らなかったが、とにかく強力な原動力がある怪物だ。
しかし、その恐ろし気な感覚に苛まれたのは一瞬のことだった。どっしりしているということは慎重に動かさないと暴走するような不安定さとは無縁ということでもあった。架空の甲板上にある架空のカタパルトに彼は機体を接続すると、それはすぐさま架空の宇宙空間にユーリを投げ出した。
「ウゥッ……!」
「ロジーナ」のときよりも明白に強烈なそれに彼は一瞬顔をしかめる。機体が重い分、カタパルトの設定がキツめなのだろう。その証拠に、彼の後に発進したらしいマルコもまた、苦しみの声を上げていた。
「全機、出撃しましたね――編隊を組んでください。すぐに来ますよ!」
ノーラのその声を基準にして、彼らはオーソドックスなフィンガー・フォー隊形を構成した。それは、攻撃にも防御にも容易い。敵の出方が分からない以上、それ以上の選択肢はなかった。何しろ慣れない機体で、四対一でも平然と受けてくる相手と戦わねばならないのである。慎重にならざるを得ないのだった。
その隙のない布陣に、しばらくするとレーダー反応が向かい合ってきた。間違いない、それはヴィルホの機体だろう。
「ユーリさん!」
そのノーラの指示と共に、ユーリはすぐさま編隊から離れた。マルコもそれに続く。遊撃隊になろうというのだ。狙撃用のライフルでない以上、遠距離狙撃はできない。ならば、通常機と同様の戦術――つまり一方に引きつけて、残りのもう一方で倒そうというのだ。
「だが」ヴィルホはそれをこそ狙っていた。「その程度カ!」
その瞬間、全機に警報が鳴り響いた。それが何のそれであるのか、暫時は分からなかった。一体何故――距離が遠すぎたのだ。狙撃機でもないのに何ができるというのか? 一体?
「この距離で撃ってくる⁉」その正体に気づいたとき発したそれが、サンテの最後の言葉になった。「…うわッ」
ユーリの足元で、その爆発は複数起こった。ビームライフルで何発も直撃されて、サンテ機が食われたのだ。装甲の表面で粒子の炸裂が何度も起きて広がったのだ。
「『ミニットマン』の優位性その一」ヴィルホはそれをわざと広域無線の平文で放送していた。「センサーの感知範囲と精度――しかしそれはキミたちだけのそれではナイ」
「……! このッ」
データリンクからサンテ機の反応が消える。それと同時にユーリはビームライフルで撃ち返していた。この距離でも撃てるのなら撃ち返すだけだ。しかしセンサーで探知された射撃では、あっさりと軸線をずらして回避されるだけだった。
「ユーリさんはそのまま射撃、マルコさんはこっちへ! 私たちで引きつけます!」
この距離では決められない。そう判断したノーラは早かった。ユーリ機で牽制しつつ、自分たちで決着をつけようというのだった。ミサイルを発射しながら、二機を敵からすれば対応困難でありながらこちらからすれば相互援護可能な範囲に展開して、距離を詰めていく。
(『ミニットマン』の優位性その二)ヴィルホは静かに思った。(データリンク能力の高さ――まさかそれをこうも速く利用してくるとは。流石に侮れんか)
しかし、ヴィルホはだからといって落とされてやるだけの甘さを持ち合わせてはいなかった。ミサイルを回避・迎撃しながら、彼我距離を詰めていく。とはいえその程度は互いの腕前からすれば予想のつくことだった。そうして距離が縮まればビームライフル戦へ移行して、その次にはサーベル戦――そして、ドッグファイトに至るだろう。
それが彼女の狙いだった。そうなれば、数的優位のある彼らの方が手数の面で優勢になる。敵は各個撃破を狙わなければならないが、それは適切な間合いを取ってさえいれば避けられる悲劇だ。
「『ミニットマン』の優位性その三」すると今度は独り言だった。「高いEF強度による高速性能――とその応用」
しかし、ヴィルホはノーラたちの予想の通りには動かなかった――ビームライフルによるジュストめいたヘッドオンを互いに回避すると、すれ違い様にサーベルで斬りつけ、針路そのまま突き抜けて飛び退ったのだ。旋回してそれを追おうとする彼女にとって、一瞬それは背を向けるだけの行為に見えたが、そうではない、と気づいたのは、その進路がユーリの方角へと変わったのを目にしたときだった。
「クルップ3!」
