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第287話 フォウニー・ウォー

 とはいえ――エーリッヒが編成を急ぐ必要は、それほどなかった。


 端的に言えば、戦線が膠着状態にあったためである。


 その「膠着状態」というのは、大抵の場合は前線での激戦によってそれが辛うじて維持されることがほとんどだが、この場合はそうではない。


 小競り合いと偵察合戦以外は何も起こっていない。


 フォウニー・ウォー、である。


 国際法上はお互いが戦闘状態にあるのだが、各種事情によってその直接対決が妨げられている状態である。


 帝国軍は緒戦以来の攻勢で疲弊した軍の再編に追われ。


 同盟軍は緒戦以来の防戦で消耗した物の輸送に追われていた。


 要するに、両軍とも戦闘する余裕がなかったということだ――帝国軍の艦隊は進軍速度を重視した戦略の代償として艦隊戦力は全く補充という停止を受け付けなかったし、一方の同盟軍艦隊は当初予定されていた弾薬や燃料の備蓄を使い果たしていた。それがお互いに補給と輸送合戦を招き、その妨害合戦をも引き起こしたわけだが――それは既述の通りである。


 いずれにしてもその原因は、戦前の甘い想定だ。


 これは宇宙時代になって、初めての大戦だったからである。


 総力戦、という言葉は知っていても、それの何たるかを誰も知らなかった。


 総力、という言葉は知っていても、それの何たるかを誰も知らなかった。


 戦、という言葉は知っていても、それの何たるかを誰も知らなかった。


 それは全て――国家が動員し得る有形無形の手段と資源を全て使用してようやく成り立つ怪物的現象であるのだが。


「問題は、」ポラシュカ連邦大統領が言った。「その全てにも限度があろう、ということであります」


 地球本星はパリで開かれた国際会議の席に座るシャーロットには、次に彼が何を言うのか想像がついた。彼が彼女の方を向いてそう言った、というのもあるが、あの戦争以来、ドニェルツポリ共和国大統領はその言葉を言われ慣れているからだ。


「確かに、」彼は続ける。「国土の全てを支配されてしまっているというドニェルツポリ共和国の現状には同情を致します。我が国としても、隣国として常に犠牲者に対して哀悼の意を表してきました。ですが、この十年間、ドニェルツポリ共和国が我が国に対して、そして他の国に対しても加害者であったということを考えるならば、かの国の政策については異を唱えたい」


 そう言って、彼は着席し、発言権を議長である地球連合国大統領に返す。横暴が目立った前大統領とは対照的に協調的なこの男は、あっさりとその政治的なステートメントをまとめてみせた。


「つまり、ポラシュカ連邦としては、かの海賊政策を中止すべき、ということなのですな?」


 この十年間。


 それはドニェルツポリ共和国にとって屈辱と混沌の時代であったのだが、それはただ一国の器に収まりきる災厄ではなかった。一国が不景気になれば、隣接する他の国にも影響は出るし、それが治安悪化を呼ぶならば、犯罪組織はただ一国の中で収まりきらないネットワークを介してそれを広げるだろう。


 ことに、武器の横流しから始まる海賊問題は所謂「ドニェルツポリ症候群」の中でも最大の症状であった。命を懸けたことへの報酬を払えなかったドニェルツポリ共和国は、それに対する自力救済がブームになったわけだ。


 即ち、解体業者から密売された艦船や兵器を使っての商船の襲撃である。


 かつてのように国内で政治的テロに使われるのはまだ可愛い方で、何故ならそれは国内に対する不満であるから国外に対してそれが行使されることはほとんどないからであるが、こちらの方はそうはいかない。


 ドニェルツポリ共和国内を通る船舶はほとんど見境なく攻撃された――あらゆるクラスの、あらゆる国籍の船舶が、である。


 手口としてはEFマストを折るか重力機関を破壊して輸送船を停止させる。当然それはビーム兵器やミサイルが使用されるからそれだけで多くの死人を伴うし、酷いものでは荷物だけ頂いたら口封じに輸送船を破壊することもある。


