第70話 ロジーナⅢ G‐6
「ルクセンブルク」格納庫。
ノーラに誘われて来たそこは、いつにも増して騒がしかった。整備兵がごった返し、見覚えのない顔がダース単位で縦横無尽に闊歩している。
それもそのはず。「ルクセンブルク」が宙母運用されることになって、人員を入れ替えたり、新しい機材を入れたりするために人が行き来しているのである。
ユーリはそれを眺めながら、その中に民間人の一団を見つけていた。この艦が来たときと同じように一列に並び、そのときとは反対に連絡艇に乗り込んでいく。
しかし、そこに彼が探している人は見つからなかった。あの金色の髪はどこにもない。あったら、自然と目で追っているはずだから――。
(……馬鹿なことを!)
しかし、ユーリは首を横に振った。
(今更、何が言えるというんだ。僕が逆上したのが悪いのに、今更……)
結局、あの出撃前の会話から、ユーリは一度も彼女に会えていなかった。会いたい気持ちがないわけではなかったが、その度に罪悪感が彼の首を絞めて何もさせてくれないのだった。彼女に会ったところで、あの悲劇を繰り返すだけなのではないかという諦めにも似た推測が首をもたげてくる。そう、今も――。
「どこを見ているんです? こっちですよ」
彼がその金髪の幻影に苦しめられている間にそう言って、ノーラは一足先に、機体の止まっているハンガーへと一足で跳んだ。ユーリも一瞬遅ればせながらついていく。
「これですか」
彼はそう言って、そこに寝かされている機体を眺めた……とはいえ、パッと見た限り、未塗装の新品ということしか分からない。銀色のボディが照明を反射して眩しかった。
「で、これが何だって言うんです? 今までと何が違……」
「――よッッッくぞ聞いてくれました!」
その声はノーラではない。彼と彼女の間に物理的に入り込んだ何者かだった。
「誰⁉」
「え、誰です?」
誰何を無視して、赤い縁の眼鏡に、規則違反のポニーテールを揺らす彼女は、大声で語り始めた。
「この機体は『ロジーナⅢ G‐6(ゲー・ゼクス)』! 『最良のロジーナⅢ』と呼ばれる『E‐8(イージーエイト)』をベースにエンジンを換装したF型が『単方向型外装神経接続でやるには制御がピーキーすぎる』『確かに速いがそれだけの第三世代機』と不評だったので、『感動的な反響だ、エンジンはそのまま、機体には第四世代相当のシステムを突っ込んでやる!』 ……と言わんばかりにサードパーティー製の双方向型外装神経接続を搭載した言わば『最強のロジーナⅢ』でして、流石に『ロジーナⅣ』とのタイマンでは流石に分が悪いですが『Ⅲ』相手の模擬戦では一対五の損害比率で済ませてみせた名機中の名機。内部機構の複雑化によって整備性は悪化してこそいますが、それでこそ腕が鳴るというもの! ――ああ、早く弄り回したい……!」
「あの」
ユーリが話しかけると、ようやく自分の出番が来たかのように彼女は彼の方を向いた。
「はいはい! ご質問ご要望なんでもござれ、パパっと調整してみせますよ!」
「えっと、色々聞きたいことがありますが――」後頭部をユーリはがりがりと掻いた。「まず、アナタは誰です?」
そう言われた彼女は目を二、三回ぱちくりとさせた。まるで、「そんなことどうでもよくないですか」と言わんばかりだったが、何かのシステムを読み直したかのようにもう一度笑顔に戻って答えた。
「申し遅れました! 私、この艦に転属となりましたアンナ・ジャクソン伍長です! それをお聞きになるということは、アナタがユーリ・ルヴァンドフスキ少尉殿ですよね?」
「えっと、」慣れない少尉、という称号にアレルギー反応を起こしそうになりながら、ユーリは答えた。「そうなりますけど……」
「わあ、やっぱりそうなんだ! 一度お会いしたかったんです! 噂に聞く『白い十一番』本人様に会えるなんて……私、幸せです!」
「『白い十一番』……?」
それは少尉以上に聞き慣れない単語だった。しかも、その張本人が彼らしいのだ。むず痒さに耐えられなくなって、ユーリは黙りこくるしかなかった。
「あの、」そこに割って入ってくれたのが、ノーラだった。「何です? 『白い十一番』って」
「お答えしましょう……それは開戦劈頭のこと。何でも、彼は破壊されたコロニーから抜け出した宙母に乗っていた凄腕パイロットで、既に百機撃墜したとか何とか……ジンスクで撃墜された捕虜がそう言ってたって、噂なんです! その本人が目の前にいるんですよ!」
「あの」
「あの、私大ファンで、機体の整備するなら必ず帰ってくる凄腕パイロットがいいなってずっと思ってたんですけど、まさか本当に夢が叶うとは……アンナ、感激!」
「あのッ」
「はい! 何でも仰ってくだしあ!」
くだしあ?