叫ばれるまでもなく、ユーリはその動きに気づいていた。ビームライフルで牽制をしながら、敵の射撃を旋回してかわす。機体の動きが鈍く、思った通りの動きをしてくれないことにユーリは悩まされた。
その鈍重な背をヴィルホは追――わない。
「『ミニットマン』の優位性その四」彼には見えていたのだ、後方に迫るノーラとマルコが。「センサー範囲の広さとその感度――数的不利なのにドッグファイトに付き合ってやる必要はナイ」
そうして一度安全圏まで振り切ると、ヴィルホは機体を反転させた。しかし今度はさっきよりも状況が芳しくない。というのも、敵は再集結して三機ひとまとめになっていたからだ。これに突っ込んだのでは、騎兵が槍衾に自分から飛び込むようなものである。
「学習速度も速イ――ダガ」
だが、そこにミサイルを撃ち込んだとすればどうだろう? それを示すように温存していたミサイルをここぞとばかりに彼は使用した。片方の肩に八発ずつの大型ミサイルランチャー。それが一斉に火を噴いてクルップ隊へと牙を剥く。彼らは迎撃しきれないそれに脅かされて優位な密集隊形を捨て一気に散らばるしかない。
しかし、そのミサイルは不思議な軌道を描いた。その広がった弾頭は散らばった彼らに均等に飛んでいったかと思えば、次の瞬間たった一機にその狙いを後から変えたのである。
「ウッ……⁉」
LOALで撃ち出したのだ――そしてロックオンの対象を自機の側で決めたのだ。その手品のタネに気づくころには、ノーラ機の胴体はそのHEAT弾頭によってズタズタに引き裂かれていた。いくら「ミニットマン」が重装甲といえども、十六発のそれによる集中射撃を食らえばどうしたって耐えられるものではない。ノーラ機はバラバラになって、ホログラムの宇宙から蹴り飛ばされる。
「『ミニットマン』の優位性その五」しかしどうやって? 何故にノーラ機がそれだと特定できたのだろうか?「電子戦能力の高さ――指揮官機はどうしたって通信量が多くナル。それを探知すれば特定は容易ダ」
そして、指揮官機を失ってしまえば、イニシアチブを握るのは単機であるヴィルホの側なのだ! 一機落とされたその一瞬の隙を突いて、ヴィルホは左右で呆けている二機の手前にいる方に襲い掛かる。
「クルップ3、」それはマルコ機だった。「援護を――」
それでも何とかドッグファイトに持ち込もうとしたその背中を無慈悲にビームは貫いた。彼がするべきだったのはあくまでヘッドオンであって、それ以外ではただ装甲の薄い部分を晒すばかりであったのだ。
「マルコ!」
叫んだところで敵は落ちない。しかしユーリはそうせずにはいられなかった。
自分以外、全員落とされた。
あの歴戦の猛者たちが。
実戦ではないにせよ――こうもあっさりと、やられてしまったのだ。
「そんなこと、あり得るのかよ!」
ユーリには信じられなかった。だからヴィルホの離脱する背中をユーリは旋回して追った。すると、今度は敵も回避のために旋回した。背中が大きく迫る――が、その射撃は軸線をズラされてあっさりかわされる。
「まだだ、後ろを取っているんだから……!」
今度こそ、待ち望んでいたドッグファイトだ。Gがかかり、ググっと視界が真っ黒に近づいていく。旋回戦というのは機体もパイロットも限界まで追い込む戦い方だ。機体は軋むし、人工重力を利用した耐Gシステムを以てしても宇宙空間という抵抗のない場で出される速度に対してはスズメの涙ほどの軽減しかもたらさない。
「『ミニットマン』の優位性その六」その中でもニヤリとヴィルホは笑った。「――というほどのものではナイ。その実、『ミニットマン』自体の旋回性能は悪いものではないからダ。つまりこれはあくまで腕前の差であって習熟度の差ではないということダ」
ユーリは気絶しそうな負荷の中で、自分が後ろを取られたことにそのとき気がついた。そうなるともうほとんど彼はパニックに陥っていた。考えるより早くとにかく操縦桿を引き、そうして更に旋回角を増やしていく。しかしそうすることでも敵を押し出すことは叶わない。反対に涼しい顔をしてバテるのを待っているようだった。