 いずれにしても、民間船舶が襲撃を受けるという事態はどの国にとってもドニェルツポリ共和国との交易を再考させるに足るものだったわけだが……問題はここからだ。


 ドニェルツポリ共和国は、再びの開戦に際して、その海賊に私掠船免状を与えた。


 古き良き帆船の時代を思わせる話だが、これは宇宙時代の第一次宇宙大戦期に起きたことである。


 内容としてはこうだ――プディーツァ軍関係船舶を襲撃する限り、一切の略奪行為や戦闘行為、及びそれに付随する一切の違法行為を放免する。


 無論、これは亡命政府から発せられた大統領令であり、議会の承認を得たものではない。が、議会が占領され開会できない以上それを憲法上の緊急事態として、事後承認を得ることを条件にこの命令は効力を得た。


 とはいえ、それは言うまでもなく犯罪者にお墨付きを与えるということでもあった。それを、ポラシュカ連邦大統領は言ったわけである。


「それで、」地球大統領はそれに続けて言った。「ドニェルツポリ共和国大統領。貴国の立場としてはどのようにお考えか」


 シャーロットは、実のところ、この大統領令は失敗だったと考えていた。自分で出しておいて何を今更、という話だが、参謀本部がどうしてもと強硬に主張をしたのでやむを得ず許可をして出したという経緯があった。無論、大統領令であるからには責任は自分にあるが――こうまで大きな問題になるとは考えていなかったのである。総力戦とはそういうものだと判断していた。


 故に、彼女がマイクを手に取る動きは遅かった。言いたくはないのだが、言わなければならないときというのは常にあり、今がそのときだった。


「我がドニェルツポリ共和国としましては、このような言説をされることは誠に遺憾であります。国土の全てを失い、戦前以来縮小を余儀なくされてきた国防艦隊も一部が取り残されている以上、我が国として取れる軍事的戦略を取っているに過ぎず、それに対しては何ら干渉を受けるべきものではないと考えます」


 ざわ、と議場が俄かに温度を上げた。当たり前だ、とは感じていた。要するに自分は悪くないから黙っていろと言ったわけである。だが一度出した大統領令を他国から言われた程度で引っ込めては後々差支えがある。それに、軍事的にも全くメリットがないわけでもない――だから受け入れられると思っていたのだが。


 そう考えていると、地球大統領の後ろに座っていた男が一歩前に出て彼に耳打ちをした。すると地球大統領はこくりと頷く。発言を認めたということだった。


「失礼ながらドニェルツポリ共和国大統領閣下」彼は軍服を着ていた。「純軍事的な立場から一つ申し上げてもよろしいでしょうか」


 その強く張られた胸にはいかにも厳めしく輝く勲章類が並んでいる。同盟軍統合作戦本部長官である。地球軍の参謀本部の参謀総長だったのをそっくり昇格させたので、地球大統領の後ろにいたわけだ。シャーロットは彼に言う。


「どのようなことでしょう?」


「我々同盟軍は現在物資の補給段階にあります。その中で搬出入される物資はは来るべき攻勢作戦のために貯蓄され、将来的に消費される有形資産であります。ここまではよろしいでしょうか」


「無論です」


「ですが、今貴国に割り当てられている物資の一部は貴国艦隊の再建のためには使われていない。それらは長距離挺身艦によるモグラ輸送を通して海賊艦隊に横流しされている。これでは作戦開始時期が貴国のために遅れ、敵に先手を取られる可能性を上げるでしょう。それは統合参謀本部としては看過できない事態であります」


「横流し、というのはこちらとの見解の相違であると私は考えます。現に物資をそのまま彼ら宇宙海賊と呼称される集団に流しているわけではなく、多くは装備の更新によって必要なくなった機材等を輸送しているに過ぎません。我がドニェルツポリ共和国としては、これは各国に与えられている裁量権に基づいた適切な軍事活動として認められるべき範疇であると考えます」


「しかし、それは言葉尻の話でしょう。失礼ながら大統領閣下。私は実利の話をしています。彼らに支援をしてみせたところでそれが現実にいかほどの利益になるのかということを話しているのです。費用対効果というものがありましょう――彼らに送る分の資源を長距離挺身艦隊に送れば、より大きな成果を上げてみせることでしょう」


