第30話 ゴー・ファック・ユアセルフ
そして二日。
その二日間は、彼ら「ルクセンブルク」首脳陣の予想通り平和に過ぎていった。ユーリらエンハンサー隊は陣地設営に駆り出されつつも、それは簡単な作業ばかりで、早く終わればそれだけ自由な時間があった。それが二日間続いたということだった。目の前の作業からすれば戦争の気配こそすれ、やっていることは軍事教練よりも簡単なことだった。
唯一変化があったとすれば、ウジェーヌが語学力を活かして捕虜収容所のスタッフに立候補したぐらいだろうか。
ユーリは最初、その決断に驚かされた。シャーロットがああ言ったとはいえ、彼の秘密を知っている人間からすれば、それが発覚するようなことはすまいと考えていたのだ。だが話せること自体はもう分かっていることだし、喋れること自体は珍しくない(実際ユーリが話せないだけでプディーツァ語話者はそれなりにいる)というウジェーヌの弁に対抗できるほど彼は反対意見を持っていたわけではない。
何より、それも「できること」なのだろう、彼なりに考えた。
そして三日目。
その日は全員が警報で起こされた――一人を除いて。
「状況は」
その一人であるオイゲンは艦橋に上がるや否やそう言った。既に宇宙服を着ており、その大きな腹も複合繊維の下に仕舞われている。
「広域無線信号通信が敵艦名義で入ってます。味方のいたずらじゃあり得ません」
「当たり前だ……内容はどうか?」
「読み上げます……こちらプディーツァ宇宙軍航宙母艦『ゲオルギー・ジューコフ』よりドニェルツポリ軍艦へ。速やかに降伏されたし。この申し出を受け入れられる場合、貴官らの勇戦に敬意を表して処遇については寛大に取りはからう予定である」
何様のつもりだ、と思わず叫びたくなるのをオイゲンは堪えた。捕虜の処遇というものは条約で決まっている通りなのであって、ハナから罪人でも扱うかのような言い様は彼には受け入れられなかった。
「焦っていますね」
対照的に冷静なのはヴィクトルだった。オイゲンはその冷静さを伝染させてから同意する。
「ああ、わざわざご丁寧に降伏勧告をやってくれるなんざ、余程時間に余裕がないか、戦いたくない理由がある以外には考えられない。強いて言うなら、こちらの位置を探っているのか、というのもあるだろうが」
「しかしどの場合にせよ、引き返してきた分の遅れを取り戻したい、というところでしょう。ここは一つ、ダカダン方面への圧力を減らすために可能な限り足止めを行うというのは?」
「正気か貴様。相手との戦力差を考えろ。こちらは素人の稼働機八機、対して向こうが全力出撃してくれば殺しのプロが乗ったエンハンサーを一〇〇機以上展開できる。同数でも持ちこたえられるかどうかなのだぞ?」
「あの、」耐えかねた通信兵が振り返った。「どのように返信をすれば?」
「……貴様は降伏の訓練を受けたことがあるのか?」
「いいえ、ありませんが」
「ならそういうことだ。各戦闘ブロックは十分後に予備減圧。戦闘要員は宇宙服着用」
「ですから返答は、」
「そんなもの、クソくらえだ! 全艦第一種戦闘配置!」
そして、艦内全ての区画に警報が鳴り響く。全ての戦闘区画――居住スペース以外の比較的外側の区画――の空気が抜かれるまで十分しかない。ただでさえ練度が低い中、民間人協力者のような素人が半分混じった彼らに、その迅速な行動ができるだろうか? ――オイゲンは頭の片隅にその不安を置きながらも、艦内からの完了報告を待った。
……その数分後、「ゲオルギー・ジューコフ」は一つの通信を受け取った。内容は次の通りである。
「ドニェルツポリ軍艦よりプディーツァ軍艦へ、ゴー・ファック・ユアセルフ(クソくらえ)」
怒り狂った「ゲオルギー・ジューコフ」艦長は電波発信源を特定し僚艦に砲撃を行わせたが、実際の電波発信源と艦の位置が別になるよう工夫されていたため、ただ自らの場所を露呈するだけに留まった。
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