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第80話 捕虜

 独房前にある通路を独房とは反対側に向かうと、そこには捕虜収容室と併設されている尋問室、そしてその監視室がある。


 かつて、コロニー・フロントラインでの戦いの際には、拿捕された工作艦や補給艦からここに沢山の捕虜が詰めかけ、一部は通常の居住区に運ばれたのだという。


 とすれば、彼らは大人しく収容されて然るべき収容所に引き渡されたのだろうか?


 しかし、ユーリの目は、その廊下の端々にある赤色を見逃さなかった。それはここで反乱が起こったという明確な証拠だ。拭いきれない過去である。一人の男が、彼らを焚きつけ、決戦時に内部から「ルクセンブルク」を崩壊せしめるよう蠢いたのである。


(ウジェーヌ・セー……)


 その男の名を、ユーリは呟かずにはいられなかった。彼は臨時に編成されたエンハンサーパイロットで、ユーリの僚機でもあった――そして、プディーツァ人でもあった。それが、彼が「ルクセンブルク」を裏切ったただ一つの理由だった。


「IDと名前は言っただろう。これ以上何を言えというんだ」


 その彼と同じ国籍の人間が、今ユーリの目の前にいるのだ。マジックミラーの向こう。手を拘束された状態で流暢なドニェルツポリ語を話す彼の口元には、無精髭が踏みつけられた雑草の如く生えていた。


「随分上手なドニェルツポリ語だな、どこで習った」尋問官がそう聞いた。「初めから、こういう作戦をやるつもりだったのではないか?」


「こういう作戦って何のことだ。俺たちは――」


「とぼけるな。強襲揚陸艦で大統領暗殺をやるつもりだったんだろう。そのために偽旗作戦なんて国際法違反までやってのけて、よくもそんな口が叩ける」


「国際法違反って言うなら、この尋問だってそうじゃないのか?」


「誰が貴様に質問など許した。貴様が私に質問するのでない。私が貴様に質問している。貴様が申告した情報によれば、貴様は士官だ。作戦について初めから知っていたのではないか?」


「さあね。だが特殊部隊の潜入なんて戦争じゃ珍しくもないだろう。何でそんな目くじら立てているのかこそ俺には気になるがね」


「貴様らの目的は大統領の捕縛もしくは暗殺にあったのではないのか。それを戦前から訓練してきたのでは?」


「ノーコメント。答えられないね」


「返答はイエスかノーか、だ。どうしてその簡単な返答さえできないのだ?」


 ここで、尋問されている士官はドニェルツポリ語ではない何かを大声で言った。その表情は何かの痛みに耐えかねているようで、その声色にもそれは感染っていた。


「プディーツァ語なら分からないと思っているのなら大間違いだぞ。」しかし尋問官は冷静だった。「この尋問は録画されている。どれだけ音で拷問されたフリをしても無駄だ」


「分かっててやってるに決まっているだろう? 俺は答えたくない。だがアンタらは延々質問してくる。これが拷問でなくて何だというんだ?」


「尋問だ。質問に答えろ」


「拷問だろうが! 第一お前らドニェルツポリ軍は『白い十一番』とかいう少年兵にまで頼っているっていうぜ? そんな連中信用なるかよ!」


 少年兵。


 そう言われて思わず体が動いたのはユーリだけではなかった。


「貴様ッ……!」


「おっと、殴るかい? 殴ってもいいが、撮っているんだろう?」


「…………」


 身を乗り出しかけた尋問官は、ゆっくりと腰を下ろした。


「そうそう、それでいいんだ。お互いフェアにやろうぜ」


「偽旗作戦のどこがフェアなものか。貴様らは国際法違反をしたのだぞ」


「そういうのは戦争が終わった後に軍事法廷でやるもんだろうが。今じゃあない」


「その証拠を集めているのだ。貴様は指揮官なのだから関与しているに決まっている」


「上から言われた通りにやっただけだ。その作戦の法解釈までは責任の外だと思うが?」


「だが、国際法違反だ。知らなかったなら罪を犯していいわけではない」


「馬鹿の一つ覚えだな、国際法っつったって、誰が裁くんだ? 大昔っから国家に対応する警察は存在しねぇ。だとするならそりゃとどのつまり鼻くそほどにも役に立たない代物だ」


「違うな。最低限守らねばならないルールだ。それを貴様らプディーツァ軍は破ったというのだ」


「だがルールを守ってどうする? 平和的に戦争しましょうってか? 冗談だろ?」


「戦争そのものがルール違反だというのに、貴様らはその上に反則を重ねた。その罪は受けなければならない」


「じゃあどうすんだ? 別室で拷問する? それで口を割ると思うか? はは、好きにしなよ」


「堂々巡りだな」


 そう言ったところで、尋問官とマジックミラー越しに目が合った。こちらが見えるわけはないが、いることは知っている。つまりもう充分見せたという意味だろう。それを理解していたノーラはユーリの袖を引いた。


「行きますよ」


 了解です、と言ったユーリの頭の中には、ふてぶてしく座っていた捕虜の姿がまだ焼き付いて離れなかった。その悪口雑言が、酷くこびりついていた。まるで焼き印のようで、そこには激しい痛みが走った。


「あまり、真に受けないでくださいね」


 しかし、そのユーリの考えを見透かしたようにノーラはそう言ったのだ。


「特にあの捕虜は特殊部隊出身です。敵国となった国のことは悪し様に言うよう訓練されている」


「軍隊って、そういうところなんですか」


 人の考え方まで変えてしまうような、そういう恐ろしいところなのだろうか?


「そうなのよ、そうでもしないと、戦えないでしょう? まして過酷な任務は達成できない。そういうものなのよ」


 ――しかしそれは、残酷が過ぎないか?


 ユーリの考えでは、そうだった。そんなことをしていれば、その内決定的な断絶が生まれてしまう。それこそ、本当に憎しみだけで戦争を起こすようになってしまう。この戦争がどちらの勝利に終わるにせよ、そのようなことが起きてしまえば、二度とそこに融和はなくなってしまう。


 一度は曲がりなりにも一つの国だったものが、決定的に楔を打たれ、二つに割れてしまう。


 そんな残酷なことがあっていいのか?


(しかし、)その考えが、彼の足から歩みを暫時奪った。(そうだとするならば、エレーナの言ったことの意味はどうなる?)


 そう、彼女は変わらない、だからユーリも変わるなと言った。そこに正しさはあった。嬉しかった、そう言ってもらえて――それだけ、彼が戦場にいるということは間違っているということだ。


 そして、その戦争を引き起こしたプディーツァという国は許せないということなのだ。


 国が悪いのであって、人が悪いのではない。きっと、あの捕虜にも家に家族がいて、それを守るという気持ちが全くないはずはない。プディーツァという国が、自らの陰謀のためにそれを利用して、こうして歪んだ形にしてしまっただけなのだ。


 でなければ、ウジェーヌの死は何だったというのだ?


 ユーリが戦闘で殺した兵士たちの命も、ただ徒なものになってしまうではないか?


「どうしたんです、ユーリさん?」


「いえ……」だからユーリはそう誤魔化した。そして忘れた。「何でもありません」


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