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第280話 ガシムリャマ星系の戦い

 ジビャから前線近くのダーマ星系の補給ハブまでの補給路を通る輸送船団は、一個分艦隊規模の巡洋艦と駆逐艦に護衛されていた。宙母や戦艦を伴わないのは、護送に特化させた編成になっていて、それらを他の戦隊に明け渡しているからである。


 護送、と言っても、しかし、何から船団を護衛すればいいのだろうか? いや、無論、敵ではあるのだが。


 問題はどの敵かということだ。慣性の法則の天国と言える宇宙においては進み続けることは確かに可能である。そうして目的地点に辿り着いて攻撃してくるのだ。だとすれば前線など存在しないはずだ。お互いが根拠地後方に殴り込みをかけ続けることになろう。


 しかし、そのような敵は、本当に存在するのだろうか?


 敵にしてみても、攻撃をした後は引き返さなければならない――補給を受けなければならないのである。そもそも星系をまたぐほどの距離を航行するための超光速航法は、それを使えば重力燃料が著しく消費される。量子航法にしても程度に差こそあれ大凡同様。時空間抵抗に抗うためにEFマストは常に最大出力であるし推力も最大である。当然それだけ機材に負荷はかかり、到着即戦闘というわけにはいかないのだ。


 そして艦は誰が動かすのか? ……当然、人である。人間が生きるには空気と水と食料と娯楽が必要である。それらの補充を考えれば長距離侵攻などは専門の艦を除けば合理的とは言えない。


 故に宇宙空間にあっても航続距離は存在する――敵側のそれが届かない範囲が、前線の後端というわけである。


 では尚更問題は深刻になる。その条件下において後方で警戒すべき敵とは何か?


「レーダーに感!」中継地点のガシムリャマ星系に到着したときのオペレーターの叫びを聞けば、その答えは分かるだろう。「海賊です!」


 宇宙海賊――すっかりそれは旧ドニェルツポリ共和国宙域の名物となっていた。


 元はと言えば、プディーツァがドニェルツポリを屈服させ、その兵器群の大半を放棄させたことに端を発する。ドニェルツポリ共和国政府はその兵器の解体を民間の業者にも発注してどうにか終戦条約を履行しようとした。


 問題はその業者、そして国民感情にあった――一部の悪徳業者はそれを書類上でのみ解体し、実際には退役軍人などで組織された非公式の軍事組織に横流ししていた。これが国内でテロや海賊行為に手を染めていたのである。退役軍人であるから、軍も同情的な部隊があり、鎮圧しきれていなかった。


 しかしながらそれらの組織は、主張についてあれこれ相違はあれども、反プディーツァという一点では一致していた。再び彼らの祖国に牙を剥いたプディーツァに対して、彼らは今まで「無能なるノヴォ・ドニェルツポリ政権」に向けていた矛先を転換したのである。


「――全艦戦闘配置!」船団司令官兼旗艦「キーロフ」艦長ノンビラ・チャリング大佐はそう叫んだ。銀髪で皺一つない年齢の彼女は、既に艦橋の艦長席で宇宙服のバイザーを下していた。「数は!」


「駆逐艦二隻、巡洋艦二隻! ……待ってください、エンハンサーの反応もあります! 数、八!」


 エンハンサーの数からすれば、宙母を伴っていないのは間違いない。そんな高級装備を持った海賊は少ないし、それなら最初からエンハンサーだけをよこすだろう。


 であるならばこのエンハンサーはデサント――正規の母艦を持たず本来偵察艇を乗せるスペースに無理やり押し込まれたエンハンサーであろう。対艦装備などという大掛かりなものは持っていないはずだ。


(問題は、)ノンビラは逡巡する。(輸送艦には全く装甲が存在していないということ――敵機のビームライフル風情でも致命傷になる)


 だとすれば敵の狙いはこうだろう。少数ながら無視できない数の宇宙艦でこちらの護衛戦力の注意を惹きつけ、その隙にエンハンサー隊を飛び込ませ、輸送艦隊を壊滅させる――実に巧妙な戦術だ。


「ルヴァンドフスキ少佐を呼びだせ」しかし、それならこちらにも策はある。「奴は今どこに⁉」


 ノンビラがそう言うと、そのとき艦長席の受話器が鳴る。それは上げることで宇宙服の無線と連動する仕組みになっている。彼女はそれを予感と共に手に取り、「艦長だ」と言った。


