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第289話 潜入作戦(前編)

 指導課程修了後初の大隊編隊航行訓練は、どうにか予定通りに済みそうだった。


 「ワーテルロー」を発した二個大隊は、母艦直上と直下において集結を完了させ、それぞれの行進隊形を形成してクラッコウ第三惑星第二衛星方向へ針路を取り、指定されたウェイポイントを通過して帰ってくるところだった。


 量子通信機が各機に積まれているおかげである――でなければこんな素人に毛が生えた程度の連中では、どんな混乱があったか知れたものではない。エーリッヒはまだ若干乱れのある不慣れな隊形をデータリンク上に捉えて溜息を吐いた。


(とはいえ――かえってこれでよかったのかもしれない。下手に『ロジーナ』系に慣れていると操縦を覚え直すのが手間だったからな)


 そう、自分の経験からエーリッヒは思い返す。いきなり重量級の機体に乗ると、たとえ同じ第三世代以上の機体であってもまるで感覚が違う。ものが違うわけだから当然と言えば当然だが、鹵獲機に乗ったときはかなり困惑したものだ。よくもまあそれで模擬戦に勝ってメイン・レポートなんてものをでっち上げられたものだが……。


 尤も、それがよかった探しなのは自分でも分かっていた。戦闘訓練となると、彼らの動きは乱れに乱れる。下手なパイロットほど、敵機を深追いして無駄な旋回をする。そして「ミニットマン」はどこまでいっても旋回戦向きの機体ではない。あっという間に後ろを取られるか囲まれて――撃墜される。


 それでは駄目だ。


 「ミニットマン」――基、「パトリオット」系の機体というのは、厚い装甲とそこそこの運動性に裏打ちされた生存性を活かしてしぶとく戦場に残り、その中で高い通信性能によって連携攻撃を繰り返すことが強みなのだ。


 単機ではなく、複数機で初めて真価を発揮する。


 個ではなく群の一部としての部品にならねばならない。


 故に編隊訓練こそ、この系統では重要なのだ。動きの癖を見直し、他人の癖を見抜く。そのために最も基礎的な動きを何度もやる。その中で距離感を掴み、どの動きをすれば援護になるかというヒントとする。


 というのが、訓練教官の言葉から導き出したエーリッヒの考え方である。第一大隊長も同様の意見だったようで、この合同訓練に至ったわけである。


(第一大隊……)


 エーリッヒは、考えがそこに至って、データリンク上に表示される第一大隊のある機体を眺めた。その第三中隊の末席にその機体は存在している。ジャクソン・ジャクソンの駆る「ミニットマン」――コールサインは、確かポッピング4だったか。


 彼の戦う動機は、復讐。


 姉の仇であるプディーツァ人を一人でも多く殺すこと。


 復讐が間違っているとは言わない――自分だってかつては復讐に囚われた人間だったのだ、そんな言葉が何の慰めにもならないと知っている。


 しかし戦場というのは、そういった感情だけで生存できる場ではない。もっと淡白で義務的な殺意がただ静かに自分に向く場所であり、それをまた他人に向ける場である。


 そうしなければ、その自らの感情に全身を食い荒らされて、終わったときには何も残らない。


 戦場という狂気に飲み込まれすぎてしまうのだ。


 ユーリ・ルヴァンドフスキのように。


「大佐?」二番機のヤナが釘を刺した。「針路がズレてます。集中を」


 それに、分かっている、と返事をしてその通り姿勢を戻しながら、一方でこの女について意識を移動させていた。


 この女も、また気に入らない。


 戦場を遊び場にしているからだ。人が死ぬということを何一つ自分事として考えていない。ジャクソンが深すぎる殺意で動いているのならば、ヤナは殺意が浅すぎる。


 人を殺すということは、その人間という個性がもう二度と姿を現すことはないということなのだ。


 だからエーリッヒは戦争という、その悲劇を何万何億のレベルで引き起こす愚行を起こした祖国を許せないと思って、武器を取ったのだ。


「…………」


 だが、その思いは誤魔化しでしかないのだろうか?


 ジャクソン・ジャクソンの言葉を借りれば、「自分が倫理的に正しい立場にいると思っている」――のではないだろうか。


 国と戦うということは、国の差し向ける尖兵たちと戦うということだ。道具として使役される兵士たちを殺すということだ。


 人を殺すという不正義を以て正義を成そうというのは、結局のところ矛盾である。


 ならば、殺すということに集中するか、あるいは敵を殺すということを深く考えない方がいい。その方が単純で、そうであるが故に破綻はない。


 倫理的に正しくなかったとしても、論理的には正しい。


 自分も、そうあるべきだろうか?


(……いや、)エーリッヒは、首を横に振った。(そんなことはない。断じて)


 濃密すぎる殺意が正しいとは思えない。だが淡白すぎる殺意もまた違うと思える。


 ならば中庸なのだ、必要なのは。


 そうでありさえすれば、自ずと結果は正しくなる。


 戦うからには人を殺すだろう。だがそれへ虐殺はしない。


 死人が出れば敵が憎いだろう。しかしその復讐はしない。


 争いは高揚を誘うことだろう。なれどそれに耽溺しない。


 そのような在り方だって、できるはずだ。


 無論、それが自分の無謬性を保障してくれるかどうかはまた別の話だろう。倫理的に正しくあろうとすることは、この矛盾すら孕んだ在り方では、浅ましい行為に過ぎない。


 だが、前に進む。


 そうすれば、いつかはどこかに辿り着けるはずだ。


 きっと。


「警報、警報!」そう考えた、そのときだった。「『ワーテルロー』より第一・第二大隊両方に伝達! 訓練中止。周辺の対長距離挺身艦哨戒任務を命ずる」


 航宙管制からの焦ったような声だった。今までの経験が、そこに戦闘の予感を見つける。エーリッヒは静かに機体のエンジン出力を上げながら、確認した。


「こちらメイン大隊。詳細を求む。何があった?」


『「ワーテルロー」よりメイン大隊へ。哨戒に出ていた巡洋艦が攻撃を受けたとの報せの後連絡が取れなくなった。撃沈されたものと思われる』


 ここクラッコウは後方も後方。敵艦隊が前線を突破してきたという報告はないし、だとすれば長距離挺身艦による浸透襲撃である可能性が最も高いわけだ。だとすれば随分奥深くまで来たというものだが――


