第40話 サンテ・デ・ミリョン
「遅いぞ」
既に格納庫には宇宙服を着たパイロットチームが待っていた。ルドルフを正面に見る形で、残りのノーラたちが機体よろしく整列している。
「すみません」
そう言いながら、彼もその末席に加わる。すると隣のノーラ・カニンガム少尉が軽く手を振った。ユーリはルドルフの手前どう反応したものか困りながらも同じぐらい軽く会釈をした。
「そこ!」ルドルフはすぐにそれに気づく。「既に戦闘配置中である。おふざけをやるなら後方に下がってからにしろ」
「失礼しました」ノーラは敬礼しながら言った。「でも、何故戦闘配置なのですか? ダカダンはまだ安全なはずでは?」
それはユーリにとっても率直な疑問だった。航路が複数交差する星系である以上ダカダンにも敵が向かってきているというのは聞いたが、そのときにはまだ時間があるので大丈夫という話だった。
「貴様は阿呆か。今は戦時下だぞ。安全という言葉は前線に存在しない。目的地が交通結節点なら尚更だ」
ルドルフはできのいい生徒が珍しく失敗したときの教師のようにそう言った。しかしすぐに持ち直した。
「……まあいい。数時間前、量子通信で入港可能かどうかダカダンの入港管制に問い合わせたところ、現在に至るまで返信がない。恐らく通信機に不具合があるか、もしくは今向こうがそれどころではないかのどちらかだ。そして現在が戦時下であることを考えると、後者の可能性が非常に高い」
それを聞いた途端、全員の顔の陰影が三倍ほど深刻なものに変わる。入港管制というのは宇宙港の管理の仕事であって戦闘職ではない。それが通信不能になっているということは、既に陥落寸前ということではないか?
「いずれにせよ」そして、その深刻さはルドルフの表情にも少なからずあった。「ピクニックに行くのとは訳が違う。最悪の場合、戦闘中にスペースゲートに飛び込んで量子ジャンプするような戦いになる。よって全機対空装備だ。対艦戦闘をやっている暇はないからな――何か質問は」
一人挙手をした。ユーリだ。
「何だ貴様か、何だ?」
「もし、スペースゲートが破壊されていた場合、我々はどうするのです?」
それを言った瞬間、ぴた、と世界が静止したようだった。ユーリはすぐさま後悔した。そんなことを考えても詮なきことだというのに、わざわざ口にしてしまったのだ。
「それは」ルドルフは重い口を開いた。「考えても仕様のないことだ。そのとき我々は撃沈されるか、拿捕されるかのどちらかである。後者を選びたいところだが……そう上手くいくかは状況による、としか返答できない」
そして、返答こそしたものの、それは要するに死ぬということだった。何しろ敵はユーリたちの住んでいた学園コロニーであるフロントライン・コロニーを意図的に破壊した連中である。捕虜を取ってくれるか――取ったところでジュネーブ条約(驚くべきことに、幾多の改定を経て未だに現役)通り扱ってくれるかという問題は常に付きまとう。
逃げることを選択し、それが成功した場合でも、状況は改善しないだろう。むしろ悪化するはずだ。それがユーリにも分かるほど、避難民という想定外の荷物を背負った「ルクセンブルク」の食糧・水・酸素事情は最悪に近い状態まで悪化していた。何しろ今朝の朝食はパン一切れに豆のスープが一杯だけであったのだ。一刻も早く補給を受ける必要がある。それがダカダンの次に近いジノコヴォまで持つかと言われれば――超光速航法を以てしても厳しい、というのが回答だろう。
「もう一つ、よろしいですか」
今度はノーラだった。
「何だ」
「ダカダンの次ということは、ジンスクですよね? ジンスクに着いたら、ユーリさんをはじめとした避難民は、安全に降りられるのですか?」
ジンスク星系は三つの居住可能惑星と四つのコロニー、そしてそのそれぞれに宇宙港を持つ交通の要衝である大星系だ――そしてそれだけ狙われる可能性がある。
そうであるからにはスペースゲートを潜った直後、また戦闘に巻き込まれる可能性すらあった。まして敵軍のドクトリンは後方への浸透をとにかく重視している――降ろす時間がない可能性は低くなかった。
ルドルフはそれでも答えなければならなかった。
「それは私の一存では答えられない。全ては着いてみての状況次第だ」
「……状況次第って」しかし、その簡潔さがむしろユーリを焚きつけた。「いくら何でももう少しあるんじゃないですか」
「ルヴァンドフスキ生徒――こちらで交渉はする。だがそれは向こうの出方にも依るだろう」
「だとしても、倫理ってもんがあるでしょう。いつまでも僕にこうして戦争しろって言うんですか。冗談じゃない!」
「そう言った覚えはないぞ」
「覚えがなくたって、そう言ったじゃないですか。でも僕はいい加減、普通に寝たいんだ。殺し合いのことなんか考えずに」
「それは」しかしそのとき、横から声が聞こえた。だがそれはノーラのものではない。「誰だって同じだろうが」
「何……?」それにユーリは聞き覚えがなかった。「誰です、アナタは?」
染めているらしいどぎついピンクの髪の生え際が茶色になっているのがいい加減目立つ男が、ノーラの向こうに立っていた。
「サンテ・デ・ミリョン――前の戦いでもいた仲間だろうが。クソガキ」
「クソガキ……? 聞き捨てなりませんね、仲間だと主張するなら、もっと礼儀があるはずです」
「名前を覚えていないような奴に言われたくないね」
「アナタねぇッ……名乗りもしてないのに覚えていられるはずがないでしょうッ?」
「よしなさいな、二人とも」
丁度二人の間にいたノーラが割って入った。
「売り言葉に買い言葉で熱くなるのは分かりますけど、こんなところでそんなことをしても意味がないでしょう?」
「カニンガム少尉の言う通りだ。やる気を出すのは敵に対してだけにしろ」
ルドルフまでもが介入すれば、二人は無精無精従うしかなかった。
「チッ……」
「……了解です」
「分かればいい。では、十分後に搭乗。それまでに準備は済ませろ……いいな」
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