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第47話 猪突猛進

「どうでしたか、『坊や』は」


 士官室にオリガが入った直後、リチャードはそう話しかけてきた。彼女はため息を吐きながら肩を竦める。


「ダメだね、あれは。今頃シミュレーションに戻ってずっとやってるところだろう」


「止めて聞くなら、ああはなってませんからね……やれやれです」


 そう言いながら、彼は右手に持ったパックのストローを咥えて啜った。パッケージには紅茶と書かれている。彼は紅茶党なのだ。


「だが、どうしたもんかね……あのまんまじゃ体壊すよ。少佐も随分慕われたもんだ」


「それならまだマシです。最悪体調そのままで出撃して撃墜、なんてこともあり得ます。そんなことになったらこっちの責任を問われる」


「厄介だねぇ……こうなりゃ、模擬戦でもして灸を据えるか?」


「そんなことしたら、アナタが熱くなってしまうでしょう。仮に彼に負けたらシミュレーターを使わないとでも約束をさせたとして、彼が守るとは思えません」


「だよなぁ……隠れて絶対使うよなァ……」


 そうぼやいて、彼女は冷蔵庫からコーヒーのパックを取った。それにリチャードは眉を顰める。


「アナタはまだそんな泥水を飲んでいる?」


「コイツの苦みがなくちゃアタシは戦えないんだよ――」彼女はストローからそれを啜った。安物だがないよりマシな味。「で、真剣にどうする? 勝手にしろとは思うが、死なれるのは厄介だぞ?」


「……方法なら一つだけあります。」


「へえ?」


「彼の猪突猛進さにこちらが合わせるというやり方です――どうです? ここは一つ賭けに出てみるというのは?」


 つまり、逆転の発想である。


 基本的に、現代の戦術というのはアタッカー役とサポート役で分かれている――というのは先述の通りである。つまり三機編隊の場合、隊長機がアタッカーで、残り二機がサポーターになるわけだ。


 それが今までリチャードがアタッカーだったのを、エーリッヒをその座につけようというのである。


「正気かお前。」だが、それだけではオリガは納得しなかった。「ただでさえ連携が難しいんだぞ? どうやって……」


「そこは、腕前でカバーでしょう。それともアレですか? 怖気づいたんですか?」


 珍しく、リチャードはニヤリと笑った。オリガはそれにため息を吐く。


「アンタも大概、理論派に見えて脳筋というか、何というか……」


「お褒めいただき光栄の至り」


「茶化すな――それに問題はそれだけで解決というわけではなかろうが」


 そう。


 どうやって彼に気づかせないか、あるいは納得させるか――という問題がある。


 しかし、リチャードはあっけらかんとした様子で言った。


「それに関しては大丈夫じゃないですか?」


「大丈夫って……どこがだよ」


「ですから、一度実戦を経験させればいい――少なくともアレが出るまでは彼は大人しいはずですから」


「……?」


 オリガは、そのとき彼の論理に何か穴があるような気がした。それは直感的に気づけるほど途轍もなく大きいものだった。確かに、エーリッヒは今まで大人しかっただろう。それは彼女も認めるところだ。だが彼女には何かその条件のようなものがあったのではないかと思ったのである。


「まあ、」しかし、その正体までは特定できず、彼女はその直感を見過ごした。「やってみる価値はあるか……」


 そう彼女が同意した瞬間、艦内に警報が流れた。


 それは、艦隊が戦場に――ジノコヴォ周辺宙域に到着したという意味だった。

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