 失礼ながら、と言って本当に失礼な言い方をする人間を、シャーロットは初めて見た。彼女は何とか胸の内に沸き起こった憤りを抑えると、その葛藤を表には見せずに言った。


「失礼ながら付け加えさせていただくならば、彼らの消費する資源は、その多くを敵からの現地調達に頼っています。無論、それが毎回成功するわけではないからアナタ方が嫌うような補給も必要ではありますが、その消費量は微々たるものに過ぎないということなのです。また、長距離挺身艦隊にエンハンサーなどを送ったところで意味がない。適材適所というものがありましょうが?」


「ですが、彼らは最早プロではない。彼らを信用するのは危険だ」


「民兵組織がいつから国際法上違法になったというのでしょう。一定の条件さえ満たせば、問題なく活動できると私は参謀本部から報告を得ています。それに、長距離挺身艦隊にできないことが海賊艦隊にはできている。より深く、より遠くの目標を叩くことができているのです。プロであろうとなかろうと、できるというのなら託すほか道はないでしょう。そして――」


 そう言って息継ぎをシャーロットがしたその瞬間、深い溜息が横合いから流れて、彼女の言葉を遮った。


「――エンラスクス大統領。その辺にされてはどうかね」デウッツェ連邦の首相が口を挟んだのだ。「確かに実利面で相応に効果があるという貴国の意見が正しいとしよう。我が国の参謀本部からの報告でも、敵の戦力が一定程度後方防御に充てられているというものがありました。しかし戦前からの犯罪者の手を借りるというのは我々同盟国としては受け入れがたいものがある。我が国とて、死人が出ていないではないし、その下手人がいるかもしれない集団に命運を委ねるのは到底許容できない」


「しかし、それは――」


「過去、とでもいうつもりかね?」また別の国の代表が口を開いた。「しかし貴国の海賊が犯した数々の罪は未だ時効になっていない。その賠償についても、充分に為されているとは言い難い。ならばこれは現在進行形の事象でありましょう。我らという同盟は、法と秩序によって支配される世界のために存在している。その違反者を庇うようなことは慎まれるべきだ」


 野次は起こらない。それはそうだ、国際会議の場ではそんな野卑な行いは起こらない。しかしシャーロットには議会からの突き上げを受けているような心持がした。そこら中に座る男女様々な国家元首が全てドニェルツポリに敵対的なことを言っている。無論、彼らとしても仲間に引き入れるつもりではいるのだろうけれど、だからといって現状の問題を全てないものとして扱うことはできないということだった。


 どうする――無論、ここで海賊政策を引っ込めてしまうのは簡単だ。それに、海賊艦隊にしてもこれまで戦ってきた以上プディーツァの軍門に下るなんてことはあるまい。今まで通りプディーツァ軍の妨害を行い、そしてそれは先細っていくだろう。戦争が終わるころには丁度一つの国際問題が解決しているという寸法だ。実に合理的な判断である。


 しかし、それはできない。シャーロットは顔を上げる。


「最後に一つ――よろしいでしょうか」


「構わない」地球大統領は言った。「しかし、何を?」


「そもそも、どうしてこうまで我が国で海賊が生まれたのか、ということを――話させていただきたいのです」


「それは貴国がだらしなかったからだろう。いくら敗戦国とはいえ戦後処理が雑だったから」


「それは――」シャーロットはどこかの国の代表の言ったその言葉に一瞬詰まった。「そうでありましょう。我がドニェルツポリ共和国は、国際的な監視団がなかったとはいえ軍縮に伴う兵器の処分に誤った手段を用いました。確かにそれは一因ではあります。しかし、」


 しかし、それだけではない。


 あるべきものがないからだ。


「しかしながら、兵器の横流しというのは、悪徳業者単独で実行できるものではありません。横流しされる相手がいて初めて成り立つ犯罪です。その相手というものの正体は何か? ……それは退役軍人であり、先の戦争の結果に不満を持った極右勢力です」


