第9話 レイド・オン・ルクセンブルク
「何だって、『フロントライン』が襲われているんだ!」
オイゲン・エーベルバッハ大尉がそう怒鳴ったのは、改装高速輸送艦「ルクセンブルク」のブリッジでだった。子供もいる中年の巨漢が喚くのは端から見てもみっともないのだが、今彼の目の前に広がるのは爆煙に包まれたコロニーであり、そこには荷物を届けるべき艦隊がいるはずなのだった。
「お言葉ですが」しかしその様子に、副官のヴィクトル・コルト中尉が口を挟んだ。「敵のドクトリンからして、背後に集結中の予備部隊まで第一撃で叩くのは予想できたことです。またこのコロニーは主要航路上ではないとはいえ爾後、後方連絡線として使えますから……そう慌てられましても」
「そんな正論は、司令部の馬鹿どもに言ってやれ……通信兵! ド・ラスコー提督にはまだ繋がらんのか⁉ 駐留艦隊には!」
オイゲンは、そう言いながら宇宙軍士官特有の脂肪で出っ張った腹をぶるんと振って座席から乗り出した。
「ダメです、さっきから呼び出しているのですが……」
「だったら、出るまで呼び続けろ! それが、演習とは違うってことだろうが!」
そう見るからに若手の通信兵に言い捨てて、オイゲンは不機嫌そうにふんぞり返った。一〇〇キロを超える体重がのしかかって、椅子が悲鳴を上げた。それでも、彼のささくれ立った心を埋め合わせるには、少しも悲惨さが足らなかった。
「……百周遅れの馬鹿提督め。真空管積んだウスノロめ! 今更、司令部が乗艦しているわけではなかろうな! 敵艦隊にここまで迫られているというのは!」
「艦長、そうと決まったわけでは……」
「しかし、見れば分かるだろう⁉ あの煙は、巡航ミサイル攻撃だ。だったら敵艦は射程圏まで前進してきていたはずなのに、補給に向かってるウチには警報一つ来なかった! 要するに寝ぼけてたんだ、あの貴族気取りのジジイは!」
コロニーの外壁にあれだけ煙が上がっているということは、全く警戒することなく敵をそこまでたどり着かせ、「予定通りの行動」をさせてしまったということだ。政治的な問題はあろうが、情報部と大統領府から警告が出ていたというのに何もしないというのは愚の骨頂のように彼には思えた。
しかし、それがまだ序の口だったということを、彼は通信兵の次の言葉を聞くまで知らなかった。
「……旗艦『ロムルス』、出航します!」
「なッ……⁉」
馬鹿な、とオイゲンは声を上げそうになった。その代わりに彼はヴィンテージものの双眼鏡を懐から出すと、座席から飛んでガラスの前まで乗り出すと、コロニー第四シリンダーの辺りをその視野の中に収めた。
するとその先端部から、ヌヌッと小さな四角柱の形をした物体がノロノロと姿を現す。全長約五〇〇メートルにもなる正規宙母、「ロムルス」だ。元は革命評議会政府時代の艦艇に近代化改修を施したものだから年代物なのだが、いざ艦隊戦ともなれば、間違いなく主力となるレベルの艦である。
「……馬鹿どもが!」
しかし、オイゲンにはその行動は自殺行為に見えた。巡航ミサイル攻撃は言ってしまえば陸戦における準備砲撃と同じことだ。念入りに敵の抵抗を麻痺させるためのものにすぎない。
つまり、その次に来るものは歩兵による突撃――宇宙軍流に直せば、エンハンサーによる強襲である。
ならば次に起こったことは、その予想通りのことだった。何か小さいものが巨体に群がったかと思うと、その鯨のような体は見る見るうちに炎に巻かれて制御を失い、その半分も外に出さない内に港湾設備を巻き込んで煙の中に消えてしまった。
「旗艦『ロムルス』、被弾!」
(馬鹿、ああいうのは、轟沈って言うんだよ……)
通信兵の報告にそう返すこともできないほど、彼はその光景に気圧されてしまった。
旗艦が、それも戦術的にも戦略的にも中枢となる艦が、一瞬で撃沈!
艦隊司令部諸共、木っ端微塵!
彼はその失意のまま座席へと体を流し戻した。座席はやはり軋んだが、先ほどよりかは少し静かだった。
「――後退だ」
「艦長⁉」
「最早一分もの勝ち目はない! まずは敵をやり過ごすぞ! 回頭、一八〇度!」
自らの上官とは対照的に激しく反応したのはヴィクトルだった。
「お言葉ですが、それでは味方を見捨てることになります! 急ぎ来援に向かうべきでは……」
「今更行ったところで的にしかなれん! そうしてでも生かす必要のある脳みそはたった今消し飛んだ! それとも貴様もウスノロになりたいのか⁉」
「艦長、しかし……」
「ウワァっ――⁉」
ヴィクトルが更に抗弁しようとした瞬間、操舵手が目の前に釘付けになったまま情けなく叫んだ。敵のエンハンサーだ! 気づかれたのだ!
「回避だろう⁉」
そう言ってオイゲンは驚くほど俊敏に座席から飛び出して操舵手の肩を蹴った。すると舵輪が意図しないスピードで回転させられ、ブリッジの窓一杯に迫った敵機が左に横滑りしていく。その寸前にビームが走って、艦を大きく揺らした。
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