第33話 万歳三唱
「ブリッジ! 聞こえますか! 現在脱走した捕虜と交戦中、応援求む!」
内線で伝えられた衝撃の言葉に、オイゲンは思わず怒鳴った。
「脱走だと!」
「そうです! ブリッジの方に向かっています! 何とか押し留めようにも、数が……うわッ」
直後、耳をつんざくような音。マイクそのものが吹き飛んだに違いなかった。どこからかかってきているかは受話器の位置から分かっているから、まだ距離はありそうだった。だが問題は数だ。大会戦でもないのに三隻に渡る艦船が拿捕されたのは恐らくこれが初めてのことで、これほどの捕虜を抱えるように組織ができていない。つまり保安要員が足らないのだ。だが銃自体は乗員全員分ある。何故なら本来は拿捕されないために用意されたものの他に敵から奪ったものもあるからだ。
つまり、電光石火のごとく殺到されたら、狭い艦内と言えど食い止められない!
「……全艦減圧解除!」
すると、決定は迅速だった。
「艦長、何を……⁉」
「何しろ数が足らない! 最悪居住区の避難民にも銃を持たせて構わん! 何とかして機関部とブリッジに敵が侵入しないようにしなくてはならん、コルト! 貴様はできる限りの銃を集めて配布しろ!」
そう言いながら、彼は自分の懐の拳銃も確かめた。骨董市で買ったコルト・シングルアクションアーミー。もっとましなものにすればよかったと今更後悔した。
「ウジェーヌ、君は何てことを……ッ!」
デブリの影からウジェーヌ機が飛び出してくる! それを、バルカンを乱射して逸らす!
「親を殺されたのは何歳のときだと思う⁉ 四歳のときだ! 妹はまだ一歳で! 貴様らのせいでクソッタレ・ドニェルツポリの親戚の家をたらい回し! 何でも自分で何とかしなきゃいけなかったんだぞ! ろくに金も出してもらえなくてな!」
だが離れる代わりにビームライフルの光弾をウジェーヌはユーリにくれた。今度は至近弾だった。剝離した粒子が機体表面を焦がして揺れる。
「ウッグッ」
「そして最後に俺は軍に入った。正確には諜報機関にな。プディーツァ人はお前らと違って皆優しかった。エンハンサーの乗り方も教えてくれたし金も出してくれた。だからこのコロニーが襲われたのも俺のおかげさ、感謝してもらいたいね! 貴様には!」
(なら、ここに収容されたときやたらお喋りだったのは身元を誤魔化すためで、特に用があるわけでもなく甲板に出ていたのは、脱出するため? そして今も?)
その動揺もあって姿勢が乱れたところに、ウジェーヌは今度こそ必殺の一撃を繰り出すため突進した。左手のサーベルを突き出し――ギリギリで逸れる。ユーリがフルスロットルで旋回したためだ。
「だが、」反転させ、またバルカンを速射。砲身が過熱していく。「僕たちは友達になれたじゃないか! 君は僕とシャーロットを助けてくれたじゃないか! 何でそんなことをした⁉ ……君が恨みつらみだけで生きているのではないということじゃないのか、それは⁉」
ウジェーヌ機は今度こそ、旋回の外側に振られた。速度を出しすぎたのだ。ユーリが咄嗟に切り返すと、完全に前に押し出された。
「やはりそうなんだろう、君は!」ユーリは装甲を破らないよう、バルカンでエンジンを狙う。「本質的にはそういう人間のはずだ、でなければあれだけ真っ直ぐなことは嘘でも言えないはずなんだ……目を覚ませ!」
「目ならとうに――」バルカンが停止する。「覚めている!」
砲身が過熱によって破壊されたのだ。撃ちすぎだ。そのアラートにユーリが一瞬気を取られた瞬間、目の前からウジェーヌ機が消えた。追従旋回をするも、レーダーにはただのクラッターばかりが映っている。
「何を分かった気になっている? そんなのいい人という印象を作るためだけのことだ!貴様は見事に騙されてくれたようだが、いい加減鬱陶しいんだよ!」
後ろだ――と思ったときにはバルカンの光る弾体が装甲の上で跳ねた。機体のいくつかのスラスターとセンサーにダメージ。アラート。何が起きたのか、ユーリは暫時分からないほど鮮やかに。
「これぐらいの手品も見抜けないで、生意気言ってくれるから嫌いなんだ!」
そして、本命のビームライフル!
「死ねェッ、ドニェルツポリ人ッ!」
何とかそれも切り返してかわすが、当たらずとも動揺が広がってしまえば勝敗は決したも同然だった。最早ユーリには、左右にダッチロール状に動くことでしかかわすことができない。そしてそれは勝利には結びつかない。
そして、その瞬間、RWRに反応が増えた。ユーリはゾッとした。それは今度こそ「ロジーナⅣ」の反応だったからだ!
