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第42話 今話してくれないと

「ぷはぁッ」


 ユーリは排出されたシートの上でヘルメットを脱ぐと、まず深呼吸をした。それは彼のルーティンだった。何しろコックピットでは狭くて身動ぎもできないので、満足な呼吸ができるのは降りてからなのだ。


 それにしても、危ないところだった――後ろについた敵機を彼は中々振り切れなかった。こういうときは対空砲火の中に突っ込め、と軍事教練で習った通りにしたにもかかわらず、敵機は驚くほどしぶとくついてきたのだ。執念すら感じられた。それで例の奥の手を使わざるを得なかったのだ。それでも更に応用を加えていなければ、恐らくはやられていただろう。


 そうして生き残ったと思うと、どっと疲れが出て来た。「ロジーナ」シリーズのシートはほとんど直立姿勢なのだが、この場合真夏のビーチのハンモックより寝やすい角度だった。彼は突如として襲撃をかけてきた睡魔に抵抗することもできず、瞼を閉じかけ――


「ルヴァンドフスキ生徒」


 そこに飛び込んできたカイゼル髭の濃い顔の男に彼は脅かされた。


「――うわッ」


「うわとは何だうわとは。まるでお化けでも見たかのように言う」


 と、ルドルフは少しも表情を変えずに言った。ユーリは、その鉄面皮と時代錯誤な髭の形状が帝国主義時代の幽霊に見えるんですよ、と説明しそうになったが、殴られるのは嫌だったので止めた。


「大体、コックピットで寝ようとするな。貴様はどうして教練時代からそうなのだ?」


「でも、戦闘は終わったじゃないですか」


「整備の邪魔だろう。どいてやれ」


 整備と言ったって、正規の整備士は誰もいない。精々自己診断プログラムを走らせるのが関の山で、それで故障個所が見つかっても、交換できるとは限らないのだ。


 そうは言っても、ルドルフの前では、ユーリは生まれたての子羊より貧弱だった。仕方なく、彼は機体から降り、着替えるために歩き始める。


「待て、ルヴァンドフスキ生徒」


 しかし、それでもルドルフは引き留めに来た。


「……今度は何ですか。早く着替えたいんですけど」


「少し話がある――いいか」


「?」それはルドルフにしては珍しいことだった。「まあ、いいですけど――何です?」


「ここでは話せないことだ。後で構わないから私の部屋に来てくれ」


「はぁ……構いませんが」


「そうか、それはよかった。では待っている」


 と言って、ルドルフはどこか足早に去って行った。どう考えても不自然なその行動に、ユーリは大いに違和感を覚えた。


(……何だぁ?)


 着替え終えた彼は首を傾げながら部屋に戻った。何一つ心当たりがなかった。確かに、さっきの戦闘では若干の単独先行をしたものの、それは降りかかる火の粉を払ううちにはぐれてしまったのであって、意図したものではなかったし、何より無事で帰ってきたのだから不問に処してほしかった。


 だとすれば、何を話すのだろう? ……ジンスクに着いたことが関係するのだろうか? しかし話すようなことなど、そこにあるだろうか? 一体……?


「……ユーちゃん」


 その思考の岩戸の隙間から、ぴとりと冷たい雫が首筋に垂れた。


「おおおッ⁉」


 彼は思わず振り返る。そこにシャーロットはいた。だがそれはあり得ないはずだった、


「ど、どうしてここにいるんだ。ここは民間人立ち入り禁止なんだぞ」


「そんなこと、どうだっていいじゃない。少し話しに来るぐらいはいいでしょ?」


「いや、まあ……でも機密とかもあるんだから。後でもいいか?」


「機密って何? ユーちゃんは民間人でしょ? 今は戦争をしているってだけで……」


「そうかもしれないけど……」


「なら、いいじゃない。今、時間を作ってよ」


 彼女は一切目を合わそうとしなかった。どこかバツが悪そうな素振りに彼は一瞬心を動かされた。


「でも、」だが、振り切った。「今はダメだ。その、ルドルフ教官から呼ばれているんだよ。何の用かは分からないけど……」


「本当に? ルドルフ教官が呼んでるの?」


「そうだよ。嘘を吐いているわけではないよ。ほら、見つかると怒られるから……」


 そう言って、ユーリは後頭部を掻いた。急がねばならない。時間を約束したわけではないが、だからといって遅くなっていいわけではない。


「でも」だが、それがシャーロットには伝わらなかったようだった。「戦争はそろそろ終わりなんじゃないの?」


「どういう意味だ?」


「だって、もうすぐジンスクに着くんでしょ? だったらもう戦う理由なんかないじゃないの。話す必要なんかないじゃない。だったら私とお話してよ。ねえ?」


「そういうわけには……だって、最後かもしれないだろ」


「私とだって最後かもしれないじゃない」


 彼女は随分と焦った様子だった。息が荒くなっていく。玉のような汗が表皮に浮かんで、涙のようだった。


「シャーロット……? どうしたんだ? 変だぞ?」


「変じゃない……私は変じゃない! ユーちゃんこそ変なんじゃない⁉ どうして私に優しくしてくれないの⁉」


 大声を出されて、ユーリは焦った。周りの部屋に気づかれるのはマズい。


「優しくしてるじゃないか。ほら、部屋に戻って休むんだ。そしたらよくなるから」


「嫌よ! 今話してくれないと!」


「そういうわけには行かないんだ。頼むよ」


 しかし彼女は強情だった。首をぶんぶんと振って、宙に浮く。髪が辺り一面に広がって一頭の獣のようにすら見えた。


「ちょっと」そこに、ドアの向こうから一人割って入ってきた。「失礼……うるさいんだけども?」


「デ・ミリョンさん……」ピンク髪を見てユーリは少し硬直した。「すみませんがね、すぐ何とかしますよ」


「是非ともそうしてくれ――だが童貞坊やにできるかね」


「……何です? 今何て?」


 サンテはニヤリと笑った。


「だから、そういう発作ってのは女にはよくあるんだから、ちゃっちゃと()()()しちまえばいいのさ。下半身に……」


 ユーリはその物言いにカッとなった。


「貴様ッ……」


 そうして殴りかかる――が、エンハンサーとは違うのだ。身長も体重もあるサンテの方が圧倒的に有利で、彼は腕を伸ばしてユーリの顔に当てるだけで反撃ができた。


「そう怒るなよ。」ニヤケ面は変わらない。「だがそうする覚悟もないんなら、俺がもらっちまうぜ? それでもいいのか? って話だ」


「撤回しろ! 今の言葉……!」


「これでも俺は親切心で言っているんだぜ? そうやってほったらかしてるとマズいって分かんねーのか? ……っと」


 もう一度ユーリは殴りかかるが、あっさりそれを彼はかわして、反対に足を掛けて床につんのめらせた。


「グッ……卑怯者!」


「ははは、じゃあな」


 そう言いながら、彼は去って行く。追いかけようにも、その場に残ったシャーロットが邪魔をして、ユーリにはどうすることもできなかった。

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