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第43話 カイゼル髭の亡霊


 ノックは三回。


「失礼します。ユーリ・ルヴァンドフスキ、参りました」


 それがルドルフの教官時代の好みだった。すぐに入れ、と声があって、彼は中に入る。


「遅かったな」


 と、予想通りのことを彼は言った。それもそうだ、シャーロットを何とか宥め、部屋まで戻すのに丸十分は使ったのだ。それから覚悟を決め、ここに来るのには更に時間がかかった。


「色々、やることがありまして」


「それはそうだろう。若いうちはそういうものだ――座れ、何か飲むか?」


「いえ、何も……」


 そうか、とルドルフは言って、開けかけた冷蔵庫――と言っても小型のそれ――を閉じ、再度椅子に座るよう促した。


 それから、沈黙――とはいえ、ルドルフはずっと机の上で何かの作業をしているようで、その金属音は聞こえていたが、それだけだった。


「ウジェーヌの件は」そこに突然、彼は口を開いたのだった。「災難だったな――気づけずじまいで済まない」


「何故、それを――?」


「貴様が帰投した後、艦長から聞いた。それから、各機のフライトレコーダーとボイスレコーダーを確認した。捕虜の脱走も、奴の計画だったそうだな?」


「…………それは、まあ、そうですが」


 歯切れが悪くなったのは、ユーリはそれについて報告をしなかったせいだ。必要ないと思ったから――というのは後付けで、ウジェーヌの名誉を少しでも守ろうとしたのだ。シャーロットに吐いた嘘との整合性もある。


「それが、」それについて罰しようというのか?「どうかしたんですか」


「奴はただの端末に過ぎない。末端の民間人からの情報を纏めるエージェントがいたに違いないんだ。注意しろ。まだ民間人の中に紛れ込んでいるかもしれない。」


「それはしますが……それ以外には?」


「いや……それだけだが?」


「…………」


 一体何の時間なんだこれは。


「実はな、」そう思ったときだった。「貴様を海兵隊に推薦しようかと思っている。どうだ」


「どうだ、って……」


「入る気はないかという意味だ」


「それは分かっています! でも、アナタは知っているでしょう、僕は人を殺す気はないんだって……大体、年齢はどうするんです。僕はまだ十六ですよ」


「それは問題ない。海兵隊は募集可能年齢が低い……それに、敵は人間ではないと言ったはずだが?」


「……それとも、僕はもう人殺しだから、そう言うんですか」


「人殺しではないと言った」


 そう言うルドルフの手元から、チャきん、と小気味いい金属音がした。見ると、そこには銃が一丁組み上がっている。さっきからしていたのは手入れだったに違いない。


「……それは?」


「地球製のコルト・ガバメントだ。アンティークものだが、威力はお墨付きだ。パイロット用拳銃とは違う四五口径弾を使っているからな」


 そう言いながら、彼は空撃ちをして撃鉄を下ろし、空のマガジンを込めた。


「これを貴様にやる」


「いりませんよ。第一、免許がない。」


「隠し持っていればいい。戦時でとやかく言うものはいるまい。今はこれが必要な時代なのだから」


「僕はそうは思いません。戦争だからって、こんなものは、」


「そう言うな、餞別だ。もらっておけ」


「餞別って……」違和感。「何故です?」


「何故って……貴様が海兵隊にもならないというのなら、ここで艦を降りるのだろう。何をとぼけている?」


「それは、その通りですが……」


 ――何だろう?


 一瞬、彼は餞別という言葉に、猛烈な違和感を覚えたのだ。


 あるいは、忌避感というか――ルドルフの推定年齢へ付きまとう死のイメージがそうさせるのかもしれなかったが、一時的な別れではなく、もっと決定的なものになる予感がしたのだ、それを受け取ってしまったら。


 それは単なる憶測ですらなかった。ただの臆病に過ぎない。しかし、それ故に受け取れなかったのだ。


 しかし、その葛藤は、ルドルフに届くことはなかったようだ。彼はそうか、とだけ言い、それを机の上に置いた。それと同時に、部屋の内線は彼を呼び出した。


「私だ」


 それから、何某かを話した後、受話器を彼は置く。


「……何だったんです?」


「分からん。が、恐らくは到着したのだろう。交渉の時間だ」


 行ってくる、と言って、彼は部屋を後にした。そこには拳銃とユーリだけが残される。いても意味がないので、彼はそのまま帰ろうとした――が、その瞬間、足が止まる。


「…………」


 振り返ってみても、机の上のそれは何も言わない。表情だってない。しかし、早く手に取れと言わんばかりに彼の方を見ていた。ふと触れてみると、金属特有の冷たさが一瞬拒絶するが、すぐに温度が伝わって馴染む。そのまま掴み上げて握るが、不思議と違和感はなかった。


「……いやいやいや」


 そう言いながら、ユーリは元あった位置にそこに置いた。普段ならあり得ない思考だった。確かにこういったものをカッコいいという思い自体は人並みにあるが、だからといって本物を持ちたいかは話が別である。


 そして、彼は今度こそ部屋を後にした。拳銃は体温を失って、冷たいままそこに残された。

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