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第74話 実家へ

 ユーリを乗せて、軌道エレベーターの地上駅から大統領府へと軍用車の車窓は流れる。障害物を踏んでも大丈夫なよう高くなっている車高からは、まるで街並みを見下ろすようだった。


「どうです?」運転席からノーラが声をかけた。「意外と運転上手いでしょう?」


「ええ。本当に。どうせだったら陸上軍の車両隊に転属したらどうですか?」


「いえ、それはお断りします。ユーリさんを放っておいたらろくなことになりませんから」


 言ってくれる、と思ったが、それ以上のことをユーリは言わなかった。面倒になったからだ。


 そして何より、街の様子が気になったからだ。


 大統領府のある通りまでの道は戦時とは思えない活気だった。瓦礫も炎も血も鉄も、全ては遠い星々で起きていることのように賑やかで、健やかで、少し騒がしかった。だがそれは活気があるということの裏返しである。それがユーリには少し気になって、静かにならざるを得なかった。


「そういえば」だから口火を切ったのは、またノーラだった。「ユーリさんのご自宅ってこの辺なんですか?」


「ええ、まあ、そうですが……どうしてそれを?」


「大統領とお知り合いなら、ご近所かと思って。大統領もこの星出身でしょう? だから……」


「ああ……」


 すぐに、沈黙が訪れてしまう。恐らく二人とも、この光景に同じ感情を抱いているに違いない。


 華やかで、煌びやかで、麗らかなその光景は、なるほど確かにその通り表現されるべきものなのだろう。それは平時と変わりないように見えなくもない。エンハンサーで追い回されるような恐怖体験とは無縁であるように思える。


 だがそこに、戦争の陰りがないとは言えなかった。人々の微かな表情の機微や、街中のシェルターを示す真新しい標識。車通りに占める軍用車の割合。そう言った僅かな差異を読み取ると、彼も彼女も押し黙らずにはいられなかった。


「…………」


「…………少し、寄り道しましょうか」


 その様子を見て、ノーラはそう言った。


「寄り道?」


「時間まではまだあるでしょう? 私、アナタのご実家気になります」


「こんな捻くれた子供が育った家が、ですか? やめましょうよ、見世物じゃあない」


「あらまあ、そう言われると尚更気になります。どちらに行けばいいんです、この交差点を?」


「……大概、僕と同じぐらい、いい性格してますよ、中尉は」


 右です、とユーリは言った。それから背もたれに寄りかかった。家に帰るという選択を取った瞬間、どっと疲れが出たのだ。話の流れで帰ることにはなったが、実のところ帰りたくなどなかった。


(実家……)


 大層な言い方だ、とユーリは思った。実際にはマンションの一室に過ぎないのに、そういうとまるで豪勢に聞こえる。大統領の実家も隣だ――こちらは後に引っ越したが、大統領の実家というにはあまりに質素でオンボロなのがそのマンションなのだ。


 それだから帰りたくない、のでは当然ない。ないのだが、実家があまりに嫌すぎてその雰囲気にまで彼は忌避感を覚えるほどになっていた。貧相な家――建物としてではなく機能として――を見るだけで嫌な気分になる。


「あら?」その彼の様子を見て、ノーラは言った。「本当は行きたくない?」


「そりゃ、まあ……」ユーリはそのとき無駄と知りながら表情を取り繕った。「実家なんて帰りたい人間がいますか?」


「いるでしょう、そりゃあ。私も久々に母さんに会いたいですし、父さんにも会いたい……」


「ご両親、どんな人なんですか」


「どんな人、ねえ……どちらも普通の人ですよ」


「普通って言ったって、職業は?」


「ああ、そういうこと……父は軍人でしたよ。母は主婦で」


「それは普通って言いません。家系じゃないですか思いっきり」


「そうかしら? でもそんなに意識して軍隊に入ったわけではないから……そちらこそどうなの?」


「こっちこそ、普通ですよ。普通の共働きの家です」


「いいじゃありませんか。私なんか帰ったらきっと任務がどうとか心構えがどうとか言われるんですよ? それでは帰った気がしない……」


「よくありませんよ!」


 ユーリは思ったよりも大きな声を出したことを修正したかった。だから後続の声は小さくなった。


「いいところなんかありません――ずっとそうだったんだから」


「? どういう……?」


 ノーラにはユーリの言っていることがよく分からなかった。バックミラー越しに彼女は彼を見る。その言動に、並々ならぬ苦々しさを感じ取ったからだ。しかしそこで目が合って、気まずく彼女は前に視線を戻した。


 そして車は進む。二人分の沈黙を乗せて。


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