第29話 諸刃の剣
「これが、先ほどの戦闘で入手できた物資の一覧です」
そう呟きながらオイゲンは艦長室の特注の椅子を巨体で軋ませて傍らにいるコルトに視線を送る。すると彼は目の前の椅子に座っているルドルフに自らのホログラフ・タブレットを渡した。
「旗艦のロンシャン級の積み荷については、ほとんどが使い物にならなくなってしまいましたが……しかし残りの艦は損傷が機関部のみに集中しましたから、全てを鹵獲することができました。それで、その中に本艦の設備に対応するEFマストがあったので、それを現在取りつけ中です。ただ、想定されていた工作艦がいなかったものですから……」
「時間がもう少し必要、ということですな」
「そういうことになります――なのでお聞きしたいのですが、防御陣地設営の方はどうなのです? 進捗状況としては?」
それは海兵隊出身のルドルフらしいアイデアだった。陸戦で塹壕を掘って陣地を作るように、デブリにまだ生きているSAMや自走機雷を備え付けることで即席の要塞を作るのである。敵艦隊の襲来を捉えたのも、そこに備え付けられたレーダーからの情報を有線(傍受対策)で「ルクセンブルク」が受け取ったからだ。
だが、アイデアの単純さに比してルドルフの回答はあまり芳しくなかった。
「あと二日で完成の予定です。時間的に可能であれば、鹵獲艦を利用して偽陣地を作ったり電源代わりにしたりというのを試したいところですが……」
「流石にそれほどの時間はないと思われます。」口を差し挟んだのはヴィクトルだった。「敵艦の通信兵を尋問しましたが、それによれば投降する直前に独断で司令部に襲撃を受けたと量子通信を行ったそうです」
「とすれば、敵艦隊は引き返してくるか……」ルドルフは顎を撫でた。「いや、予備の艦隊とどちらが早い? 開戦と同時に敵艦が襲撃してきたのなら、そちらの方が早いはずだ」
返答したのはオイゲンだった。
「襲撃から二日経っていますからそれが帰ってくるより予備の方が早いはずですが、予備艦隊はダカダン星系への攻撃に使用したいのが艦隊司令官の考えでしょうし、敵からしてみれば先鋒艦隊の不手際ですから、それに尻拭いをさせたいというのが本音でしょう」
「とすれば、ぎりぎり、陣地の方は間に合うわけですか……そういえば、修理の方はどれほどかかるのです? あともう少しということでしたが、具体的には?」
オイゲンは首を横に振る。
「それが、想定以上に損傷が酷いようで、整備班も見積りかねています。だからもっと整った整備施設が欲しかったのです。それでも場所は特定できていますから単に交換するのは簡単なのですが、それで今まで通り機能するかどうかが不明なのです」
「何故です? 同じ規格なのでしょう?」
「古い艦ですからね、部品が新しすぎるとどうにも馴染まないようなんです。若干の違いがどうにも気に入らんようでして」
「まるで生き物のように仰る」
「古女房というか、どら猫ですな。この艦は」
皮肉を受け流されて、ルドルフは若干不機嫌になった。しかしそれが無益であることも知っていたし、宇宙船が飛び交う時代になっても機械の接触不良がなくなるわけではないので、その類を言っているだと思うことにした。それに、表情に悪意は見られない。
「何しろこの艦は元々宙母でしたからな。無駄に気位が高い没落貴族の令嬢のようなものです」
「宙母ですか? このサイズで?」
通常、宙母というのは「ゲオルギー・ジューコフ」――実のところ、ドニェルツポリ軍にも同型艦がある名シリーズ「アーミー・ジェネラル」級――のように五〇〇メートルほどの大きさと一〇〇機を超える搭載数を誇るものであって、この三〇〇メートル級の「ルクセンブルク」は、名前の由来となった地球の国家同様に小規模にルドルフには思えた。
だが、よりこの艦に詳しいはずのヴィクトルも、目を丸くしていた。
「確かに、輸送艦というよりは宙母らしい内部構造のようには思いましたが……本当に?」
「そうさ。元々は地球の『バチカン』計画に触発されて――ああ、要は旧式の宙母を従来型より小さな宙母複数で置き換えて艦隊編成に自由度を増そうという計画なのですが、それに対抗するために建てられた『シティ・ネイション』計画のときに作られたのがこの艦なのです」
言ってしまえば、古く硬直した師団編成をよりきめ細かい旅団や戦闘団中心に変えるようなものだ。より小さな団体に大きな自由度と責任を与えることで戦況に柔軟に対応できるようにするのは陸でも宇宙でも同じか、とルドルフは思った。
「ただ、建造完了から少し経って、独立戦争が起きたものですから……紆余曲折あってドニェルツポリ持ちになった結果二番艦以降は白紙。本艦も小さいのが一隻あっても邪魔なので輸送艦に直されてしまい、私のような落ちこぼれに任されるようになってしまった、というわけです」
「落ちこぼれ?」
「四〇も過ぎて大尉のままですから、それはそうでしょう」
ハンモックナンバーがモノを言うのは海軍時代からの人類の伝統です、とオイゲンは独り言ちる。
「それがこうして捕虜を含めた何百人もの命を預かる身となるのですから、時代とは恐ろしいものです」
「私も、この歳でもう一度操縦桿を握る羽目になるとは思いませんでしたな」
まして、少年兵を無理やり戦わせるようになるとは、思ってもいなかった。
ルドルフはその言葉はなんとか飲み込んだ。それを言ったところでこの気持ち悪さも残酷さも改善されるわけではなかったからだ。有史以来どれほどあったとしても、それはあってはならないことであり、生き残るため、という言葉で相殺できるほど軽い罪でもないように思われた。
戦争が、来たのだから。
現実を見ろ。
つまりユーリ・ルヴァンドフスキに向けた言葉の切っ先は諸刃だったのだ。それを知っていたから辛うじて言うことができた。だがそれは罪滅ぼしにはならない。なってはならない。
「? ……どうかしたのですか?」
ルドルフはそのとき相当青い顔をしていたらしい。しかし彼は、大丈夫、と偽って話を続けた。
何でもないようにしていろというのが、海兵隊の掟だったからだ。