「そろそろお呼びだと思いまして格納庫にいました。ご命令を」


 要するに星系へ到着するタイミングで待機していたということだ。光速移動中は接触できない以上、加速か減速したタイミングしか敵は狙えないのだから。ノンビラは言った。


「出撃だ、少佐。貴様のエースパイロットとしての力、見せてもらう」


「御意に」


 それは実際にはエンハンサーの機内から発せられた声だったようだ。返事が来てすぐエンハンサーの鋭いシルエットが艦橋の横すれすれを飛び抜けていく。推進の余波が分厚いはずの窓をがたがたと揺らした。それほどしか離れていなかった。艦橋が騒然とする。


「奴め、」ノンビラは溜息を吐いた。「戯れている」


 それから遅れて、彼の僚機が三機「キーロフ」後部の甲板から跳ねて発進する。彼らは先行したユーリ機に向けて直進したようだ。艦橋を揺らされることはない。


「さて――」ユーリは()()コックピットで首を鳴らした。「各機、聞こえるな?」


『セー特技兵、問題なし』


『ミンハラ特技兵、聞こえます』


『な、ナックス特技兵。います』


「よろしい。敵は二倍だがこちらは機体がマシだ。一撃離脱で殲滅する。ただし最大出力は使うな。生憎と我らが母艦では整備がほとんどできないのだからな」


 そう言って、彼は推力を全開にした。「ディッカー・マックス」とは()()鋭い加速が彼の意識を一割程度奪う。すぐにそれを取り返した彼は、ぐんぐん近くなる敵の「ロジーナⅢ」が真正面切って突撃してくるこちらからの回避運動を取るのを目撃した。惚れ惚れするほど見事な乱数機動。流石は元軍人たちである。しかし彼は照準を合わせた。今日の得物はマークスマンライフル。旧式程度は一撃で消し飛ぶ。


「落ちろよ!」


 発射の瞬間、敵機は反対に舵を切り返した。なるほど惹きつけての回避というわけだ。事実それで致命傷は避けられた。ユーリの射撃は敵機の右肩を撃ち抜いてスピンに入らせただけで、彼にそれを追撃する余裕はなかった。そうすれば他の敵機に捕捉されるからである。だが戦闘不能ではあろう。編隊に空いたその穴に彼は飛びこんでいく。


(抜けた……!)そして振り返る。(アイツらは?)


 すると、ついてきているのはたった二機だった。三機であるべきだった、ということは一機取り残されたのだ。見るとカミュ・セーの機体が別の方向に行っていて、複数の敵機に組みつかれているところだった。恐らく敵機を深追いして離脱に失敗したのだろう。


「手間をかけさせる……!」


 ぐい、と取って返すと、僚機にはハンドサインで船団に向かう敵機の追撃を命令した。彼らに敵を足止めさせている間にカミュを救おうというのである。


「セー特技兵!」ユーリは命令した。「右旋回だ!」


『!』


 それは背後の敵機から必死にもがく彼女にも聞こえたようだった。迷うような機動が突然精彩を取り戻して敵機は外へ一瞬押し出される。ユーリはその背後、咄嗟にその遅れを取り戻そうとする動きの先に照準を置いた。しかし敵機は自分の軌道が死神への衝突コースだということにすぐ気づいたようで、切り返して離脱した。ユーリの攻撃機動は空振りになって、もう一度切り返してくる敵機に絡まれる。


「よくやる……!」


 するとユーリは背面のハードポイントに装備された「それ」を動かした。「それ」は母機から切り離されるや否や、慣性から取り残されて後方へ流れる。しかし敵機はそれに衝突することはない。鋭くスラスターを吹かしてその物体を回避すると、射線にユーリ機を捉え――直撃。


「かかった」


 したのは、敵機の方だった。背後からの一撃は「ロジーナⅢ」の装甲の薄弱なポイントを射貫いたのだ。きっと、敵には何が起こったか分かるまい。経験の厚いパイロットであればあるほど――ましてそれでいて現役の軍人ではないパイロットであればあるほど、「それ」の一撃をかわすことは困難になるのだ。かくして敵機は主を失い炎上しながら虚空へ消えていく。


「!」


 だが、問題は解消されていない。ロックオン警報。その根元であるミサイルを急旋回で振り切りながら、ユーリは二機がまだこちら側にいて足止めしていることを理解した。残りの四機はギョームとペトロによって妨害されてこそいるが、あの二人の技量では早晩離脱しきれなくなって組打ちになるだろう。そうなれば「ロジーナⅢ」の天下だ。まして相手に経験上の利があるなら。


 要するに時間はかけていられない。ユーリは覚悟を決めた。


「『トーテンコップフ』……」外装神経接続を介して、そのプログラムを呼びだす。「起動!」

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