第89話 戦勝、歓喜
着艦も慣れたものだ。見る見る内に大きくなる「ルクセンブルク」の背中目掛けて彼は降下パスを通ると、接地と同時に着艦フックを甲板に突き立て、その上に機体を停止させた。
そうして格納庫に降りて機体から出ると、そこはもうお祭り騒ぎだった。辺りにはパイロットがズラリと並んでいて、口々におめでとうと言っている。肩を叩いてくるのもいる。いずれにしても好意的な賞賛ばかりが彼に浴びせられた。他にも整備は整備でやっているのだが、手につかない様子で、手っ取り早く終わらせたいような、そうでなくてもユーリの方をにこやかにチラチラ見ているのだった。
「一体何の騒ぎです、これは……?」
「そりゃ、」答えたのは、側にいたサンテだった。彼はユーリにほとんど抱き着いてきていた。「勝ったんだから騒ぎもするだろうよ。えぇ? エース様よ」
サンテの言葉は、即ちトブルク大将が賭けに負けたということを意味していた。
彼は第四惑星に敵はいないことに賭けて遮二無二インファイトを仕掛けたわけだが、実際にはドレフュス中将率いる戦艦戦隊が駐留していた。これが近傍を通過するのを待ってから、背後から奇襲攻撃を仕掛けたのだった。
とはいえ、本来ならその程度相手にもならない。エンハンサーの航続距離と戦艦主砲の射程距離とでは、前者の方が圧倒的に長いからだ。多少偵察で後手を取ったとしても、その程度の苦境は苦境の内に入らないはずだった。
そう、本来なら、万全の状態なら、だ。
艦隊は万全とは言い難かった。全対艦攻撃力を正面の敵艦隊に向けた状況下であり、残っていたのは対宙母集団用のエンハンサー……つまり対空攻撃力だけだった。それでは戦艦部隊は止められない。
トブルク大将は、しかしそこで装備換装を命じた。それが唯一彼にできることだったが、遅かった。
戦艦部隊による一斉射撃。一撃で球形陣の外縁部にあった駆逐艦や巡洋艦隊が蒸発。第二撃で宙母に被害が出始め、第三撃で旗艦たる宙母「ミハイル・トハチェフスキー」が撃沈され、トブルク大将以下司令部が全滅するという有様だった。
そして、艦隊には逃げ場がなかった。正面には宙母集団、後方には言うまでもなし。指揮官を失った状態で完全な挟撃状態に陥ったプディーツァ艦隊は各艦の判断で離脱するほかなかった。
その結果、艦隊の七割を撃沈・あるいは拿捕されるという有様で、残りの三割も何らかの損傷を負ったのだ。
対するドニェルツポリ艦隊は攻撃隊を編成せず全て対エンハンサー戦に向けるという采配が功を奏し、宙母集団における撃沈艦は僅か五隻にとどまり、戦艦戦隊も旗艦「ユゼフ・アントニ・ポニャトフスキ」が巡洋艦による対艦ミサイル攻撃によって撃沈されたものの、それ以外の損耗は軽微だった。
とはいえ、前線でそこまで分かるはずもない。分かったのは勝ったことと、敵を押し返したということだけだった。
ユーリのような、エースパイロットのおかげで。
「そんな、エースだなんて……」
「だが、俺は見てたぜ? 三機に同時に襲い掛かられても一歩も譲らず全て返り討ちにしたお前の動きを」
「見てたんなら、助けてくれたっていいじゃなかったですか」
「助けようと急いでいる間に、全部落としちまったんだろうが。マルコも、カニンガム中尉も見てた。ありゃ国民英雄章ものだぜ。なあ?」
そう言ってサンテが振り返ると、二人はそこにいて首を縦に振った。
「艦長に言えば、また勲章授与で大統領に会えますよ、ユーリさん」
「そんなの、宛てにしちゃいませんよ」
「だが、会いたいのは否定しないんだな?」
「ウェルズリー少尉まで……そりゃ、知り合いですし、否定はしませんけど」
そう返事をしながら、ユーリは脱出したパイロットの姿を思い出していた。彼のエンハンサーという拡張された巨体を恐れ、座席にしがみつく様は、見ていて気持ちのいいものではなかった。
(そうだ)ユーリは静かに思い出していた。(アレと同じ等身大の人間を、僕は殺したということなのだった。それは、忘れてはいけないことだって、そうじゃなかったのか?)
初めて人を殺したときのことをだ。あの機体にも当然パイロットは乗っていて、脱出などできなかったはずだ。血で汚れた手で喜ぶことなど、許されるのだろうか?
(いや――)しかし、ユーリは首を振った。(これは戦争だ。僕はそうすることを選んだんだ。プディーツァという国が悪いのであって、向かってくるなら戦うしかないんだ。僕はそうする人生を選んだんだから……)
だから、後悔することは許されない。敵と味方に世界が分かれてしまったのなら、その中で生きるしかないのは事実だ。それは残酷なことであるかもしれないけれど、その残酷さを飲み込んで、彼は生きることにしたのだ。
この戦争は、そういうものだということにした。




