第37話 若いということ、平和と言うこと
「ユーリさん」
「……カニンガム少尉」
ノーラとユーリが格納庫でばったり出会ったのは、超光速航法に移って丸一日が経過したときだった。
「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」
「そうでもないでしょう。どうせ、ダカダン近くに行くまではやることがないんだ。だったら機体の側にいた方がいいかなと」
「あら、ガールフレンドさんはいいんですか? そんなパイロットみたいなこと言って」
「……皮肉ですか、それは」
「いえ、一人の女としての忠告です」
「なら、聞き流しておきます」
「あら残念」
「それより」
ユーリは機体に接続したタブレット端末を操作しながら言った。
「すみませんでした」
「あら? 何かしましたっけ」
「色々です。ここに来た最初、失礼なことも言いましたし……あと、僕が帰ってこないのを聞いて戻ってきたって、ルド……ゴルツ教官から聞きました。そういうのをひっくるめて、迷惑をかけた自覚ぐらいは僕にだってあります」
「それなら、もう少し目を見て言ってくれてもいいんですけどね……まあ、そもそも私は気にしてません。後者は当然のことでしょうし――前者は必要なことですから」
「必要?」その言い方は引っかかった。ユーリは顔を上げる。「どういうことですか? 誰にとってです?」
「これと言って対象はありませんけど、強いて言うなら、社会にとって、でしょうか」
「社会?」
にこり、とノーラは微笑む。
「だって、あのときアナタは正しいことを言ったのですから。確かに、戦争が起きたときにいうことではなかったかもしれませんし、私たちに言ったことは間違っていたかもしれませんけど……でも、それを言うなら子供すら戦争に巻き込まれたということも間違っているでしょう? それに対して、アナタは怒ったんだ。その方向が大人全てに向かって、私たちも含んでしまったというだけで」
「それは……そこまで考えて、僕は言った覚えはありませんよ。怒ったときにそこまで冷静になれる人ではありません」
「だとしても、私たちにとっては耳の痛い話だったんです。理想を言えば、武器なんて持たず、軍隊だってない方がいい。戦争なんて以ての外だというのは歴史上それが言われ続けてきたわけでしょう。なのに人類が宇宙に旅立った今になっても戦争を止められない。でもね、それを間違ったことだと言える大人って、そうはいないんです。言いたくても言えない。現実を見てしまうから」
「…………」
「でも、現実を見続けることしかできなくなってしまえば、それは自分の行動基準を見失うことになります。今の大人たちは、私も含めて、そういう状態になってしまっていると思うんです。敵が攻めてきているのだから、仕方のないことだって、諦めてしまっていると思うんです。それは間違いではない。でも、アナタのように理想を言うことだって、実のところ必要だと思うんです――攻めるな、戦うなって。そうでなければ、平和に意味なんてないでしょう?」
そう……なのだろうか?
ユーリにはよく分からなかった。ただ自分はあのとき好き勝手言っただけのつもりだった。理想を言ったつもりもなく、ただ自分の感じた通りにぶちまけただけだ。それがこうまで彼女に響いているなんて想像もしていなかった。だがそれが子供なのだとすれば――嫌になる反面心地よい感じもした。
多分、その感覚こそが子供であるということなのだろう。現状否定と将来希望のダブルバインドが。
「だから、こんなところにいないで、彼女のところに行きなさい。それでキスか何かしてきなさい。私が命令します」
「結局それですか……大人ってこれだから」
「いいですか、子供の内にしかそういう甘酸っぱいことできないんですから楽しんできなさい、異論は許しません!」
はいはい、と言いながら、ユーリは席を立つ。キスは癪だし勇気がないので絶対にするまいと思いながらも、話をするぐらいは……いや、手を繋いでみるぐらいはしてみようと、ユーリは思うのだった。
高評価、レビュー、お待ちしております。




