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第3話 (非)日常、あるいは戦(闘)前

「――分艦隊司令部より我々に与えられた任務は、『フロントライン』コロニーに停泊している敵艦隊予備の撃滅と同コロニー宙域の占領である」


 プディーツァ連邦宇宙軍第一連合艦隊第一艦隊第二航宙戦隊第三分艦隊旗艦「ゲオルギー・ジューコフ」。



 その真っ暗なブリーフィングルームにある光源は、そこにひしめくパイロットたちの手元のホログラフ端末と正面にある巨大なホログラフィック・スクリーンだけだった。それを背景にして一番前で立つ男は、少佐の階級章をその制服の首元につけている。


 彼が手元のリモコンを操作すると、そのそれぞれに五つの筒のようなグラフィックが空間に浮かび上がって表示された。その五つの筒にはいくつかの名前と、それと同数の宇宙船のシルエットが紐づけされている。


「事前の諜報活動によると、駐留している敵は第54航宙戦隊の第4分艦隊だ。戦闘艦は旗艦である航宙母艦一隻を含む九隻。これが各シリンダーの宇宙港に散開して停泊している。特に重要なのは――」


 そこで、少佐はまたリモコンを操作した。するとその内の一つが拡大され、表面の細かい特徴まで分かるようになる。それはシリンダーという単なる分類で済ませるにはあまりに歴史を感じさせるデザインだった。最新のコロニーとは比べものにならないほど、単純化された仮想上の再現ですら古びている。


「――この第四シリンダーだ。ここには敵艦隊旗艦が停泊しているのみならず、現地に展開している防空部隊の司令部も内部に設置されている。無論、そのような重心には戦力が集中配備されているわけだが――」


 彼がそこまで言うと、その筒の表面には蕁麻疹のようにいくつもの赤い点が浮かんだ。その内の一つに物々しい型式番号が振られ、その近くに拡大されたグラフィックが添えられ――そこに一つの線が飛んでいき、消滅する。


 それが、赤い点の数だけ繰り返される。一つ一つが大きな光を放って、あとには何も残さない。


 するとその焼け野原に、また別の色で塗られた線が侵入してくる。


「そこで作戦としては、まず水雷戦隊による巡航ミサイル攻撃をこれら対空ミサイル(SAM)部隊へ実行。これを準備砲撃として、一個中隊を第四シリンダーへ突入させ、防空司令部及び艦隊旗艦を撃破する。残存の中隊は、この前段作戦により敵艦隊が混乱したタイミングを突いて攻撃を開始する……何か質問は」


 そのとき、少佐はスクリーンから自らの部下の方へ振り返った。聴衆たるそのパイロットたちからは、しかし、何ら返答はない。だがそれが最も予期される反応だった、軍人というものにとっては。


「よろしい。」だから、少佐はそう言った、髭の生えた仏頂面を崩さずに。「役割の割り当てに関しては各中隊長に別途送信する。作戦開始時刻は現地時間の○三○○だ。それまでに各小隊レベルまでよく打ち合わせておくように。以上」


 それから敬礼――その瞬間パイロットはほぼ全員反射的に立ち上がり、それを返す。志願・契約して軍に入ったプロフェッショナルとは、そういうものだった。


 そう、()一人を除いては。


 部屋の明かりがつき、解散の掛け声の元にそれぞれの中隊へ散らばっていく他のパイロットたちの足音を聞きながら、彼の足はまだ動こうとしなかった。その代わりに、彼は手元の端末をまだ見ていた。画面上では、先ほどのアニメーションが何度も繰り返されている。星すらない宙に浮かぶコロニー、そこに飛び交う点と線、デフォルメされた爆発……十年前はもちろんのこと地球時代のレトロゲームにすら劣るグラフィックのそれ――彼はその簡略化された戦争から、彼は何故か目が離せなかった。


「……何してんのさ?」

「うわッ⁉」


 だから、後ろから聞こえたその声に、彼は素っ頓狂な声を上げた。その勢いのまま飛び上がって、無重力の艦内を漂うことにならなかったのは、それを予期していた声の主が話しかけると同時に肩を掴んでいたからだった。


