第46話 シミュレーション
モード選択――完了。
火器、ビームライフル、ミサイル。
近接防御、バルカン、ビームサーベル。
戦闘開始。
「……!」
エーリッヒの視界は、突然大宇宙に投げ込まれた。機体のベクトルと向いている方向をチェック。頭の中でそれを組み立てつつ、それを一致させる。
それが終わった直後に、レーダーに反応が一つ。正面。相対角度一八〇度。完全な対向姿勢だ。即座にミサイルのシーカーを作動――一発だけ発射。相対速度もあって一瞬で距離が詰まり――撃墜。その残骸とすれ違う頃には、彼は次の目標を探していた。
すると、レーダー警報が頭の中に鳴り響く。第四世代機特有の双方向型外装神経接続の成せる技だ。背後から迫る射撃を、スラスター出力を上げることで偏差をずらし回避すると、そのまま旋回戦に移――れない。
簡単だ、敵はその速度のまま離脱を図ったのだ。あっさりと背後は取れたが、ミサイルの距離。しかし残弾はある。
「落ちろ……!」
そう言いながら、彼はトリガーを引いた。しかし、敵機はこちらを見失ったようだった。カウンターメジャーも射出せず、そのまま直進して、あっさり撃墜されたのである。
「クソッ」
しかし、悪態を吐いたのはエーリッヒの方だった。彼は別の一機がロックオンしているのにも構わず、ため息を吐きながらペダルの横にあるコックピット開放ボタンを踏んだのだ。
すると、シミュレーターが自動停止し、コックピットは電動のモーターで速やかに押し出されて下にせり出す。そう、さっきまでの映像は全てシミュレーターのものであって、実戦のそれではないのだ。だから彼が排出操作を行っても受け付けるし、受け付けられても宇宙空間に放り出されたりはしない。
「お疲れさん」
代わりに出迎えるのは格納庫の天井とそこに敷き詰められているエンハンサー……そして付き添いのオリガだった。
「で、どうだった? 機械学習でのシミュレーションは」
「てんでダメですね。デコイと敵機の見分けがついてないから、狙っても回避運動を取ってくれません。これだったら普通の訓練モードの方が歯ごたえがある」
「だろうな……AI君には荷が重いかね?」
「そういうことでしょうね……あの『白い十一番』と、もう一度ぐらいやり合ってみないと」
エーリッヒは、敵機のデータとして、古い「ロジーナⅢ E‐8」型のスペックをベースに小隊全員と「白い十一番」との戦闘データから推測される行動パターンを入力していた。しかし、前者はともかく、後者はあまりにデータが足りない。何しろ彼が敵である以上、ある機動を取った場合に、どういう入力で機体を制御していたのかは推測にならざるを得ないし、また戦闘時間が少ない分だけ、それが癖であるのかどうなのかもまた推測する他ない。
要するに、データが足らなければ最新AIでもボンクラになってしまうのである。
「だが、」そのときオリガが口を開いた。「そもそもやり合えるのかねぇ? 確かに同じ戦区にはいたんだろうが、それは今までの話だ。敵が逃げちまった以上、別のところに回される可能性はある。何しろかなりの腕利きのようだから……」
「それは考えても仕方のないことだと思います。いる前提で戦わないと、もう一度してやられるだけでしょう」
「それはそうかもしれないが……『坊や』の腕前じゃ、『白い十一番』に意識を向けすぎになっちまわないか? そんな調子じゃ他の敵に食われるのがオチだと思うぜ」
オリガは優しい口調だったが、エーリッヒにはそれが気に食わなかった。ムッとした口調で彼は言い返す。
「命令ですか、それは」
「違うよ、これは忠告だ。アタシと、それとリチャードからの」
「なら、従えません。僕はあの『白い十一番』とだけは決着をつけないといけない。そう感じるんです」
「別に『坊や』がそう感じているのはどうだっていい。好きにすればいい。だが思っているだけではどうにもならないこともあるってことだし、それなら妥協はしていかないといけない」
「……何が言いたいんですか」
「どんなエースも、囲めば倒せるってことだ――少佐の仇ならアタシら小隊全員の仇なんだ。違うか?」
「違いません。ですが……」
「ですが、何だ?」オリガの声は、そのとき一転した。「違わないなら、何故口答えをする? ……『坊や』一人でやれるなら、何でダカダンのときにやれなかったんだ?」
「それは……」それを言われると弱かった。彼は拳をギュッと握り締める。「油断があったからです。いるはずがないと思ってしまったから、」
「違う。『坊や』が突出したからだ。一人で突っ走って突っ込んで、つんのめったから子の機体だってボロボロになったんだろうが」
そう言いながら、一歩進んで機体の側面に出ると、オリガは流線形に成形されている機体の表面をバンと叩いた。損傷したスラスター類や装甲板は一部が交換されたものの、その数は膨大なので、ほとんどはまだ修理中だった。
「あのときだってアタシが気づいて後ろに着いていかなかったら、ゲートの爆破に巻き込まれてやられていたんだ……『坊や』には、その自覚があるのか、おい?」
それはドスの利いた声だった。普段の明るい彼女からは想像もできない有無を言わせぬ迫力。それに圧倒されて、エーリッヒは何も言えなかった。
「……まあいい、分かっていようがいまいが、今は休め。それ以外にはない」
「今度は、命令ですか」
「そうだな、直属の上官として命令するよ。今のアンタには休みが必要だ。次の出撃までにシミュレーターを使っているのを見つけたら、どんな手を使っても後方に飛ばすからな」
そう言って彼女は彼に背を向けた。その足音が遠ざかり、エアロックの向こう側に消えて聞こえなくなった頃、しかしエーリッヒは通常の訓練モードに設定して、コックピットを格納した。
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