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第299話 ゴルゴダ

「それでは作戦を説明する」


 「キーロフ」の副長は資料の入った端末を操作した。するとヘルメット以外の宇宙服を着たユーリたちの手元にある端末は連動して動いて、出撃前の格納庫の騒音の中でも分かりやすく図を表示する。


「我が方の長距離挺身艦が、ヴィノ星系に跋扈する敵のアジトの所在を掴んだ。先の作戦からの追跡活動が功を奏した形だ。が、図を見てもらえば分かる通り、長距離挺身艦一隻ではこれを殲滅することは困難である」


 コンピューターで作られた3Dグラフィックが画面の中でグルグル回る。赤い点が対空砲やSAM。船らしい形をした赤いものが敵艦。それがずらっと並んでいる。補給デポをベースにしたにしては随分大きな泊地だ。よく見れば戦艦の姿もある。


「そこで、」副長の声に、ユーリは顔を上げる。「我が『キーロフ』率いる分艦隊は超光速航法にてこの敵基地の遠方に素早く展開。敵に察知される前に巡航ミサイル攻撃によってこれを半壊させ、関係資料を奪取する。貴官らの任務は、この巡航ミサイルの誘導にある――何か質問は」


 ユーリは真っ先に手を挙げた。副長は一瞬それにムッとしたが、彼に顎で合図した。


「一パイロットとして技術的なことを申し上げます。『ミニットマンスキー』……もとい『ディッカー・マックス』は大柄なためこの手の隠密任務には不向きと思われますが」


「そこは貴官の方で工夫してほしい。最悪、発見されても貴官らが敵を誘引してくれれば港湾に突入してどうにかする」


「了解しました。」ユーリはどこか不敵に笑った。「では単独での出撃とさせていただきたい」


「……何だと?」


「でしょうが。量子通信機が隊長機たる私の『フランケンシュタイン』にしか搭載されていないことを考えれば、従来の無線通信しかできない僚機は不要ということでしょう。いたところで余計なシグニチャーを残すだけです」


 特技兵の一人が何かを言いたげに一歩前に出ようとしたのが隣の一人に制されたのに、副長は気づいた。が、無視した。


「それは貴官の裁量だと言った。任務が達成できるのなら、どのような手段でも構わない」


「ありがとうございます」


「では、作戦準備に取り掛かれ。時間はあまり残されていないぞ」


 副長が敬礼をすると同時に、ユーリたちもそれを同じく返す。違ったのはその後の行動で、踵を返した副長や部下たち(ただし一人を除く)とは対照的にその場に残ったユーリはふんとその背中を鼻で笑った。こんな作戦を大真面目に実行しようというのだから、そうせざるを得ない。彼はそうしてからようやく振り返って機体に向かおうとした。


「……少佐!」カミュが立ちはだかってきたのだ。「何故、一人で出撃なさるのですかッ?」


「聞いていなかったのか? 貴様らの機体は大柄で見つかりやすい。艦隊の直掩に回ってもらう」


「オクト・クラウンのときのようにやればいいではないですか。塗装を剥がして――」


「残念だが状況が違う。あのときは小規模ながら戦闘があった。だから残骸のように振舞うという手も使えた。が、今度は存在そのものがバレてはいけない。哨戒線をかいくぐり、敵港湾へ辿り着く必要がある。それなら単機の方が動きやすい」


 ユーリは彼女を手で押しのけて、機体へと進む。狭い格納庫ではすぐに「フランケンシュタイン」に取り付くことができて、彼はそのまま初期起動を開始した。彼女はムッとして、その脇に貼り付いたままだった。


「バレた場合の話をしているんです。それなら装甲の厚い『ディッカー・マックス』の出番では?」


 ユーリはそれに本気で苛ついた表情をちらりと見せて威嚇しようとしたが、カミュは一瞬それに表情を固くしただけで、退こうとはしなかった。彼は溜息を吐く。


「馬鹿を言え。貴様らならともかく私が見つかるヘマをするとでも? 確かに『ディッカー・マックス』は海賊共の装備しているビームライフルは受け止められるが、それは『シュゲーレ・ムジーク』を装備している『フランケンシュタイン』も同じだ。むしろ装甲に触れることすらない分もっと安全なのだがね」


「でも、アレはかなり狭い範囲でしか作動しないのでしょう? 包囲されて意図しない方角から射撃されれば――」


「その前に離脱するさ」


 ユーリはそのときカミュの方を少しも見なかった。見る必要がない。本当はもっと強く突き飛ばしでもして遠ざけるべきなのだろうが、そうしないのは――特に理由のないことだった。面倒だ、ということにでもしておこう。物事に全て理由があると考えるのは世界公平仮説の信者だけだ。


「……少佐、」彼女の顔は、しかし、彼の手元に強引に割り込んできた。「アナタが本質的に優しい人だと私は知っています。だから――」


「どけ」それを、今度こそユーリは押し除けた。「相変わらず貴様は理解と勘違いとの差を分かっていないようだな。貴様は私に何らかの印象を抱いているようだが、それは全く一方的なもので、つまり間違いだ。分かった気になっているだけなんだよ、迷惑だ」


「しかし、アナタはそれでも私をぶったりはしないでしょう? それはアナタが本当は暴力なんか嫌いだってことを示しているはずなんです」


「ふん、それならその辺の整備兵にでも喧嘩を吹っ掛けてこい、誰にも相手にされないだろうが、彼らもまた非暴力主義だとでも言うのか? ……全ては貴様が子供だからだというだけだ、主義主張の話ではない」


「私は子供じゃありません!」


「じゃあその身勝手は何だというのだ? 他人を自分の枠にはめて理解した気になって、その上すべき支度は何一つしない。子供が嫌だ嫌だと駄々をこねているのと何が違う!」


「私が言いたいのはそういうことじゃない……! アナタがどこかに行ってしまいそうで……!」


「それを押し付けというんだ。いい加減、仕事に取り掛かれ。貴様は他人の心配よりまず自分の義務を果たすべきだ」


 ユーリは何かを言おうとするカミュを無視してヘルメットを被った。それから今度こそカミュを突き飛ばして座席に着くと、そのままそれを機体内部へ格納してしまった。ようやくうるさい声がなくなって静かになり、エンジン音だけが彼に語り掛ける。


(でも)その装甲に閉ざされた向こう側に、彼女は視線を送り続けた。(アナタは私が巻き込まれないよう突き飛ばしたのでしょう……?)


 今の態度も同じだ。自分が、救おうとする人をも破滅させてしまうであろうほどに世界という大河に溺れてしまっていると考えているから、その差し伸べられた手を跳ねのけるのだろう。それだって一つの優しさだ。確かに彼の言う通り、自分は彼のことを少ししか理解できていないかもしれない――けれど、これは彼の優しさとしてでしか理解できそうもない。時間がないと言いながら彼女の言葉に答え続けたことを、他にどう理解すればいい?


 彼の本質は、捕虜を皆殺しにするような人間ではない。


 彼の本質は、きっと、全てを背負おうとして潰れてしまうような人なのだ。


 カミュは、それから一頻り彼と彼女とを隔てるコックピットブロックの装甲を見つめた。今は不可能でも、その向こうにいつかは声が届くはずだ――そう信じて、彼女はヘルメットを被り、自分の機体へ向かう。

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