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第93話 レンドリース・ブランド

「でも、」と、サンテは言った。「何だってそれで『ルクセンブルク』がレンドリース艦隊に配備されることになるんだ?」


 クルップ隊のメンバーは、格納庫へと通路を移動しているところだった。彼らの母艦たる「ルクセンブルク」は、今はドックに入っていたが、晴れて地球連合から供与された艦隊、通称レンドリース艦隊に配属されることに決まっていた。


「元々、」答えたのはノーラだった。「この艦は『バチカン』計画に触発されて作られたという話は、どこかで聞いたことがあるでしょう。そのせいですよ」


「それが俺には分かんねーんだよ。それだけじゃ、問題は解決しない。だって、地球系と旧革命評議会政府系兵器とじゃあ、規格が違うじゃねーか。銃の口径から搬出入エレベータの大きさまで、何もかもが違う。混ぜこぜにしたらやべーだろ」


 そう言いながら、彼は列の先頭に一足で躍り出た。それで振り返って、全員に向かって話したのだ。


「ですから、」しかしノーラはよく分からない返答をした。「そのままなんですよ、この艦は。」


「そのまま?」首を傾げたのはユーリだ。「どういうことです?」


「要するに、地球製の規格そのまま……なのだろう?」


 答えたのは最後尾のマルコだった。全員がその小さい声に振り返り、その内のノーラが頷いて答えた。


「その通り、この艦は諜報活動によって得られた推測や、一部設計データから、そのまま作った艦艇なんです。対空砲やミサイルランチャーだとか、搭載される機体まではコピーできませんでしたし、実際には寸法も少し違うのですが、ほとんど地球製の『バチカン』級のコピーです」


「その昔、ソ連がB‐29からTu‐4を作ったように、ですか」


「少し違いますが、大体合ってます。違う点というのは、それが実物というモデルがあったのに対し、この場合は写真やその他の情報からだけ、ということですが」


「地球製とほとんど同じなのは分かったけどよ」サンテはそれでも不満げだった。「中身は大分違うんだろ? データリンクとか通信とか……そんなんで連携取れるのかよ?」


「その中身も、今入れ替えているところでしょう?」


「そのためのドック入りか」


「そういうことです、大規模な改修になるでしょうね――その間に、機体の慣熟訓練はやっておくみたいです」


「慣熟訓練ねぇ……地球製のエンハンサーって、どんなのなんだ? 俺は乗り換えなんざ嫌だぜ本当は」


「? 自分はどんなものでもワクワクするが?」


「するが? じゃあないんだよ……マルコ、そりゃお前がエンハンサーにしか興奮できない変態だからだ。俺としちゃ乗り慣れたものの方がいい。命あっての物種って言うだろうが」


「それはそうかもですけど、」ユーリが口を開いた。「その慣れのために乗ろうっていうんでしょ? 地球製の機体って、高性能だって聞きますけど」


「へ、エース様は気楽でいいね。性能に振り回されるってことだってあらあ……」


 そういう彼が足を止めると、そこにはエアロックがあった。その向こうには、格納庫がある。そのハッチの段差を飛び越えると、彼らを整備と搬出入の音が歓迎した。


「お待ちしてました、」そこにいたのは、アンナ・ジャクソン伍長もだった。「ルヴァンドフスキ中尉……否、『白い十一番』様!」


「…………」


 依存度が上がっている……!


「おい、どうした『白い十一番』サマ? 返事ぐらいしてやれよ」


「そうですよ、ジャクソン伍長が可哀想です」


「……羨ましい」


「アンタら、全員ぶっ飛ばしますよ……!」


 ユーリは顔を真っ赤にして拳を振り上げた、が、ニヤケ面をする三人を相手に、腕は二本しかなく、彼は一人しかいないのだった。二兎追うものは一兎も得ず、ましてやその一・五倍なのだった。


「そ、それで、」


 だから、ユーリは話を切り替えることにした。その視線の先にあるのは、ズラリと並んだエンハンサー。しかしそれは「ロジーナ」シリーズではない。それの持つ小型で細身の特徴的なシルエットとは全く意匠を異にする大型の、各所が角張った見慣れないデザインが、その機体たちの第一印象であった。


