第72話 十六歳
「十六歳、か……」
エーリッヒは次の戦地へ向かう艦内の自分のベッドの上に座ってそのタブレット上に表示される新聞の電子版を見ていた。本来は閲覧が禁じられている地球の新聞だったのだが、エーリッヒは私物のタブレットにその制限を回避するプログラムを入れていた。
それは、例の「白い十一番」に対する直接インタビューの記事だった。それを不意に見つけたときは、冗談かと思った。そして内容を見て、冗談だと思った――あまりに内容が薄いのだ。
「結局のところ、」そう記事は締めくくられている。「『白い十一番』について分かったことはほとんどない――戦時であるという制約以上に、本人の性格が秘密主義的な傾向があることもあって、実際に会ってなおミステリアスな青年という印象が残る。言うなれば、さながら『白い十一番』ならぬ『白い幽霊』といったところか。しかしこれほど用心深くなければ、戦場では生き残れないのかもしれない」
レイブンは幽霊じゃなくてカラスのことだろう――と、エーリッヒは数少ない地球語の知識を呟いて、画面を切った。全く、読むに値しない馬鹿馬鹿しい記事だった。タブロイド紙でもこんなものは平時なら没だろうに、地球には娯楽が少ないのだろうか?
それから、エーリッヒは自分のベッドの上に上半身を預けた。二段ベッドの下だから、上のマットレスがよく見える。
「敵は、十六歳――」
十六歳と言えば、自分は何をしていただろう。まだ高校生だ。軍人になるための努力はしていたつもりだが、まだこんな大変な時代になるとは考えていなかったのではなかろうか?
その年頃の人間が、あれほど憎んでいた仇敵なのだという。その事実は彼に衝撃をもたらさずにはいられなかった。まだ遊びたい盛りだろうに戦場に出て来るなんて、余程愛国心が強いに違いない。
(だが、)とエーリッヒは考える。(その愛国心を引き出したのは一体誰か?)
そこに考えが至ったとき、彼は恐ろしい想像をした。まさか、あの「白い十一番」こそ、復讐鬼なのではないかという予想である。
思えば、彼の住処であったコロニー・フロントラインを破壊したのはエーリッヒたちプディーツァ軍である。その復讐のために戦場に赴いているのなら、不自然はない。誰しも故郷を滅ぼされれば、憎しみは生まれる。
しかし、だとすれば、エルナンド・ヴァルデッラバノを殺したのは彼自身ということになるのではないか。それは恐ろしいことだった。感情的に言うならば、ドニェルツポリ軍こそが正しいということになってしまう――それは、二元論で言うならば、エーリッヒたちプディーツァ軍が悪ということになることを意味する。
(馬鹿な――そんな馬鹿な!)
エーリッヒはガバリと起き上がった。それからもう一度、端末上に紙面を表示した。
(だが言われてみればおかしい。この戦いは地球人の主張に毒されたドニェルツポリ人を助け出すための戦いだったじゃないか。そのために操られているドニェルツポリ軍を打倒するのではなかったか。そのために戦争という手段に訴えざるを得なかったんじゃなかったのか)
それが、多くの民間人の住んでいたコロニーを破壊し、そこにいた十六歳の少年を戦わせるまでに追い詰めてしまった理由だというのか。
これが、正義の行いだというのか? こんなことが、許されていいのだろうか?
(いや――)そして、それだけだった。(考え直せ、これは、地球の新聞社の記事だ。そこには地球側の意図があるに決まっているんだ)
このような少年が戦っているということを、何故地球人は記事にしたのか? このようなつまらないものでも、どうして記事になるのか? その謎を、彼は放置していた。
それは単にそれ自体に需要があるからというだけではあるまい。
それがプロパガンダになるからだ――少なくとも、彼の中ではそうだった。
地球からの援助を受けたいドニェルツポリは、自らの窮状を訴えることで同情心を煽りたいのだろう――そしてそれを踏みにじるプディーツァ軍を悪と見せる。情報戦の常套手段だ。
(危ない――危うく騙されるところだった。)
だからそれがエーリッヒの出した結論だった。彼は今度こそ端末の電源を切り、ベッドに体を投げ出した。全く、危険極まりない、人を騙すための記事だった。
しかし、その記事を見て、別の感想を抱くものもいた。
「十六歳……ですか」
「大統領? いかがなさいました?」
「この記事です。これが正しければ、我が国の軍隊には十六歳の少年兵がいるそうですね」
そう言ってエンラスクス大統領は、目の前にいた将軍に端末を渡した。すると、将軍は血相を青く変えて深々と頭を下げた。
「……大変申し訳ございません。すぐに確認し、対処いたします」
「いえ、その必要はありません――調査の必要は認めますが」
「は? それは……?」
「会ってみたいものです――少年兵のエースに」