「ッ、ニキーチナ中尉! 急に後ろから声をかけないでください!」


 すると彼はその手の存在に気づくや否や、それをすぐさま振り払って振り返る。その目が驚きで丸くなって、それから一瞬で羞恥により鋭く変化するのを見て、ニキーチナ――オリガ・ニキーチナ中尉は、わざわざ後ろに回り込んできた甲斐があったと言わんばかりに軍規違反の長い髪を揺らして笑った。


後方不注意(チェック・シックス)……どうだ『坊や(ブービ)』。悔しいかい?」


「どちらかと言えば、こうして『坊や』と呼ばれる方が屈辱ですよ……確かに、僕はまだ士官学校出たての少尉ですが、それでも少尉は少尉でしょう」


「こっちは大昔のエースパイロットになぞらえて呼んでやってるんだ。少しは感謝してもらいたいもんだがね」


「当て擦りっていうんでしょ、そういうの」


「まあ、そうとも言う」


 彼はそのオリガの楽し気な返答に、はあ、とため息を吐いた。彼女が『坊や』と彼を呼ぶ場合、その語源は彼女の言う通りのものではなく、そして彼の言った方でもない。かのエーリッヒ・ハルトマンでもなければ、軍歴に対する皮肉でもなく、単に彼が童顔だからというだけのことだ。小隊の三番機(じょうかん)に妙な気に入り方をされて、彼は困っていたのだ。


「で、我らが四番機? 今度は何が気になるんだい?」


「……別に、」オリガの蒼い瞳が彼を覗き込んだが、彼はそこから目を逸らした「何もないですよ。何でこういうCGって、こんなにアホらしい出来なんだってだけで……」


「怖くなった、初陣が?」


「そんなわけないでしょ!」


 彼はオリガの手を振り払いながらポン、と床を蹴って、ブリーフィングルームの出口に向かって体を流した。彼女もそれに続く。


「僕が気になったのは、単に、こんな辺鄙な田舎コロニーを艦隊が攻める理由ですよ――確かに敵戦力はかなりのモノでしょうけど、だからといってわざわざこんな大掛かりな攻撃が必要なんですか?」


 それは、説明を受けた当初から思っていたことだった。


 確かに一見した限りでは、攻撃の初動に発生する混乱に乗じて敵の後方まで遮二無二浸透するという電撃戦的発想から見ても、敵戦力の撃滅と港湾施設の確保により制宙()権を確保するというアルフレッド・セイヤー・マハン以来の攻撃的な艦隊ドクトリンから見ても、今回のコロニー攻撃は戦理に基づいているように思える。


 しかし、問題はそのために用いられる戦力だ。


 明らかに過剰なのである。


「確かに、予備艦隊は予備艦隊でしょうけど……だったらダカダンとかの艦隊にまず全力を向けた方がいいと思うんですよ」


 ダカダンというのは敵国の首都から国境宙域までの主要航路上にある星系である。そうであるからには、敵艦隊はこのコロニーに存在するより多くの艦艇をそこに待機させている可能性が高いのだから、このぐらいの小さな目標はもっと小規模の兵力で封鎖だけして迂回、侵攻の勢いそのままに首都にまで攻め入るのが上策ではないか……というのが彼の考えなのだ。


 しかし、オリガから返ってきた返答は、


「流石、士官学校次席は違うねえ」


 というものだった。


 ……ため息。


「……ことあるごとに僕を茶化さないと気が済まないんですかアナタは」


「いや、こう見えて感心してるんだよ、アタシは? 作戦前に暇なコト考える余裕があるもんだなって」


「それは中尉もでしょう……いや、僕は一応作戦に関することを考えているから、中尉だけです」


「――作戦に関係するかどうかは、関係ないのですがね。エーリッヒ・メイン少尉」


 急に名前を呼ばれて、声の方向を向くより早く、彼の頭に筋肉の硬い弾力がぶつかって、彼は天井へ向かって跳ね飛ばされた。それは思わず、かは、と声が出るほどの勢いだったが、衝突された側の人間は、ドアのところでピッタリと止まっている。何故なら、それほどの巨体とそれに見合った重量が彼にはあったからだ。


