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第39話 モーニング

「シャーロット!」


 ユーリが彼女に会いに行ったのは、朝食後のわずかな余暇の間、彼女が食堂から部屋に戻るところに出くわしたからだった。パイロットである彼は、そのときと寝るときぐらいしか時間がない。前回の戦闘ではできなかった機体の調整やら整備やらでやたらと人手が必要だからだ。


「ユーちゃん……おはよ」


 立ち止まった彼女は金細工めいた髪を慣性で揺らしてニコリとほほ笑んだ。普通なら、今や細めの体も相まってそれを見て美しいと感じるのだろうが、彼にとってはそうではなかった。


「ちゃんと食べれたか? ちゃんと寝られた?」


「…………ごめんね、ユーちゃん。どっちもまだちょっと……」


 彼女はどこか申し訳なさげにそう言った。最近の彼女はそういう傾向にあった。そもそも戦争がストレスにならない人間がいるわけはないのだが、彼女の、儚さすら感じさせる見た目も相まって、それはどこか彼を不安にさせるのだった。


 しかし、直後、驚くようなことを彼女は言った。


「……ユーちゃんの方こそ、大丈夫なの?」


「え?」


「えっと、その……無理とか、してないかなって」


 それに虚を突かれてユーリは、よろめきはしなかったが狼狽えはした。余裕のない彼女に寝不足なのがどうしてバレたのか、と恐れた。


 しかし彼は取り繕った。それでは彼女にとって頼りない人物に見えてしまうからだ。


「……大丈夫だよ。心配いらないって」


「本当にそうなの? 本当に本当?」


「本当さ。嘘を吐いたことが一度でもあったか? ……急ぐから、ほら」


「でも――」背を向けようとしたユーリに彼女は縋り付いた。「ユーちゃん、本当に死なないよね。大丈夫だよね?」


「……⁉」それはどうにも不吉なディテールを以て彼を襲った。「どうしてそんなこと……言うんだ?」


「だって、皆死んじゃったじゃない。皆、突然にいなくなってしまって――ウジェーヌ君だって、殺されてしまったんでしょ? だったら、ユーちゃんだってそうならない確証って、ないじゃない」


「シャーロット……僕は死なないよ。そう簡単には」


「でも、戦争って、そういうことだって気づいちゃったのよ! このままじゃ、皆死んでしまう……私、怖くて……!」


 そう言いながら、ボロボロと彼女は涙を流す。弱い人工重力の中でそれが浮き上がるのを、彼はどうすることもできない。こうなっては何を言っても落ち着くまで時間がかかるのだ。言ってしまえば発作のようなものである。背中を擦るぐらいが、関の山だった。


「全艦に通達。本艦は一時間後にダカダン周辺宙域に到達する。十五分後に第一種戦闘配置、その五分後に予備減圧を行う――繰り返す」


 しかし、それも長くは続かない。艦内放送が鳴り響いたかと思えば、こちらを不審そうに見つつも緩やかに歩いていた人の流れは一変し、急流へと変わっていく。その中では、彼女と共に狭い通路にいるのは許されないのだ。


「行ってくるよ――」だから、彼はそう言った。「シャーロット。部屋に戻っているんだよ」


「待って、ユーちゃん。行かないでよ。ここにいてよォッ」


 シャーロットは引きつけを起こすスレスレの状態で涙を辺り一面に飛ばしていた。それは真珠のネックレスを引きちぎったようなもので、その叫びも、どこか糸の千切れる悲鳴のようだった。


 しかしそれすらも雑踏の中でかき消えていくのは、彼にとっては僥倖と言えた。


 そうでなければ思わず、立ち止まってしまうから。

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