「了解した。連絡途絶地点をデータリンク上にプロットしてほしい。可能なら航路も」


『クラッコウ航宙管制に問い合わせる。しばし待て』


 そう言って一分後に、その航路図はエーリッヒの元へ示された。衛星でスイングバイして第三惑星に戻ってくるルート。一番近いのは確かに「ワーテルロー」の部隊で、しかも撃沈地点と宇宙港との間に割り込むような位置にいた。


「聞こえたな、」情報は充分。後は行動あるのみ。「メイン大隊は各小隊に分散し敵予想針路へ展開。敵長距離挺身艦を捕捉次第撃沈する。各中隊長は各小隊の動きをよく掌握すること!」


 エーリッヒはそう言うと、自らも先陣を切って予想した敵の航路へ機体を向かわせた。それを先頭に、大きく扇状の隊形を組むよう指示を出す。そうしてレーダーで網を作り、その中に捕らえようというのだ。尤も、その展開には時間がかかったが――まあ、それも想定した範囲で収まっている。


 とはいえ――だ。


(問題は、敵がこの針路を取っているかどうか分からないということだ)


 恐らく、敵の目的はクラッコウの宇宙港だろう。今やその周辺には同盟軍の艦艇がひしめき合っている。その偵察を兼ねて妨害工作、果ては港内にあって抵抗できない内に攻撃に打って出たとしてもおかしくはない。でなければ前線からこれほど離れた星系に攻撃など仕掛けない。


 が、敵の目的がそれ以外にあるのなら、当然話は変わってくる。例えば、この目立つ攻撃行動が陽動で、敵が実際にはこちらを迂回し量子ゲートなどに向かっていれば、この針路は取らない。反転して、第四惑星のそこへ向かう。


 また、敵の攻撃が敵自身にとって予期せぬものであった場合も、敵は反転する。その場合寄り道はせずに離脱してしまうだろう。当然、無駄足となる。


(敵も自分から攻撃した以上、侵入がバレたことは分かっているはずだ。だとすれば素直に離脱するか、警戒網が整う前に攻撃を図るはず――!)


 そして、彼の勘は後者であることを示唆していた。偵察だとすればあまりに行動が派手だ。初めから抵抗されるのは想定の上で、それを乗り越えてくるつもりに違いない。


 だとすれば恐らく、単艦でもあるまい。


 群狼戦術――Uボート時代から綿々と伝わるそれを使ってくるに違いない。


(あるいは、その裏を搔いてくるか――)


 ふと、エーリッヒはデータリンクの画面を見た。次々に惑星軍のエンハンサー隊が発進して、宇宙港の周辺を固めている。だが展開が遅い。数も充分とは言えない。一瞬、命令を無視して戻るかとすら考えた。これだけ探しても敵は見つからないわけだし。


「…………?」


 が、そうしてデータリンクを注意深く観察していたエーリッヒは、その中に違和感を覚えた。敵の侵入者へ意識が統一されている動き――の中に、異物が紛れ込んでいる。


 気がした。


 というのは、大半の機体が宇宙港から離れるような動き――そうでなくてもその外側を向く動き――をしているのに対して、その反応は、反対に宇宙港に向かっていくものであった。


 いやもちろん、広く展開していたのを引き戻された部隊は宇宙港に戻ってくる動きをするだろうし、実際そういう動きをしている部隊は他にもあるのだが――目の前のそれだけは、どうにも腑に落ちなかった。


『大佐殿?』アルモンダが不審そうに声を出す。『どうされました?』


「いや――アレは、変だと思わないか?」


『アレって……どれです?』


「分からないならいい――取り敢えずついてこい。一機で動くわけにもいかない。」


 エーリッヒはその推定味方機の予想針路に機体を向かわせた。お互い向かい合う形だから、あっという間に距離は詰まっていく。レーダー反応は取り敢えず四つ。データリンクと一致。四機のエンハンサーだった。


(『ロジーナⅢ』……の、G型? G‐13か?)


 程なくしてヴィジュアル・センサーに捉えられた外見はそう見えた。特徴的なのは真っ黒の塗装の首筋付近にだけ赤い敵味方識別塗装。それはドニェルツポリ軍情報部特殊部隊「レッド・スカーフ」のものであろう。


 が、どうにも変だ。そんな精強な部隊がいるなら、航宙管制は喜んでそれを探索に出すだろう。それに、「レッド・スカーフ」がこんなところにいるというのもおかしい。彼らは前線の後方――この場合は敵の、である――にいるはずで、クラッコウなんてこちらの後方にいるというのは考えづらい、まして任務中という出で立ちで。


 が、確証は持てない――常に例外というものはある。何か状況が少し違うのかもしれない。データリンク上では違和感があるけれど、更に上層から別の指示が出ているのかもしれない。ならば管制官に問い合わせるか? ……いや、戦闘なら既にビームライフルを撃ち合っているような間合い。残念ながらそんな時間はもうない。が、敵がビームを撃ってきていないというのもまた事実。IFFも異常なし。


 だが、何かが変だ。


 何か、見慣れない。


 違和感が――あった!

高評価、レビュー、お待ちしております。

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