「げ、ナガタ……」


 オリガはその声の主――リチャード・ナガタ中尉を見上げながら、チョコレートの代わりにピーマンを口に放り込まれた小学生のような顔をして答えた。が、対するリチャードは少しも表情を変化させなかった。


「ニキーチナ中尉。『坊や』一人連れて来るのに時間をかけすぎです。何をしているのかと思えば、このような無駄話をしているとは」


 その仏頂面のまま、彼はエーリッヒの方をジロリと見た。ビームライフルよりも鋭いようにエーリッヒには感じられて、何をされるのかと一瞬びくりとしたが、されたことと言えばぬっと手を伸ばしただけのことだった。


「……何をしているのです? それともそこで少佐と顔を合わせたいと? 奇特な趣味ですね」


 どうやら、エーリッヒが床に降りるのを手伝おうとしていたらしかった。あまりに威圧感のある外見のせいで、まだその存在感に慣れない彼には、気圧されて分からなかったのだ。


「い、いえ、自分で降りれます……」


「そうですか。人の親切を踏みにじる人ですね」


 エーリッヒに遠慮されたのを、使われた語彙ほどには残念そうに見せずにそう言って、リチャードはそれきり彼に対しての興味を失ったようだった。差し伸べていた手をすッと引っ込めると、オリガに数歩近づく。


「さて……ニキーチナ中尉?」その近づくことによって、エーリッヒは着地点を見失って、その無機質な声を上から聞くことになった。「無駄話による遅刻の言い訳があるなら聞きましょう。どうせ『坊や』共々どやされることには変わりありませんが」


 その無感動な口ぶりに、オリガは少し目つきを硬くした。


「いやいや、だから『坊や』に余計なことを考えるなって言おうとしていたんだが、そこにアンタが来たんだよ、ナガタ。アンタこそ無駄だね」


「それを言うなら、アナタの方もでしょう? その減らず口と屁理屈は士官学校時代から変わらずですね。しかしいい加減耳障りです」


「あら、そうかい? なら、明日の実戦でケリをつけるかい? 負けるつもりはないけど」


「いいでしょう。どちらがより多く敵機を撃墜したか、実にシンプルで私好みです。アラモ2(にばんき)アラモ3(さんばんき)の違い、お見せしましょう」


 そう言ってリチャードはぬっと顔をオリガのそれの近くに寄せて見下ろした。するとオリガもオリガで、勝気そうにそれを睨み返す。こちらは日の浅いエーリッヒにも分かる、いつもの彼らの光景だ。昨日までの演習中にも起きたことである。


 しかし、だからこそ彼は慌てた――その焦りが声になって出た。


「あ、あの!」


「はい?」睨み合っていた二人が、全く同時に怪訝そうに返事をした。「何だよ?」


「その、少佐殿が……既に後ろにいらっしゃるようですが……」


 二人の目はそう聞いた途端、上を向いたまま大きく見開かれた。それから故障した砲塔のようにゆっくりぎこちなく首を後ろへ向けた。


 そこにいたのは――エーリッヒだけは彼を上から見ていたが――一人のくたびれた男だった。少なくとも外見上、彼はそう見えるのだ。リチャードという規格外の巨漢が近くにいるせいもあって、平均的身長より少し小さいその男は、端的に言えば、パッとしない。その上、白髪交じりの無精髭まで口元に生えているとなれば尚更だ。


 しかし、ここが軍艦の中でなく、()()の階級章のついた軍服を着ていなかったとしても、彼を見分けることは容易い。その違いは、疲れたような目つきの奥にある。それは優れた猟犬の目つきだ。どれほど偽装してみせたところで、その鋭さはどうしたって隠すことはできないのだ。


 エルナンド・ヴァルデッラバノ少佐。


 撃墜スコア一七・五。


 その数字は、集団戦闘が当たり前になった現代となっては、プディーツァ軍のエースたちの中でもトップクラスの代物である――その彼が、口を開いた。

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