第55話 過去(後編)
そのときルドルフは革命軍――のちのドニェルツポリ軍側のパイロットになっていた。基地での反乱から様々な戦闘があって、ノヴォ・ドニェルツポリでのその戦闘に至る頃には、小隊長の立場になっていた。
当時革命軍はドニェルツポリ地方の地球側から今のプディーツァ方面に対して勢力を伸ばしつつあるところで、ノヴォ・ドニェルツポリは丁度その最前線にして分水嶺となっていたのだ。
そして、艦隊戦は早々に決着がつき、戦いは地上戦に移っていた――海兵隊の出番である。
高度一万二〇〇〇メートルでウェーブライダーから離脱。味方部隊の援護に入る。地上からの対空砲火は散発的だ。民衆の抵抗にあって軍隊が動けていないのだろう。意外に、武器を持っていない群衆相手の方が軍隊というのは無力なものだ。
そう考えたルドルフの耳に、レーダー反応の音が鳴り響く。敵は一個小隊。同高度にまで敵は上がってきていた。
「エルビス隊、同高度方位○三〇の敵を排除せよ」
作戦管制がそう言ったのが聞こえた。すぐさま小隊を率いて編隊から離脱、接敵行動に入る。
レーダー反応からするに、お互いの機体は当時最新鋭だった「ロジーナⅢ E-8」の海兵隊仕様。つまり腕前だけが両者を別つ違いらしかった。
戦闘はミサイル戦で始まった。レーダー誘導ミサイルの射程に入るや否や、エルビス隊は全機がミサイルを放った――が、敵は撃たない。しまった、と思ったのはその直後で、敵機は射程ギリギリのそれを難なくかわすと、より近い距離から第一射を放ったのだ。迫るミサイル。各機は回避機動に入ったが、一機は逃げ切れずに被弾した。大気中ではEFのバランスが崩れた場合、即墜落である。その機体は足を飛ばされ戦闘不能になったところに第二射が直撃し、空中で分解した。
その仇を討たんばかりにルドルフは接近して第二射を放った。が、今度は近すぎた。弾頭は誘導が間に合わず、敵機のギリギリ後ろを捉えるばかりで全て虚空に消えた。そのあとは自爆するだけで、一機も減らせない。
それどころか、ミサイルに固執した分だけ格闘戦に移行するのが遅れた。ただでさえ数的不利なのに、だ。ルドルフは既に後悔しつつあった。しかし後悔するために割かれる思考のリソースは戦闘には大きすぎる。すぐにそれを振り切った。
が、敵は振り切れなかった。僚機に取りついた一機を撃ち落してから振り返ると敵機がピッタリ食いついていた。気づくと同時に急旋回を打ったが、全く平気な顔をしてそれは追いついてくる。彼は死を覚悟した。
しかし、敵機はいつまで経っても撃ってこない。故障か――と思ったが、救援に僚機が入った瞬間、その敵機はそれを撃ち落としてみせた。
そのまま、二機の奇妙なドッグファイトは続いた。戦闘を続ける僚機も振り切って、彼らは同じ円を描きながらゆっくりと降下していく。それは永遠に続くかのようだった。
しかし、それは高度を速度に変換しながらのこと。長くは続かない。ギリギリのチキンレースと化したその戦いに、先に根を上げたのはルドルフの方だった。
「くッ」
地表スレスレで彼は機体を引き起こす。それは敵機に後ろを明け渡すということだった。ぐるりと敵機は旋回を終えると、物差しで測ったみたいに真後ろに張り付いた――今度こそ敵はライフルを彼のほうに向けていた。
撃たれる――その光が見えた瞬間、彼の脳裏に閃きが走った! 彼は機体にクルリと後ろを向かせて正面装甲を向けつつ、着艦フックを射出したのだ。それが敵機に引っかかった瞬間、巻き取り――咄嗟に盾にした左腕が飛ぶのを見ながら、彼はビームサーベルを抜いた。
「もらった!」
が、それを敵機は彼と同じように左手を盾にして防ごうとする、が、それは刀身の食い込む長さをある程度和らげる程度のことで精一杯だ。しかしその一瞬の猶予で、敵機は彼に対してフックを打ち込んで更に強く縛り付ける。地表が迫る、つまりそういうことだった。
「しまッ――」
気づいた瞬間、彼は脱出ハンドルを強く引いていた。ハッチが爆破されると同時にロケットモーターが起動し、彼は機体から排出される。すると敵も同時に、同じ判断をしたらしかった。彼は優れた動体視力によって敵のシートを捉えた。
そして気づいてしまった。
敵の正体が、ゲルダであることに。
「……!」
しかし、見えたからと言って何かを言うことはできなかった。相対速度は低くても風速は強いし、パラシュートが開いたときに生じた風は両者で全く違う。一瞬相まみえた二人は、すぐさまそのまにまに引き離され、遠くへ離れていく。最後に彼女を見たのは、その姿が二次開傘の前に白く雪を被った森の中に落ちていくところで、その直後彼の方の二次開傘が起動して、彼は雪の厚く積もった大地に着陸することができた。目の前には先述の森があり、まさにタッチの差で彼はそこに落ちずに済んだのだった。