「それも、」今度は地球大統領が言った。「戦後処理の失敗が招いたことでは? 責任は貴国にある」


「ええ。その通りです! ……我がドニェルツポリは失敗しました。戦争に負けたというだけで全てを片付けるつもりなどありません。責任を取る、そのために我々は海賊を支援する必要があるのです」


 今度こそ、議場はざわめいた。何を言っているのか分からない、いい加減にしろ――そんな野次すら生じた。議長たる地球大統領はそれを諫めようともしない。彼の内心もまたその流れに沿っているのだろう。


「私たちドニェルツポリ人は、」それでも、シャーロットは立っている。「その失敗というのは、敗戦したからと言って命を懸けて戦った者や身を粉にして働いた者たちに何ら手当をせずただ放逐したことにあります。ありがとうとも言わず、ただ追い出し、見捨てた。そのことが我々の失敗であり、罪であると考えます」


 ――故に、その過ちを繰り返すことは許されない。


 今度は見捨てない。


 そんなことを、許してはならない。


「我々は、故に、海賊艦隊に対しての支援を続けます。国のために戦う彼らに援助を送ります。無論、我が国に許される裁量権の範囲であり、他国に別途支援を要請するようなことはないことを誓約いたします。必要ならば、文書にしても結構。何かご質問はありますでしょうか」


 議場はついにシンと静まり返った。毅然とした視線がジロリと辺りを見渡して、それに対抗できずにそこに集っている各国代表はちらちらと互いの様子を見るように視線を動かした。彼女の言ったことは結局人情論――国際政治では許されるものではないのだが、しかし原因をよく言い当てたものでもあった。そして、この世のあらゆるものは結局人間がどう感じたいかというものを反映してできている。それが倫理というものであり、法にしろ政治にしろ、それなしには成り立たないのだ。


「では私から一つだけ」その中で、地球大統領が静かに言った。「貴国の事情は理解しました。ですが、結局のところ彼らが国際的な被害をもたらしている犯罪者であることには変わりはないのです。それに対して何ら補償をしないというのは、これもまた問題であると考えますが?」


 そう、そして倫理、悪い言い方をすれば感情論でしかない以上、その問題は何ら解決されていない。戦争のためだからと犯罪者の手を借りることをよしとするべきなのだろうか、という課題はまだ終わっていない。


 しかし、シャーロットは答えを用意していた。


「それについては、戦後、支援の代償として身柄を引き渡すことで合意をする予定です。無論、全くの見返りなしでは不可能でしょうから、減刑はすることになりましょうが……賠償に関しては、我がドニェルツポリが全面的に支払うことをお約束します」


 地球大統領は、眉一つ動かさなかった。ただ一言なるほどと言い、議場が静寂を取り戻して、それを維持していることを再確認したようだった。あるいはそこに異論があるのかどうか、確かめているようだった。


「では決を採ることとしましょう。」それから、静かにそう切り出した。「ドニェルツポリ共和国の海賊政策に対して反対の方は挙手を」


 疎らに手が挙がる。どこの国の代表かを見れば、やはりドニェルツポリ共和国の隣国や大規模な海賊被害を受けた国々だった。彼らからすれば当然受け入れられるものではない。


「では、賛成――支持はしなくとも、少なくとも反対ではない国は挙手を」


 しかし、それが疎らであるということは、その反対であるこの言葉に従う国々の方が多く、何なら圧倒的であることを意味していた。ズラリと議場に花が咲いたように、賛同の手が挙がる。


 それを見てシャーロットは内心、胸を撫で下ろしていた。どうにか、参謀本部の要請に応えることができた。武力で国を追われ支持基盤が脆弱となった彼女にとっては、たとえ軍の一部局に過ぎないそれであっても、見放されればそれだけ求心力を失う結果に繋がるのだ。


 見捨てれば、見捨てられる。


 これはそういうことだった。


 彼女の掻いた冷や汗に、誰も気づかない。そして地球大統領は語り出す。


「それでは、議題について承認されたものとして議事録に記録します。それでは、次の議題、『最大多数の最大幸福』作戦について――」

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