「これが、例の地球製エンハンサーですか? 随分ずんぐりむっくりしてますけど……」


 それを見て彼がそう言うと、アンナは大きく頷いて、元気そうな表情を見せた。


「そう、そうなんですよ! ついに地球製のエンハンサーを整備できるなんて……軍にいてよかったって、本当に思います! まして、『ミニットマン』だなんて、本当に最高です!」


「『ミニットマン』……それが、この機体の名称ですか? ジャクソン伍長?」


「そうです! 『M31 ミニットマン』。地球で制式採用されている第四世代型エンハンサーの『M30 パトリオット』の輸出型で……ああ、第四世代型といっても、実質的には四・五世代機と言ってもいい性能がある機体なんですけどね、何と言っても特徴はその装甲と推力。軽ければ速いという設計思想の『ロジーナ』とは正反対で、重くしても速くするようエンジンが大型のもので、機体も大きくなっているんです! だから全長は十メートル、重量は五〇トンにも及びますが、これは無駄が多いのではなく、むしろ総合性能では『ロジーナ』と同等以上の性能があるんです。つまり、その余剰分に『ロジーナ』にはない機能や出力があるのでその分戦闘では優位に立てるんです! 流石に、金持ち国家のすることは違いますねぇ……」


「…………」


 何というか。


 仮にこの世界に神がいて、新しい機体がこの艦に来るたびに必ず自分たちに何らかの解説をさせたいとそれが願うのならば、彼女ほど都合のいい存在はいないのだろうな、とユーリは思った。


「えっと、それで、」ユーリは妙な居心地の悪さに頭を掻きながら、言った。「機種が変わるってことは、慣らしをするんでしょう? だったら早くやってしまいましょうよ」


「慣らし?」しかしノーラは首を傾げた。「違いますよ? 慣熟訓練です」


「……それ、何が違うんです?」


 ユーリが聞き返すと、おいおい、とマルコが割り込んできた。


「ユーリ、こんな馬鹿でかい機体と小さい『ロジーナ』とで操縦性が同じわけはないだろう。慣らしってだけで済むわけはない」


「む、馬鹿とは何ですか馬鹿とは! さっき言ったでしょう? この大きさには理由があってのことで……」


 そのアンナの反駁をユーリは無視して言った。


「でも、第四世代型機ってことでは同じでしょう? 乗れば何とかなってしまうのでは?」


「地球製は規格が違うって言っただろう。同じ第四世代型でも、感覚が違う。いきなり他人の手足をくっつけられてもすぐには動かせないようなものだ」


「中々、猟奇的な例えですけど……だったら、どうするんです?」


「こうするンデス」


 その声は、一同の後ろから聞こえた。振り返ると、そこに一人の白髪の男が立っている。中肉中背で、どこにでもいそうな顔。それが優しく微笑んでいる。


「どうも初めマシテ。私地球から来マシタ、ヴィルホ・ピリネンと申しマス。どうぞよろシク、ネ」


 片言気味のぎこちない発音で彼はそう言うと、ゆっくりと近づいてくる。するとその見慣れない軍服についている階級章が見えるようになって、ノーラとマルコが敬礼したのを見てユーリとサンテ、その後ろのアンナも敬礼をした。ヴィルホが地球軍の少佐だと分かったのだ。


「これは少佐殿、大変失礼を……」


「いいンデス、いいンデス。皆サンも楽にして、ネ?」


 ヴィルホはニコニコと笑いながら、ジェスチャーも含めてそう指示をした。それに合わせて、クルップ隊の面々とアンナは腕を下ろした。その間も、ニコニコとした表情を彼は崩さない。フレンドリーな姿勢だが、逆に怪しさすら感じさせるほどだった。


「それで少佐殿」ノーラは言った。「つまりは少佐殿が我々の教官となる、ということでよろしいのですか」


「そうデスネ。そのために地球から遥々来たわけデスカラ」


 そう言いながら、奇しくも序列に従って並んでいるクルップ隊の面々をヴィルホは歩いて眺めた。それを二周三周と繰り返すと、それからユーリの前に止まってじっとにこやかな顔でじっと見つめた。


