第83話 狙撃
「クルップ3、出撃します!」
そうユーリが叫ぶと同時にカタパルトが前進、グンとGがかかり、彼は大宇宙の虚空に向かって射出される。ジンスク戦でもう経験した圧力だったが、そのときより整備環境がよくなっているのか、そのキレは鋭かった。そのせいで彼は意識を持っていかれかけたが、すぐに視界は色彩を取り戻し、現実に戻っていく。その背後でクルップ4――マルコも出撃していた。
『クルップ4まで出撃しましたね?』それを見て、ノーラが答えた。『全機編隊を。マスターアームはオンにするように』
了解、と返しながらユーリはレーダーにIFFに反応しない赤い点が増えていくのを目撃した。逃げている哨戒艇からのデータリンクだ。真っ直ぐ母艦には帰るわけには行かないそれが、必死に情報を伝えているのだ。
『⁉』
しかし、その光点がふっと消える。それとほぼ同時に、宇宙の星々の中に一つの瞬きが生まれる。哨戒艇が撃墜されたのだ。搭乗員は――即死だろう。
「……ッ」
ユーリはそれが我慢ならなかった。編隊三番機の位置からグンと機首を上げ、位置取りを変える。
『クルップ3⁉』
『クルップ隊は、何をしているのか!』
その動きにノーラは――彼女だけではない。中隊長も――驚いていたが、彼にはそれは聞こえていなかった。それほど彼はレーダーの画面に集中していた。狙撃態勢である。編隊の中にいたのでは、射線が窮屈になると思ったのだ。
「…………」
深く、息を吸う。それから、手元のスイッチを弄る。すると砲身同軸の狙撃用ヴィジュアル・センサーに視界が切り替わる。レーダーよりも発見距離が長いそれを使って、敵の動きを捉えようとした。すると、拡大された荒い画質ではあったが、敵のいた方角からエンハンサーがやってくるのが分かる。敵の姿をその中心に合わせ――ない。その代わりに、敵機が移動するであろう方角に若干オフセットして点が浮かんでいる。それは視覚情報から得られる未来予想位置である。それに彼は照準を合わせた。
「……クルップ3、戦闘開始」
そう呟きながら、トリガーを引いた。しかし、初弾は外れる。宇宙線の影響で荷電粒子の弾丸は直進しないし、そもそも観測データが荒い。当たったら奇跡と言えた。
しかしそれでも敵機は射撃に驚いて、編隊を乱しながら当たるはずのない応射を放った。それで正確な位置がヴィジュアル・センサーで分かるようになる。狙った敵はバレルロール状の動きを見せ、距離を詰めようと動くが、単純なテンポではシステムに見切れられるだけだった。
第二射――照準、発射。
閃光。
「!」
直撃弾が敵の正面装甲ごと敵パイロットの生命を貫く光だ。それが何倍にも引き延ばされた視界の中では、全てに感じられた。たった今消えた命に埋め尽くされてしまう。
(こ……これが狙撃……確かに僕が殺した命……)
その大きさにユーリは狼狽した。光のせいで何も見えなかったのは一瞬のことだったが、それは彼にとって永遠にも感じられた。
しかし、いつまでもそうしてられるわけはなかった。ここは戦場である。復仇に燃える敵は独立して行動しているユーリを見つけて、そこにミサイルを放った。それだけ距離を詰められていたということだった。
「だが、僕は変わらないと決めたんだッ!」ユーリは叫んだ。「そんなんで死ぬわけがないだろうッ」
とはいえそれは射程ギリギリの反撃だ、とユーリは冷静に見抜いていた。反転して後方に避退するだけで、ミサイルは射程に達して自爆する。その爆煙に隠れて、ユーリは針路を変え、敵の意識していない方角へ躍り出る。
そうして見えた敵は三機。既に編隊を解いていたが、連携ができない距離ではないはずだ。間違いなく一小隊と見ていい。隊長機を撃墜されて、焦っているらしい。
その内の一機がチラリとユーリ機の方角を見た。気づかれた。
「もらった」
