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第4話 エルナンド・ヴァルデッラバノ

「言い訳は」


 たったそれだけのことでさっきまでいがみ合っていた大の大人二人が恐縮した。全く意見の合わない二人が全く揃ったタイミングで


「いえ」


「失礼しました」


 と敬礼をするのを、士官学校上がりの男は畏敬の念と共に見ていた。しかしその二人は恐るべき上官の警戒を搔い潜ってチラチラとその視線に返答をした。それによって彼は、未だに自分が天井に貼りついていたことを思い出し、前に視線を戻した上官たちの真後ろに隠れるよう、静かに天井を離れた。


「ならばよろしい――今は貴様らに説教を垂れる時間すら惜しいので、分かっていれば不問とする。まだ開戦してすらいないからな」


 彼はそう言いながら、視線を「ぼんやりとしたどこか」から、リチャードとオリガの二名の震える目に真っ直ぐ向ける。


「だが戦場で同じことをすれば私は貴様らを並べてその後頭部を拳銃で撃つ。何故なら私の戦場には勤勉な有能以外は必要ないし、貴様らにはそうなる素質があると私は知っているからだ――メイン少尉!」


 エーリッヒは、並びが指揮系統順になるようこっそり横に移動する最中だったので、無駄に大きな返事になってしまった。


「は、はい!」


「貴様は初陣だったな? どうだ、この二人の上官を見て」


「え、えっと……」


 質問の意図を図りかねて、エーリッヒはしどろもどろにそう呻いた。何しろその上官二人も「下手なことを言ったら殺すぞ」という視線を、「自分たちを低く評価するな」と「高く評価してエルナンドを怒らせるな」という意味の玉虫色(ダブルバインド)で送っていたのだから、彼の情報処理能力では対処しきれるはずがない。


「時間切れ」そうしている内に、エルナンドは数歩の距離を違和感なく一歩で詰めてみせ、エーリッヒの伏せがちな目の前に指を二本突きつけた。「不正解だ――テスト用紙の空欄を埋めきれないというのは、そういうことだな?」


 その指を引っ込めながら、彼は数歩下がった。


「私が突きつけたのが指だったからいい。しかし、お互いが敵同士で、巴戦をやっていたのなら貴様は今頃宇宙のチリだ。余計なことを考えている暇はないというのは、そういうことだ」


 エーリッヒには、その言葉は重くのしかかった。そうだ、自分は戦争をしに行くのだ。殺したり殺されたりしに行くのだった。端末の再生するようなチャチなCGなどとは違う、熱量と鉄量の飛び交う、本物の戦争をしに。


 彼はそのとき学生時代に返っていた。思い返せば、どちらかと言えば、実技よりかは座学の方が得意だったのだ。得意だった、というより、部分的に操縦に不安があった。それで主席の座を逃した。しかし今度逃すものはそんないくらでも代わりの利くものではない。それは本当に自分自身である! ……そう思うと彼の胸は重くなった。


 いや、違う!


「だが、」彼はそのときエルナンドが自分の肩を熱い掌で掴んでいるのに気がついた。それで、胴体が重く感じたのだ。「貴様は士官学校を次席で卒業した、優秀な少尉だ。そしてここにいるのはこの国でも選りすぐりのパイロットたち。この私が保障する――彼らについていけば必ず生き残ることができると」


 言外に促されてチラリ、とエーリッヒが自分の横に並ぶ二番機と三番機のパイロットを見ると、彼らもまた真っ直ぐ彼を見返してきていた。オリガに至っては、小さく手を振ってすらいる。彼は思わず胸が詰まった。しかし返答はしどろもどろにはならない。


「は――心強く、感じます」


「当たり前だ、これは私の隊なのだから」


 そう返事をしながら、エルナンドの手はエーリッヒの肩から離れた。エーリッヒがそれに気づいたとき、エルナンドは既にいつもの覇気のない声と顔で手元の端末を操作していた。しかしもう彼はそこに演習のときのような冷たさを感じることはなかった。


 これが、エルナンド・ヴァルデッラバノ。


 ただ、ついていきさえすればいい。


 そうして、彼は忘れてしまった。自分が何を気にかけていたのかも、何を気にしていたのかも。


高評価、レビュー、お待ちしております。

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