 そうして数秒。


 何も言わずに、だ。


「あの……」ユーリは耐え切れずに口を開いた。「何ですか?」


 しかし、そう言った瞬間だった。


 ノーモーションでヴィルホが彼の腹を殴ったのである。


「が……⁉」


 思わず、ユーリは崩れ落ちた。その一撃は鳩尾に綺麗に決まったらしく、彼は息ができない状態で床に這いつくばってそれを舐めることとなった。


「お粗末な忍耐力デスネ。」それを見下ろして、ヴィルホは言った。「そして無警戒。これが『白い十一番』デスカ。噂ほどにもナイ」


「しょ、少佐殿……! 今のは!」


 衝撃から立ち直ったノーラが食い下がった。


「何故殴ったのでありますか。我々に問題があったなら、行動に移す前にそう言っていただければ……!」


「そうだぜ、俺もこいつは嫌いだが、だからって理由なく殴るような真似はしてねえ!」


「地球ではどうだか知りませんが、ドニェルツポリ軍では体罰は禁止です、少佐殿」


「キミたちも同じデスカ。やれやれ、理由なら説明したデショウ。聞いていなかったのデスカ」


 困ったようなジェスチャーを見せる彼を見上げたユーリは、まだ痛む腹の底にふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。こんな感情になったのは、この「ルクセンブルク」の格納庫でルドルフに殴られて以来だった。


「理由?」彼はゆっくりと立ち上がる。「そんなものあるものか。アナタはアナタの都合で僕を殴ったんだ。それを正当化なんてできやしないでしょう」


「いいえ? キミには狙撃兵に必要な忍耐力が足らナイ。私は発言の許可など出していないのに、見つめられた程度のことで口を開いてシマッタ。だから忍耐力が足らないというのデス」


「それだけで? それだけのことで何が分かるというのです? それはアナタにとって都合のいい解釈というだけでしょう。」


「普段からそそっかしいパイロットは、戦場でもそそっかしいというのは私の経験上確かなことデス。一事が万事、と言うデショウ」


「随分難しい言葉をご存じなんですね、自分を正当化するための言葉を」


「……それが総意ですか、キミたちの?」


 そう言ってヴィルホが見回すと、全員口を真一文字に結んでいた。しかしその表情はこの場合、同意と見なされるべきだろう。少なくとも異論を唱えないということは。それを見て、ヴィルホは一つの提案をした。


「なら、こうしマショウ――全員、今すぐ機体に乗る準備をしてくだサイ。エンハンサー乗りなのだから、自分の腕前で決着をつけマショウ」


「正気ですか、少佐殿」ノーラは我慢しきれず口を開いた。「四対一ですよ。いくら何でも無謀というものだと愚考します。我々に悪いことがあったのならお詫びしますから、どうか……」


「多勢に無勢で結構。私はこう見えてもこの『ミニットマン』のテストパイロットを務めていマシタ。キミたちごときに遅れを取ることはナイ。それに――」


 ニコニコ顔が、ニヤケ顔に変わる。


「怖いのデスカ? 四対一であるというのに負けるのが」


「そうではありません、ですが……」


「――冗談じゃねえぞ、コラ」


 ノーラはそれでも冷静だったが、サンテの堪忍袋の緒を切るには充分すぎる言葉だった。


「俺たちだってこの戦争を生き残ってきたんだ。この腕でだぞ? それを馬鹿にしやがって、流石に我慢ならねぇなァ!」


「サンテさん、よしなさい……!」


「だが、我慢ならないのは自分も同じです。中尉殿」


「マルコさんまで……!」


「ですが、」その口論にユーリも参戦した。「これで三対一でしょう。多数決で言えば、この決闘は受けるべきということになります。違いますか」


「それは……」


 ノーラには反論に使える言葉が見つからなかった。彼女がそうして沈黙するのを、ヴィルホは待っていたようだった。


「…………決まりデスネ? では十分後、シミュレーターモードでまた会いましょう」

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