「よく分かりませんけど、僕は百機も落としてはいないし、ついこの間エースとかいうのになったばっかりですし、大体、何でそれが僕だって分かるんですか?」
大体、整備兵の伍長くんだりが、捕虜から直接話を聞けるとは思えない。彼女の情報源は何だ?
「ふっふっふ……それはですね」そう言いながら、彼女はリュックの中に手を突っ込んで何かを探しているようだった。「これです!」
そうして出て来たのは、一冊のスクラップブックだった。その中身を見てみると、新聞記事がいくつも貼り付けてあるようだった。その全てには「白い十一番」の文字が躍っている。その文章量は段々と多くなり、最後には特集記事が組まれている。
「…………え?」
「ですから言ったでしょう。『白い十一番』のファンだって。アナタの載った新聞記事は全て集めているんです。だから、どんなマーキングの機体に乗っているかを見ればすぐに分かるんです。ここにあった機体に乗っていたのはアナタでしょう?」
「元々は私のですけどね」
そのノーラの言葉を、アンナは無視した。
「肩にある十一番の刻印、私が見逃すわけはないじゃないですか! それで近くの整備兵さんに聞いて、アナタだって分かったんですよ、ユーリ少尉!」
「……プライバシーも何もあったもんじゃあないですね。大体嘘ばっかりですし」
「――あら、聞き捨てならない言葉ですね」
すると、そのとき後ろから声が掛けられた。ユーリは振り返ると、そこにいたのは三十代ぐらいの細身の女性である。真っ赤な口紅でも目立たないぐらい美しい顔立ちをしていた、今日このときでなければ恐らく見惚れていただろうぐらいには。
「……また、誰ですか。もうこの騒がしい人だけでお腹一杯なんですけど」
「えへぇ……それだけが取り柄なんです」
「褒めてません!」
振り返って怒鳴ったユーリに、彼女は小さな笑い声で答えた。
「私はザビーネ・トラウトマン。見ての通り地球の新聞記者よ」
「見ての通りって……」
宇宙服に腕章がついている。そこには大きくPRESSと印字されていた。
「アナタですか、あんな出鱈目を書いたのは」
「出鱈目なもんですか! 私、怒っちゃいますよ!」
「確かに、出鱈目と言われても仕方ないかしらね」
「ガビーン! 梯子外されちゃいました、ショック……」
煩いアンナの声を、二人は無視した。
「認めるんですか」
「ええ、まあ。それが正しいジャーナリズムの在り方でしょう。本人にアクセスできない中、二次情報だけで書いてしまったことは認めます」
「冗談じゃない、それで迷惑が起きたら、どうするつもりだったんですか」
「その言い方では、起きなかったみたいですけど」
「…………」
「最前線では、電子版が届くことも稀ですからね……」そうノーラが相槌を打った。「ですが、無許可だったというのは、一人の大人としてどうかと私は思いますが?」
彼女にしては珍しく強い物言いだった。物腰こそ穏やかだが、その目には力が宿っている。
それに射すくめられたのかそうではないのか、ザビーネは肩を竦めた。
「ええ、ですから、今日はお願いに来たんです」
「お願い?」
「ですから――直接取材の許可を、アナタから頂きたいのです。ユーリ・ルヴァンドフスキさん」




