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第28話 やれることをやる

 ユーリたちが機体から降りると、そこは捕虜で満載だった。彼らは項垂れたような状態で一列に並んでいる。それがここに来た直後のユーリたちの姿と重なって、ユーリは少しだけ、よくないとは思いながらも胸がスッとするようだった。


「そりゃ、ああなるよな……」


「何だよ?」


 振り返ると、丁度ウジェーヌも降りてきたところだった。ヘルメットをもう脱いで若干毛先が伸びた丸刈り頭を撫でていた。


「だっていきなり襲われたんだぜ? それで降伏したら宙母どころか輸送艦でやんの。がっかりもするんじゃないか」


「……相変わらず性格悪いな……ほれ」


 苦笑い半分、ぐらいの表情でウジェーヌはユーリにドリンクパウチを差し出した。スポーツドリンクのラベルの貼られたそれを、ユーリは受け取る。


「ありがとう」


「取りあえず、さっさと服着替えて体拭こうぜ。疲れちゃった」


「だな――」ユーリはわざと、作業に没頭しているらしいルドルフの方を見て言った。「こんなこと、さっさと辞めたいもんだ」


 それから、パウチの中身を啜る。爽やかな塩と砂糖のマリアージュが緊張でねばねばする口の中に広がって、少しだけくさくさとした気分が落ち着いた。


 それから少しだけ話して二人は歩き出した。捕虜の列の横を抜けて、艦内行きのエアロックへと向かう。


「――ユーちゃん!」


 そこに、もっと爽やかな声が響いた。シャーロットが丁度そこにいたのだ。手を振ってこちらに近づいてくる。


「シャーロット!」しかし、ユーリは焦った。「何しているんだ、こんなところで。民間人は入っちゃダメだったら……」


「でも、起きたらユーちゃんがいなくて寂しかったんだもん。そしたら出撃したって聞いて、いても立ってもいられなくて……」


 そこまで言うのが、彼女の瞼という堤防の限界だったらしい。彼の胸の中に飛び込むと、すぐさま大粒の涙を空中にばらまいて、ひっくひっくと泣きじゃくり始めた。


「お熱いですな?」


「……君な、人に言う割にはそっちも大概だぞ」


「いやいや、事実を言ったまでで」


 確かに一面だけ見れば事実なのかもしれなかったが、彼女の普段を知るユーリにとってはそうではなかった。もちろん平素の彼女も大概感情の緩急が激しいところがある女性だったが、かといってそれは明るい方向にであって、この場合明らかに幼児帰りしているのである。


 あまりいい兆候とは思えなかった――何かできるわけではないにしろ。


(だがいつまでも戦争をやっているわけじゃないんだ。だから、いずれは……元に戻る、はずだ)


 そう考えることにして、ユーリはシャーロットを庇いながら歩みを進める――そのときだった。


「~~~! ~~⁉」


 何と言っているのか分からない叫び声が後ろから聞こえて、ユーリは足を止めた。


(プディーツァ語……⁉)


 振り返ると、ユーリの直感は当たっていた。捕虜が一人、並々ならぬ形相で先ほどの文言を繰り返しながら、ふらふらと列から離れてきたのだ。


 ユーリは咄嗟にシャーロットを抱きかかえて庇った――が、ユーリはそれ以上のことをしなくてよかった。側の兵士は事態に気づくやすぐさま床に組み伏せてしまったからだ。それでも捕虜はドタバタと抵抗していたが、二人係で押さえつけられてしまえば、それ以上のことはできない。


「――ダメだ、ちょっと待ってくれ!」


 しかしそのとき予想外に、ウジェーヌが反応した。ユーリが大捕り物もあって呆気に取られている間にその脇をすり抜けて兵士を離れさせようとした。


「何をする!」


 兵士は乱入者にも同じやり方で対応するが、ウジェーヌはそれでもめげずに食らいついた。


「そんなやり方じゃダメだ、彼は混乱しているだけなんだから……」


「何の話だ、どうして分かる!」


「アンタこそ、プディーツァ語が分かるのか⁉ これは戦闘神経症ってやつだよ、あのシャーロットって子が自分の子に似てたからだろ!」


 その言い様には鬼気迫るものがあった。兵士もそれ以上は食い下がれなかったらしい。その隙にウジェーヌは、目を白黒させる捕虜に静かに知らない言語で話しかける。しばらくすると落ち着いてきたのか、捕虜も暴れなくなって兵士も静かに彼を立たせることができた。


 ユーリはそれを見ることしかできなかった。ウジェーヌが戻ってくるまで止まっていた。


「待たせたな」


「あ、ああ……」どう聞いたらいいのだろう。無難を探してユーリは口を開いた。「プディーツァ語、話せたんだな」


「うん……プディーツァ人、だからな」


 しかし無難とは真反対の返答に、ユーリ(と、正確にはシャーロットも)は絶句する以外なかった。「まあ、そういう反応になるよな」と言いながら、ウジェーヌは続ける。


「親の仕事の都合でプディーツァから引っ越してきたんだよ。でも生まれはプディーツァで……実際親戚も多くそっちにいる。今は俺が寮にいるから、どちらにせよ会えないけどな」


「それじゃ、君は自分の国と戦っていることになるんじゃないのか。そんな残酷な……」


「弾は国籍を選んじゃくれないだろ? それどころじゃないってだけさ」


「だとしても……」


「言うなよ、」そのとき、ウジェーヌはユーリを追い越してエアロックに向かった。ユーリは彼についていく。「もう決めたことだ。それに、十年もこっちにいれば、人生の半分を越しているわけだろ? あんま深く考えるなよ」


「十年……」その年号ははっきりとした意味合いがある。「なら君は、国境紛争のときこの国にいたのかい?」


「そうだと言ったら?」だが、ウジェーヌは振り返って目を吊り上げた。「同情でもしてくれるのか?」


「そういうつもりじゃあない、でも、酷い目に遭わされたんじゃないかって……そう思ったんだよ」


「それが同情でなくて何だと言うんだ? ……そりゃ、酷い目に遭ったさ。そりゃ何度も! だからこうしているのはおかしいと言うのか?」


「それは違う……」


「だろ? だから何も言うなよ。できることをやるだけって、そう言ったものな?」


 そのとき、ウジェーヌは前を向いてしまった。


 だから、ユーリはウジェーヌがそのときどんな表情をしているのか分からなかった。ただどこか背中が小さく見えて、悲しく感じられたことだけが妙に気にかかって、それでも言うなという言葉が彼の口から言葉を奪った。


「待ってよ」


 だから、その言葉を発したのは彼ではない。ずっと黙っていた、シャーロットだ。


「……何?」


「だったら、まだできること、あるでしょう?」


「よせ、シャーロット……!」


 だが、彼女はここ最近にしては珍しく強情だった。


「さっきの人、辛そうにしてた……怖かったけど、それって向こうだって言葉が通じなくて怖いってことじゃないの? それを、ウジェーヌ君なら何とかしてあげられるんじゃないの?」


 立ち止まったウジェーヌの肩がピクリと動いた。表情は見えない。その状態が三秒続いてから、しかし彼はゆっくり時間をかけて振り返った。


「……考えておくよ。今はまだ、それぐらいにしておきたいんだ」


 そう言って、ウジェーヌは先に行ってしまった。その背中は小さくもなければ大きくもないようにユーリには見えた。


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