だが、照準器の中でそれを見たということは、先手を取ったのはユーリだったということだった。この距離なら外しはしない。偏差を取って、トリガー! ……弱点を狙うまでもなく、食らってしまえばたったの一撃であった。絶命した羽虫のように、手足がバラバラに飛んでいく。
その一撃を見て、ようやく残りの二機も彼の動向に気づいたらしかった。捜索のためのばらけた運動をやめ、ユーリ機に向かって直進してくる。だが愚直だ。ユーリはそれに照準を合わせて、トリガーを引いた――が。
「⁉」
弾が出なかった。するとアラート音と共にモニターにはチャージ中の文字。スナイパー機の最大の弱点である、射撃後のそれを彼は戦闘の中で忘れていたのだ。敵機はその間にもスルスルと距離を詰めてくる。牽制に使えるミサイルもない。何故ならそれはライフル用のコンデンサーにすり替わっていたからだ。
「チィッ」
ユーリは舌打ちをした。唯一残された射撃副武装であるバルカンを使って牽制を試みた。それと同時にスロットル全開にし、突進。すると敵機はセンサーを殺されるのを嫌ってか、回避を打ってすれ違うことを選択した――二機目も同じく。
その一瞬が、隙になった。
「今度こそッ」
ユーリは振り返るや否や、照準を合わせてトリガーを引いていた。パルティアン・ショットというやつだ。敵機も旋回をしていたが、その背中に当てられない弾速ではない。またも一撃。撃墜。
しかし、もう一機に対応する時間はなかった。一発ごとに入るチャージも間に合わないし、それ以前に接近されてしまっている。ならば、とユーリは今度こそ左腕のビームサーベルを抜いた。敵機もそれに応じるように右手にサーベルを手にして――今、交錯。
「うぅッ」
ユーリは呻いた。すれ違った直後に敵に先んじるには、急旋回する他なかったからだ。しかしそうしてライフルのせいで重い機体を何とか敵に向けた頃には、縦一文字切り裂かれていた胴から敵は煙を吐いていた。パイロットの生死は論ずるまでもない。
『ユーリ!』
だがその余韻に浸る暇はなかった。彼の耳朶をマルコの叫びが打った。立体音響で示された方角を見ると、彼の機体はゆっくりと彼に近づいてきていた。
「何です⁉」
『一時退却だ。敵も下がり始めた』
え、と見るまでもなくレーダー上の敵を示す赤い点は次々に背を向けて離脱していた。味方機からのデータリンクで表示されるその数が目で見てすぐ分かる数――五か六と言ったところ――にまで減っているのを見て、ユーリは自分が一時戦列を乱したことを思い出した。そういえば味方はどうなったのだ?
「誰か、撃墜されましたか?」
『クルップ隊は健在だ。全機被弾なし』
その言い方は、他の小隊には被害が出たということだった。ユーリはその事実にいくらかショックを受けた。自分のせいではないだろうか?
「すみません、自分が変な動きをしなかったら……」
『いえ、そんなことはない。全部格闘戦での被害だ、一個小隊をユーリが引きつけてくれたから……でも全部落としたのか?』
「え、」そう言えば、彼は一個小隊を丸々引きずり回して撃墜した計算になる。「そ、そうですね。そうなりますね」
『凄いじゃないですか。』割り込んできたのはノーラだった。『慣れない機体でいきなりそんな戦果を出すなんて』
「そうなんですか」
『そういうものですよ。素直に受け取っておいた方がいい。アナタには射撃の才能がある』
そう言う彼女とは裏腹に、ユーリには実感がなかった。全て機体の性能があってのことのように思えたからだ。慣れていようがいまいが、誰にだってできることのように思えた。
しかし同時に、確かに手ごたえを感じてはいた。最後に詰めが甘くなったが、そこさえ修正すれば、何かを掴めるような、そんな心持がした。
それが何であるのかは、まだ、分からなかったが。




