第312話 いつだって舞台の上
「『トーテンコップフ』……とか言ったかな」
「何がです?」エーリッヒの言葉に、ミシュージは医務室のベッドに横たわりながら言った。「今更大隊の名前変えようとでも?」
「『頭蓋骨』なんて、こんな物騒な名前に変えられるか。大体、元ネタ的に無理だし……というか、そういうことじゃなくてだな」
エーリッヒは剥いたリンゴを皿にのせてベッド上のテーブルへ置いた。上手ですねと頭に包帯を巻いて傍にいるヤナが言う。馬鹿にしているなと内心それに反感を覚えながらも、彼はリンゴの皮を隣にいたアルモンダに渡す。彼はそれを口に入れながら、言った。
「え、えっと、それじゃあ敵機の名前――ですかい? 例の、おっそろしいやつ……」
「当たらずとも遠からず、だな。奴の機体の、その機能の名前だ。途中で動きが変わっただろう」
「ええ、確かにあの変化は異常でした。何かソフトウェア的なものですよね、アレは?」
「そうだな。私がまだプディーツァ軍の参謀本部にいた頃の話だが、技術課が次世代のエンハンサーにダイレクト型の――直結方式の外装神経接続を付けようって言いだしたことがあった。エンハンサー乗りとして頭の片隅にあったんだが、恐らくアレがそうだ。未完成だったはずだが……」
「?」ヤナは首を傾げる。「その理論が通常の機体に乗せれるレベルで完成したってことですか?」
「いや、多分相当な無理をしているはずだ。私が聞いたときには一分使えれば御の字のシステムだったはずだし――進化していても数分ってところだろう。一旦引いたことからも明らかだ」
「時間制限ってことですね?」
「恐らくはな。だが、それを今回目一杯に使わせたとは思えないし、そのために負った損害はあまりに大きすぎる」
「……面目ねェです」
「ちょっと待ってくだせェミシュージさん。それ自分の真似ですかい? 何で今?」
アルモンダの追及を無視して、エーリッヒは続けた。
「だが、得たものも大きい。ハルイダ少尉。君の射撃の才能とかだ。誤射もされたが、それは正確さ故だ。スナイパーになってみないか?」
「え? 自分が?」
「ああ。ぶっちゃけ操縦は手の施しようもないほど下手だが、狙撃に関しては相当能力がある。どうだ?」
「褒めてるのか貶してるのかはっきりしてくれません?」
まあ、やりますけど……とミシュージは言いつつ、リンゴをもう一かけ口に運んだ。
「そしてニングラム少尉」それを見て、エーリッヒは彼女の方に振り返る。「君の接近戦の才能は恐らくこの大隊でもトップだろう。そこに持ち込むまでが課題だが、そこは私が工夫すればいい話だ。フロントマンを頼む」
「え、えっと……ハイ」
「それからドゥッカニ少尉」
「へェ」
「君は……まあ、その、何だ。何か光るものがあるといいな。取り敢えず編隊の後ろを頼む」
「何ですかィ? 喧嘩売ってるんですかィ? 受けて立ちますけど?」
そう怒るアルモンダの口にエーリッヒは取り敢えずリンゴを差し込んだ。彼はもごもごするばかりになって、何も言えなくなる。その隙に、エーリッヒは立ち上がった。
「どちらへ?」
「報告書のことを思い出した。行ってくる」
ヤナの質問にそう答えると、彼は医務室から出て、真っ直ぐ自室へ向かった。そうして暗い部屋に辿り着くと――ドアが独りでに閉まるまで、立ち尽くした。
(三名だ)そして、呟いた。(今日、三名の部下が死んだ)
そして、その何倍もの量の敵が倒された。それは、数字の上では誇るべきことだろう。彼はキルレシオにすれば著しい戦果を挙げたのだ。一個大隊で同数の敵をたったそれだけの損害で壊滅させた。これを誇らずして何を誇ると言うのか?
(誇れるものなんて――何もないじゃないか)
彼は引き上げるとき見てしまった。残骸に縋りつく敵パイロットの死体を。それはあどけない子供の手だった。小柄なパイロットのものには思えない。骨格の感じが全然違う。少年兵を使っているというのは聞いたことのある話だったが、その話が本当だったからには、彼は酷い眩暈に襲われた。
そして、その機体を、自分が撃墜したかもしれないからには、そこに吐き気すら加わる。自分が最早見境のないテロリストになった気分だった。
(いや――どうだろうな?)エーリッヒは薄暗い中でにやりと自嘲した。(元から、そうじゃないか? 何を今更?)
これを、この犠牲を祖国のせいにするのは簡単だ。恐らく、他のメンバーは、知ったところでそうするだろう。国の未来をまとめて火薬庫に放り込んだのが誰かと言えば、プディーツァ帝国という失敗国家である。
だが、その火薬庫に火をつけたのは、自分なのだ。
直接手を下したのは、自分だ。
エーリッヒ・メインという男は、そう感じずにはいられない男だった。
「――少佐?」ドアの向こうから、そのとき声がした。「いらっしゃいますか?」
カマラの声だ。そう気づいたとき、エーリッヒは息を深く吸った。取り繕わなければならない。彼女の前で今のような顔をすれば、面倒なことになるからだ。
(――面倒、か)
人のことをそう感じるのはよくないと思いながらも、感じたことを嘘だとすることはできなかった。だがそう感じなかったように振舞うことはできてしまう。彼は少し疲れた笑顔を装って、ドアを開ける。
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