第31話 Dolchstoss von hinten
「ッ……」
が、戦闘配置についたユーリには、それは恐ろしい猛攻に感じられた。自分の隠れているのよりももっと大きな破片がいとも簡単に粉みじんにされていくのである。それより若干奥まった位置にいるから辛うじて無事であるものの、目の前でそれをやられて正気を保っていられる人間の方が少数だろう。すると音がしないだけマシというものだった、もしそうなったら第一次世界大戦めいたシェルショックにかかっていたに違いない。
その折れそうな心を何とか前向きに繋ぎ止めようと、ユーリは量子データリンクを呼び出した。量子通信を利用して、リアルタイムで自機と僚機たちの位置や状況を把握できるようにしてあるシステムだ。機体のスペース上2D表示なのだがそれでも大体の味方の位置が分かる。まだその光点が残っている限り、一人ではないということだった。
その表示に従えば、「ルクセンブルク」を中心とした球の敵の方向へ一象限に二機が配置されている。もし敵が来た場合には時間を稼ぎつつ他の象限へ逃げ不意打ちを食らわせた後、他象限からも救援に入って戦果を拡大し、それから離脱するというのがルドルフの打ち出した作戦だ。一種の機動防御である。
とはいえ、これはかなりの割合で苦渋の決断だ、というのが素人のユーリにも分かった。何しろ敵が一方向から、固まってくることを想定しているからである。もし敵が正面を迂回して背後に回った場合、自走機雷その他の自衛装備の他は対応できない。一応、正面に準備砲撃がある以上それはないということだが、それでも数に勝る敵は分散してもこちらより戦力に余裕がある。ならばわざわざ固まるようなことをするだろうか?
……安心を求めた結果として不安の影が過った。するとユーリはそれから逃れるように、よりその画面に集中した。そして気づいてしまう。
その光点が一つ、減っていることに。
「は……?」
それは、自分のところの象限だった。つまりウジェーヌの反応ということだった。咄嗟に彼は画面を何度か更新した。向こうの接続不良だと思ったのだ。しかし情勢は改善しない。むしろ悪化した。一つ下の象限の反応が一つ消えて……今、もう一つも消えた。
「おいおい嘘だろ……」
だから今度は画面ではなく、機体そのものの方のチェックを実行した。量子通信機が至近弾か整備不良で損傷したのかもしれない。しかしそれはないと内心分かっていた。一番遠いはずの斜め下の反応は届いていたからだ。やはり問題がない。
ぞっとして、彼は元々ウジェーヌのいるはずの方角を見る。もしかすると、そこから顔を出すかもしれない。が、何も分からない。砲撃の光芒とデブリばかりで、少しも判断がつかなかった。不安がヘルメットの死角から彼を溺れさせようと込み上がってくる。手ががくがくと震え始める。
だから、その電子音が聞こえたとき、思わず彼は機体の腕も動かすほどだった。音からすれば、レーダー波の反応……敵だ! 彼はそう考えて、すぐさまデータリンクからRWRに切り替えた。後方から来ている。
しかし彼は振り返って正面装甲を向ける以上は動かなかった。デブリを背後にしているということはそれの反射も混ざるから、敵からすればエンハンサーにしては大きすぎる反応として伝わる。だから、敵がレーダーだけを使うならその隙を突いて一撃を加えることができるのだ。
……と、いう最もらしいことは、ユーリの頭の中になかった。
何故か?
それは、そのレーダー波が「ロジーナⅢ」のそれだったからだ。プディーツァ軍のエンハンサーも「Ⅳ」ばかりではなく「Ⅲ」も使われているが、そのレーダー波はドニェルツポリ軍で最も多い「Ⅲ」の「E-8」型のそれだ、とRWRは言っていた。
つまり、味方である公算が最も高いのだ。
(ウジェーヌだ)
と、ユーリは直感した。というより、そう信じた。デブリに阻まれて途切れ途切れになるその電波は、ゆっくりと信号が強くなる。こちらを見つけて近づいてくるのだ、と考えた。
そして、爆発の光を反射して、デブリの合間に機体がはっきりと見えた。間違いない、あの番号はウジェーヌ機だ! ユーリは思わず声を上げた。
「ウジェーヌ! 君はさっきまでどこに……?」
だが、彼はその言葉を最後まで言い切ることができなかった。
何故なら、そのレーダー波は連続波に変わり、次の瞬間には、彼は光の中にいたからだ。
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