第7話 悪夢
ユーリは今、宇宙空間に浮いていた。第四シリンダーに向かっているのだ。スラスターを吹かせ、シャーロットの機体を追っている。
ピンクの機体は、昔別の星系のニホン街へ旅行に行ったときに見たサクラとかいう花にそっくりだった。それがクルリと翻って――爆発。
「⁉」
視界の中央に捉えていた彼女のエンハンサーが一筋の光を受けたことだけが彼に分かった全てだった。それが貫通すると、まるでアニメーションのように機体は四散し、炎が一瞬叫びを上げる。
「…………は?」
その飛び散った断片が、彼の機体の薄い外板をガラガラと鐘のように叩く。風がないから飛散しない煙を突っ切って、何かが高速で横切った。
そこで彼はようやく辺りを見回した。すると、先ほどまで何の変哲もなかったはずの風景は一変していた。コロニーのそこら中に煙の筋が通って、その先には炸裂した形跡がまだ残されている。空気のない宇宙空間では風で流れることもないのだ。ただ噴き上がった慣性のままに押し流されるのみ。
その背後では、何かの軍艦が煙を上げながら敵に追われているのが見える。敵のエンハンサー部隊がハエのように群がっているのだ。幾筋もの光線と航跡が交錯したかと思うと、追われていた鯨のような巨体は制御を失って、煙の中へ隠れ――コロニーの外壁にぶつかって、また煙の幕を作る。
「何だよ、これは……ッ!」
そんな光景が、見る限りどこまでも続いていた。一瞬で一変してしまった。無線を操作して何か情報を聞こうにも、それはただノイズを発するだけで何の役にも立たない。敵の通信妨害のせいかもしれなかったが、だとして何故こんなことになっているのか?
「だって、だって戦争は……戦争にならないんじゃ……」
彼は思わずそう呟いた。彼の日常が全てスペースデブリに置き換わっていく様を目の当たりにしたのならば、そうして立ち尽くす他に、彼にできることなどなかった。だから慣性で機体は流れていく。もうどこにもいないシャーロットを追いかけて、煙の中に突入する。それで、一瞬視界が覆われて――目の前に、メカニカルなシルエットが浮かぶ。
エンハンサー!
「ウッ……⁉」
荷電粒子色の一閃が視界を覆った!
その一撃を回避できたのは、ただの偶然に過ぎない。操縦桿を握っていた手が、驚きで縮こまった結果、予期せぬ挙動をしたためだ。それでも光の砲弾の表面から剝がれ落ちた粒子によって外板がブズブズという音を立てるぐらいには、その機動はギリギリだった。
「何なんだよォッ――!」
彼の機体はそのエンハンサーの脇をすり抜けた。それと同時にスロットル全開。重力エンジンが今までにない出力を要求されて甲高い悲鳴を上げると同時に、重要度の様々な警報がHUDを埋め尽くす。さっきの一撃で内部機構にもダメージが入ったのだろうか? しかし一々そんなものを見ている余裕などなかった。一刻も早くコロニーの中に逃げ込むのだ。
彼はごうごうと迫ってくるコロニーの外壁の中にあるはずのエアロックを探した。出てきたのと同じように、駐機場が第四シリンダーにもあるのだ。
それもいくつも――その内のどこかに入り込もうと本能的にそう考えたのだ。
しかし、それは叶わない。
次の瞬間、彼は狭いコックピットから自分が解放されたことを感じた。それと同時に全身が光に包まれて、モニターが反対にその輝きを失う。
それを見ることすら彼にはできなかった。全身に走る痛みに悲鳴を上げることすら。
全てが焼かれてしまったのである。ビームが今度こそ彼の機体を捉えたのであった。民間機の加速程度、軍用機からすれば止まっているも同然である。
すると消えゆく彼の耳には、エンジン音が段々と小さくなっていくのが聞こえていた。シャーロットの金切り声のように高かったその音が、ゆっくりと力を失って小さく、低くなっていき、そして――違う。
これは、警報音だ!
高評価、レビュー、お待ちしております。