(準備砲撃が、いつの間に止んだ⁉)
そして、それは彼らの後ろを取っていた。既にビームライフルの射程内。間もなく連続波に変わるだろう――。
「あッは、」ウジェーヌの勝ち誇った笑いが聞こえる。「プディーツァ軍、万ざ――」
そして、止んだ。
「ロジーナⅣ」が、ウジェーヌ機の真後ろからビームライフルで串刺しにしたのだ。薄い装甲を突き破った荷電粒子は装甲に電流を流すと榴散弾のように内部でエネルギーを拡散させる。それはいくつもの配線とフレームを焼き切ったのち、コックピットの酸素と共謀して自らと触れたパイロットへそれを急速に結合させて炭化にまで追い込む。それが無数に引き起こされると、反応の衝撃には肉体だったモノは耐えられない。機体も同様だ。全身をグズグズにされたそれらは同じ針路を取って、煙と小さな残骸を引きながら、デブリにぶつかって爆発という大輪の花も咲かせずに、地味に、無音で、バラバラになった。
それが、ユーリには見えた。感じられた。それは形而下なのではない。直感だ。心理だ。
(こ、こんな死に方――しちゃいけない。人間がしていいはずが、ない……)
だから真理だった。それは一つの命の終わり方として見ればあまりに無残で、寂しく、儚かった。そこに美しさなどない。あるのはどうしようもない喪失感だけ。もう、恨まれることすらないというのは。
(しちゃあいけないんだ、人間が、人間に、こんなことをしては、いけないんだ!)
「殺されていいはずがないんだ、お前らなんかァッ」
「⁉」
そのときエーリッヒは撃墜の余韻に浸っていて、呆けていた。遮二無二見つけた敵を追い回して、それを殺して自分が戦場で男になったのだということはズシリと手の中に残った。それを弄んでいたところに、もう一機が襲い掛かってきたのだ。だが直線的な攻撃は恐ろしいが回避すること自体は余裕だった。
エーリッヒにしてみれば、単に敵機を落としただけのことなのだ。味方殺しなどしてはいなかった。だから衝撃などなかったのだ。
「何だよ、おい……!」
「ウジェーヌはクズだ、クソッタレだ、裏切り者だ! でも、お前らに殺される筋合いはなかったんだ! 死んじゃあならなかったんだよ!」
ユーリはまだ敵が動いていないのを見て機体を反転させて、初めてビームライフルを撃った。それもまた連射だ。当たっても撃ち続けるつもりだった。
「コイツ、」だが、今度もかわす――そして、後ろにつく。「しつこいんだよ!」
最初こそ圧倒されたが、直線的な攻撃など二度続ければ逆転の隙になるのだった。反対に攻撃側に変わったエーリッヒはミサイルを撃ち放った。しかしユーリはユーリでデブリを使ってそれをかわす。その点事前にどこに何があるかを知っているユーリが有利だった。
「お前らプディーツァ軍なんかが来なければ、こうはならなかったんだぞ! こんなことには!」
「何だってんだ、何で当たらない……!」
エーリッヒの手は震えていた。後ろを取って追っているのは間違いなく自分のはずなのに、まるで敵機から放たれる圧力のようなものに押されているかのごとく弾が当たらなかったからだ。そして手が震えれば震えるほど、当然弾道はブレ、余計に当たらなくなる。
だがユーリもまた震えていた――怒りに、だ。彼は既に何も考えていなかった。彼にはそのとき世の中の全てが分かったような気さえした。
だから彼には分かったのだ。
ウジェーヌが最後にした手品のタネが。
「貴様らはァッ――!」
彼はデブリの横を高速ですれ違うと同時にそちらの方にある着艦用フックを射出していた。そのデコボコにそれは引っかかり、長さを固定! すると強烈なGが機体と体を襲う。
なるほどレーサーらしい手際だ。こうすれば速度を維持したまま旋回できるし、普通の旋回より小回りになる。何も知らぬ敵機は大回りなコースを選ばざるを得ないから――後ろを取れる!
「もらったッ」
ユーリはとにかくトリガーを引いていた。敵機は右腕をもがれてようやく自分がトリックにハマったことに気づいて回避機動を始めるが、次に左腕、加速して狙いが逸れて右足、左足と被弾すると、最早達磨状態になっていた。
ユーリはすぐさま飛び掛かった。何も考えずに、右手のハードポイントからサーベルの持ち手を射出。刀身を顕現させ、胴体へ――ロックオン警報!
「……!」
「――『坊や』ッ!」
エーリッヒにはその正体が分かっていた。アラモ小隊が自分を追いかけてきていたのだ。そのビームライフルの一斉射撃――だがどちらかと言えば牽制であって敵機はかわして飛び退る。
「『坊や』、無事かい?」
近づいてきたのはオリガ機だった。
「え、ええ。何とか……」
しかし、この返答ではダメだ。エーリッヒはそう直感して強気に言い返した。
「まだ、やれます。やらせてください」
「――ダメだ、後退しろ」
しかしエルナンドが冷や水を浴びせた。エーリッヒは思わぬ言葉に食い下がった。
「何故です、手足がなくてもミサイルはまだ撃てます!」
「手足がないのではこのデブリ帯ではロクに操縦できまい。貴様の機動では足手纏いになる。真っ直ぐに帰還しろ。これは命令だ」
「そんな……」
「初撃墜は済ませたんだろ、なら立派なもんさ。あとは任せな!」
そういうとオリガは僚機たちにエーリッヒ機が下がることを連絡する。こうなってはもう下がる他なかった。実際、機体の制御は随分非効率になっていて、デブリの中を抜けるのは困難そうに思えた。
しかし、エーリッヒにとってそれは屈辱だった。何も考えずに戦って、またあの白い十一番に負けたのだ。
「クソォッ」
がん、とモニターに顔を打ちつける。そうしても何一つ心に刺さった棘は抜けそうになかった。
高評価、レビュー、お待ちしております。




