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第64話 背負う

 ずずずん、という大きな振動が艦に響き渡る。被弾だ。


「……損害報告!」


 オイゲンが叫ぶと、ダメコン担当は振り返る。


「左舷前半上部に被弾! 対空砲が全部持っていかれました! カタパルトも一つ死んでます!」


 クソ、とオイゲンは悪態を吐きたくなる感情を何とか堪えた。部下の前でそうするわけにはいかなかったからだ。


 随伴艦がじわじわ削られていく状況下では、オイゲンの回避術と言えど限界が近かった。まして一度退席するという――まして着艦のために直進するという隙を見せてリズムが狂ったのも大きかった。


 しかも同じ手を続けるというのは結局のところ単調なやり方でもある。一度読まれてしまえば、一遍に読まれてしまう。それを証明するように敵機は取舵方向に合わせた攻撃をしてきた。今度はオイゲンも、それを見てから面舵を打たせて回避する。


「艦隊司令部より入電!」


 そこに、通信兵の血相を変えた声が響いた。


「こんなときに何だ! 切れ!」


「ですが、最重要と言ってきています!」


 この際最重要なのはこの艦だけだぞクソッタレ。


 そう思いながらも、上級司令部の言うことであるからには受け入れざるを得ないのが現実だった。


「……なら読み上げろ! さっさと!」


「了解です! これは……」


「何だ! 読み上げろと言ったんだぞ!」


「撤退命令です! 避難民を連れてスペースゲートを抜けろと! 十分後には爆破するそうです!」


 それを聞いて、オイゲンは怒り狂った。


「戦闘中にそんなウルトラCができるか! この期に及んであのジジイは!」


 その怒りのままに右拳を握るが、既に右のひじ掛けは破損しているためどうしようもなかった。


「ええいッ、こうなればヤケだ! 周囲の艦に通達して援護させろ! 艦載機にも帰投命令を!」


「了解!」


 しかし、その撤退命令は、乱戦の中では伝わっても実行できるとは限らなかった。


 即ち、


「させるかッ!」


 ルドルフがいたのだ。ユーリに迫る敵機に向かって横合いからビームライフルを撃ちながら突撃を敢行した。敵機がそれに気づいて回避機動を取ったところに左手のビームサーベルで斬撃を放ち、そのビームライフルの砲身を切り落とした。


「『坊や』!」


 その後ろには当然オリガがついている。リチャードもだ。窮地に陥った僚機を救出すべく、彼女らはすぐさまビームライフルで牽制射撃を行ってエーリッヒ機の方に反転させようとしなかった。


「その程度か――」


 が、ルドルフは最初からそうするつもりはなかった。オリガは思わず悲鳴を上げた。敵機が牽制射撃を縫って彼女らの方にこそ突撃してくるのである。咄嗟に、リチャードとオリガは散開し、その猛進を受け流した。


 しかし、それは作戦の崩壊を意味した。


(一機に対し一方に引きつけて他方から迫る戦術だったようだが、)ルドルフが破壊したのだ。(こうして追いつき、相互の援護が難しくなる一機単位に分断してしまえば、関係ないな!)


「しまっ……」


 その悲鳴を上げたのはリチャードだった。長物故に取り回しが悪い彼の機体の武装では、接近されてしまうと危険だった。それを一瞬の交差で見抜いたルドルフ機が、まるで獲物に迫る猛獣のごとき判断速度で攻撃を仕掛ける! 怖気づいた射撃など無意味だ。彼には通用しない!


「ウオオオオッ!」


 上下左右にかわす敵機に、ついには懐までリチャードは食い込まれた。ライフルを切り払われ、その胴を――蹴り飛ばされる。


「避けた⁉ 化け物か⁉」


 死角からのオリガの援護射撃を見切って、その回避にリチャードの機体を転用したのだ。


 しかしそれが限界だった。オリガ機の放ったビームが、ルドルフ機のビームライフルを右腕ごと吹き飛ばす。反対にルドルフはバルカンを使ってビームライフルを破壊してみせたが、その直後のサーベル突撃はむしろ失敗だった。左から攻撃が来ることが分かっていた敵機は、ライフルを捨てた代わりに右手でサーベルを持ち、敵の左腕を反対に切り飛ばした。


「は――」そのとき、ルドルフは笑った。「ユーリ・ルヴァンドフスキ!」


 その名を呼ばれて、彼は自分が戦場に呑まれつつあったことに気がついてハッとした。


「何ッ?」


「早く行け! 貴様には未来がある! なればこそ、私は……!」


 私は――何と言おうとしたのだろう。


 その先をユーリは聞くことができなかった。武装を全て失いなお反転し特攻せんとするルドルフ機の背中を、エーリッヒ機のサーベルが貫いたからだ。彼はそれをぐりぐりと抉るように動かしたあと、そこから左右に振り、真っ二つに切り裂いてしまった。


 それを見て、ユーリは何もできなかった。心が凍り付いて、固まってしまった。エンジン音も、何故か爆発したルドルフ機の破片が機体の表面に当たる音も、何もかもが遠くにあるようだった。


 死んだ、ルドルフが、僕のために――。


 あのルドルフ、が!


 その事実が心に染み渡った瞬間、彼のすべきことは一つになった。


 撤退である。


「逃げるのか、貴様ッ!」


 反転し逃げるように見える敵機に、エーリッヒは追いすがろうとするが、それをオリガ機は制した。


「ダメだ、『坊や』。これ以上は」


「何故です? 推力から言えば追いつけます!」


「私たちは装備を使い切りました。ビームライフルもなく――このまま追いかけても一方的にビームライフルでなぶられるだけです。」


 そして、ミサイルを放ったところでカウンターメジャーか何かで無効化されるのがオチだろう。


 エーリッヒはそれが分かった瞬間、同じく踵を返して帰還の途についた。辺り一面には、敵艦と敵機の残骸ばかりが浮かんでいる――間違いなく、プディーツァ軍の勝利だったことが、尚のこと彼を惨めにさせた。

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