すると、白黒の視界が段々と狭まっていき、そして、ついには目を開けているのか瞑っているのか分からないほどに悪化した。彼は限界だ、とそのときようやく悟った。操縦桿を引くのを止め、反対に押す。急激に反対へ機動することで敵の視界から逃れようとしたのだ。反重力特有の不快感と共に、下半身に行っていた血液が今度は頭の方へと上がっていって、彼の視界を赤く染める。彼は一瞬嘔吐しかかったが、それは何とか堪えた。無重力地帯で吐いてしまえば、窒息の危険がある。それにこの程度で吐くようでは勝てるはずもないのだ。
「何ッ?」
しかし、彼は次の瞬間には焦っていた。敵を見失っていたからだ。自機を見失っていた場合いるであろう位置にも、同じ機動をした場合にいるであろう位置にもいない。周辺を、思わず見渡す――それが隙になることすら、彼は暫時忘れていた。
だから、彼が敵の姿をどちらでもない側面に見つけたとき――つまり、敵は動きを見てからブレイクし、仕切り直したということ――それはもう、手遅れになっていた。
「しまっ……」
アラート音――からブザー音。被弾し、撃墜されたという意味のそれの後に、画面が暗転し、コックピットが自動で外に排出される。格納庫の照明が彼の目を焼いて、嫌に眩しかった。
「弱い、デスネ」
それに呆然とするユーリにヴィルホは背を向けて立っていた。
「これから機体の慣熟訓練をしていくワケデスケレド、平時のマニュアルでは三か月かかってシマウ。これでは一か月という期限に間に合わない。だからこういう乱暴な手法を取ったわけデスガ――本当に、口ほどにもナイ。皆さんが戦場で体験したことというのは、その程度のことデスカ?」
クルップ隊の面々が、その前に整列している。その顔は一様に暗い。流石に慣れない機体とはいえ、たった一機に手も足も出ず叩きのめされたことが堪えているらしかった。
「まして、」視線がクルリと振り返ってユーリを見た。「ただ運がよかっただけのエース気取りのパイロットが、まさかドッグファイトに持ち込まれて後ろをあっさり取られた挙句、一発逆転をしようなんて――その程度の考えしかないような代物だったことは驚きデス。これに殺されたプディーツァ人は余程頭が足らなかったか腕が足らなかったかのどちらかデショウ」
――何、だって?
「そんな言い方ッ……」
そう言って立ち上がった瞬間、彼の視界は百八十度上下を逆さまにして、床に彼は頭を叩きつけられた。咄嗟には何が起きたか分からなかったが、しばらくすると、足払いをかけられたのだということが足首に走った衝撃で分かった。
「いいですか、私は厳しい。厳しいが平等デス。そしてアナタたちを強くするのが任務デスカラ、そうします。だがアナタは別だ。強くする・しないの、それ以前の場所に立っている。自分でそれが分かっているのですか?」
その質問の意図が、ユーリには分からなかった。
「どういうことですか」
「答えを他人から得ようとするな! 質問しているのは私デス! ……イエスか、ノーかで答えられる質問デスヨ? 口答えはいらないはずデス」
何故、自分が強くなれないのか? それが分かっているのか?
「そんなの、分かるわけがない――分かっているなら、とっくにどうにかしている! でも、だけどこうして生き残っているでしょう? それではダメなんですか」
「それが答えなら、アナタは試験に不合格ダ。荷物を纏めて帰るんデスネ、故郷に」
「冗談じゃない」ユーリは立ち上がって言った。「僕だってこの隊の一員です。差別は許されない」
「差別ではなく区別デス。アナタは他の小隊員とはレベルが違う。だから特別なやり方が必要だと言っているんデス」
「下だって言いたいんですか」
「否定はシマセン――が」ヴィルホがニヤリと笑った。「逆に上だと思っているんでデスカ? アナタは?」
「……⁉ そうは言っていないでしょう⁉ むしろ、小隊としてひとまとめに訓練を受けさせてほしいと、そう言っているんです」
「なら、先の問いに答えられるはずデス。違いマスカ?」
「…………!」
ユーリには何も言えなかった。禅問答を仕掛けられているような、そんな心持だった。
「決まり、デスネ」しかしヴィルホはその沈黙を降参と捉えた。「以後、アナタには特別に稽古をつけてアゲマス。皆さんと同じカリキュラムでは、機体の扱いは分かってもこの戦いを生き残ることはできないはずデスカラ……イイ、デスネ?」
その冷たい目線に反論の余地は見当たらなかった。ユーリが渋々ながらに頷くと、それに満足したように、ヴィルホは解散、と命令を出した。




