第57話 手痛い停滞
「……来ないな」
そうオイゲンは艦長席に悲鳴を上げさせながら言った。
「ええ、来ないですね」
それにヴィクトルも同意する。星系各所に設置されたレーダーや偵察艦隊から共有される情報のプロットされた星図には、赤い点が少しも映っていない。第一波で姿を現わした大部隊は攻撃が失敗したと見るやすぐさま引き上げた。
それだけなら軍事的にはよくあることだ。一般に、ある拠点を攻撃する場合、攻撃側は防御側の三倍の戦力が要るとされる。防御側は攻撃側が使うことのできない様々な防御手段を講じることができるからだ。そのため攻撃側はその防御手段を疲弊させるため、連続波状攻撃を行うことがある。そのための撤退という意味では、よくあるのだ。
しかし、その間隔が問題である。
長すぎるのだ。
「理想を言うのなら」ヴィクトルが言った。「敵は連絡線を叩いていると見るところでしょうがね――ですが敵がスペースゲートに何かした形跡はないですし、それを敵は無傷で手に入れたいんでしょうから、まず何かをされる可能性は排除していいはずです」
「第一、そんなことをすれば偵察艦隊に見つからないはずがない……大きく迂回したのでないとしたなら後ろに引いたと考えるのが健全な考えというものだ」
「だとして引いて何をしているのです?」
「補給と再編成……って答えじゃ、きっと五十点しかもらえないだろうな」
どう考えても、その程度では済まない間隔だった。ほとんど退却したに等しい――勝ったというにはほど遠いのに?
(何を考えている――敵は)
提督でもないのに、オイゲンはそれが気になって気になって仕方がなかった。こういう悪い勘ばかりが当たるのが彼の宿命だといい加減この歳になれば分かってくる。その状態の中ただ待つというのはあまりに彼には過酷だった。
そして、それは味方にとっても同じことだろう――。
「艦長、司令部より入電です」
その考えが、実際の司令官にもあったらしい。通信兵が口を開いた。
「読み上げろ」
「本日一三○○より撤退作戦を再開。各艦はそれまでに減圧解除で第二種戦闘配置についているように……です」
オイゲンには、その報告をぱっと聞く限り、妥当なラインに思えた。現在時刻は正午頃。彼自身、あと三十分何もなければ減圧を解除して乗員に食事休憩を取らせるつもりだったぐらいだ。それが更に三十分延びたところで大した違いはないはずであろう。
「よし、では一二五〇に減圧解除。各自食事休憩としよう……コルト、各セクションに通達任せる」
「了解です」
このとき彼らは知らなかった。
それこそが、敵の狙いだったのだが。