「ゲルダ……まさか」
その光景は、彼に最悪の事態を想定させた。森というのは降下地点として市街地よりも最悪だ。突起物が多く、平地が少ない。そこに姿勢を安定させる二次開傘なしだ。どう考えても死んでいて不思議はない。
にもかかわらず、彼は拳銃を抜いて、森の中に立ち入っていた。この目で見るまでは、信じるわけにはいかなかった。自分の動体視力を頼りに場所を特定し、ゆっくりとそこに近づいていく。
そのときだった。銃声が鳴り響き、超音速の弾丸が空を切る音が聞こえた。
「ウッ……」
咄嗟に彼は伏せる。――が、問題ない。空を切る音が聞こえたなら、当たってはいないということだった。だから、彼には発砲してきた方向も分かっていた。彼は拳銃に初弾を装填すると、その方向に腕だけ出して撃ち返していた。二発、三発……そこで向こうからの銃声が止んだ。彼は何度かフェイントをかけてみたが、一発も飛んでこない。ついに彼は立ちあがると、そちらの方向に歩いてみて、見つけた。
腹部に枝と、銃弾が突き刺さった彼女を。
「ゲ……ルダ」
「やはり……アナタでしたか。」そう彼女は言った。「射程に入るや否や撃つせっかちさに、旋回の粘り強さ、そして奇策を打つ発想力――それでいてあの詰めの甘さ。まさか、とは思いましたが」
「…………自分も、まさかと思いたかったですよ」
「どうです、助けて……くれませんか? 流石に、少しばかりマズいようでして、手当をしてもらいたいのです。どうか、近づいて……」
そう言う彼女の右手には、拳銃がまだしっかりと握られている。左手は背後に回されていて見えない――が、恐らくはナイフを握っているのだろう。そうとしか考えられなかった。
「何を……しているんです?」迷う彼に、彼女は問いかけた。「どうしてアナタにその銃を託したと思っているのですか?」
「それは、」何と言ったらいいのだろう。更に彼は迷った。「自分に、迷いなく、戦ってほしいから……」
それを聞くと、ゲルダはクスクスと笑った。
「馬鹿ですね、アナタは。そんなの照れ隠しに決まっているでしょう」
「なら、何故――」
「それは、アナタのことが、私も好きだったからに決まっているじゃないですか」
「――!」
世界が止まったようだった。あるいは根底から覆されたようだった。そんな彼を置き去りに彼女は笑いながら話した。
「それは、私のお気に入りの銃ですよ? それもとびきりの――そんなものを手放すわけがないじゃないですか。余程の理由がないと」
「その余程の理由が、自分、だったと?」
「そうですよ。私はアナタを一目見たとき、この人になら抱かれてもいい、と思うぐらいキュンと来たんです。それからどうしたらアナタが私を見てくれるのか考えて、ずっと考えて……それで、アナタにそれをあげたんです。」
「そんなこと――何で今更」
「そりゃ、助けてほしいからですよ……こんな状態ですけど、助けてくれたら私の処女をあげますよ。ヤッてる最中に死ぬかもしれませんけど……悪い話じゃないんじゃないですか」
彼女はそんなふざけた命乞いを言いながら、両腕を広げた。そうすると傷口が広がって痛むのか、彼女は歯を食いしばって青い顔をする。どう考えても長くない。
「……ゲルダ」
「それでも足りないなら、結婚しましょう。子供は三人欲しいです。男の子が一人と女の子が二人。逆でも可。どちらでもきっと楽しい家になります」
「ゲルダ」
「そんなに広い家じゃなくてもいいです。都会ではなくて田舎の方がいいかしら。慌ただしいと家族と暮らす時間が短くなる」
「ゲルダッ!」
彼は、彼女に拳銃を向けた。
あの日受け継いだ、M1911を。
「ああ、なるほど、」彼女は力なく笑う。「そういえば、そういう約束でしたね。敵を倒すためにその銃を使うって――そう約束したんですっけね」
「ああ、だから――ここでアナタを殺す。人民の真の敵となったアナタを」
「そう――じゃあ、さよなら、か」
「ええ、さようなら、ゲルダ」
「さような――」そこで、彼女は拳銃を向けた!「ら!」
その瞬間、彼は迷いなく引き金を引けた。その亜音速の.45ACP弾は正確に彼女の眉間を貫き、綺麗な華が咲いた。彼は泣きもせず、銃をホルスターに仕舞い、彼女に一回敬礼をしてから、その場を立ち去った――。
高評価、レビュー、お待ちしております。




