第274話 機動戦闘
「チッ」が、当のユーリはそれどころではなかった。「これでは動くに動けんな」
彼は逃げ切るために最大出力を一時的に使う必要に迫られた。単純に、素の状態の「ディッカー・マックス」は重すぎるのでガタのきている「ロジーナⅢ」の改修型相手でもそうそう振り切れはしないのだ。
とはいえそれでエンジンに問題が出たわけではない。
問題は、背後の敵から離脱した、のと同時にこちらも敵をロストしたということにある。
「ディッカー・マックス」最大の弱点は、そのセンサー性能が原型機たる「ミニットマン」ほどには高くないことにある――機体が大きい分出力にも余裕はあるが、それでも「ロジーナⅣ」に毛が生えた程度。「Ⅲ」相手でも安定して優勢を確保できるわけではなかった。
だからユーリたちは今、見えない敵と戦っていた。一個大隊が追ってきていたのだが、それは今も追ってきているのだろうか? 仮にそうでないとすれば、どこへ行ったのか? それに対抗するには、どうすればいいのか――何ら情報がない。下手に動いて実際には最終軌道から類推して追尾されていたとなれば、現在の有利――敵に探知されていないということ――をタダで放棄することになる。かと言って動かなければそれは単なる遊兵であろう。
そして大きな問題が一つ。
動くとして――どう動くかだ。
データリンクで示された敵艦隊の動きは明白で、僚艦は無視して「アドミラル・アニーチャン=オニージェン」へ直進し、それを沈めてしまおうということなのだ。かといって対艦装備もなしにその戦列へ飛び込んだところで何もできないのは変わらない。その上そこには直掩エンハンサー隊が待ち構えているに違いない。そうなれば対空砲火との板挟みになる。しかしながら、反転して追尾部隊を叩くというのは、結局状況を一手前に戻すだけであって、あまりいい手とは言えない。
「――ルヴァンドフスキ大隊! 何をしている!」そこに、ヘルドの声がした。量子通信だ。「こちらは一個大隊規模から空襲を受けている! 速やかに戻れ!」
ち、とユーリは舌打ちをした。結局のところ、包囲の危険はなくなっていたわけだ――包囲しようとしていたであろう大隊は当初の予定を切り上げて母艦を叩きに行った。
無論、敵とて対艦装備があるわけではなかろうが……そこは、戦艦からの援護が見込める。観測データはエンハンサーからも取れるから、その精度は増す。
「了解、」とはいえこれで敵の動きは知れたわけだ。「ルヴァンドフスキ大隊にあってはそちらへ急行する」
彼は漫然と取っていた直進行動をやめ、母艦へと変針した。背後に意識を向けながら――しかし種明かしをしてしまえば、このとき追尾していた大隊はルヴァンドフスキ大隊の変針に気づいていなかった。だからただただ最終軌道に沿って前進するだけで、味方の動きから生じるはずの相互作用については意識を向けなかった。
故にユーリはあっさり母艦の防空権圏へ到達する――そこで繰り広げられていたのは虐殺に等しいものだった。
七面鳥撃ちという伝統的な表現が久々に姿を表した。
だが「アドミラル・アニーチャン=オニージェン」が誇る三個大隊が無理攻めをする一個大隊を駆逐しているのではない。
その逆――三個大隊が一個大隊に撃滅されている!
「チィッ」彼はスロットルを開いた。「消耗しているとはいえ不甲斐ない連中だッ」
一個大隊が三個大隊を蹂躙している、その原因は要するに後者の態勢が整っていないことにあった。彼らはルヴァンドフスキ大隊が後方で補給を受けている間も戦闘を続け前線を維持していたのである。燃料弾薬といった有形の資源はもちろん、体力や精神力といった無形の資源も尽き果てている。機数そのものも、減っている――そこへほぼ万全の一個大隊が突進をかけてきたのだ。勝ち目はない。
「邪魔だ!」
だが勢いに乗っている分背後はがら空きだ。早速反復攻撃をしている最中の一個小隊をユーリは捉えた。それは敵が有効に抵抗できないのをいいことに単調な旋回機動だけで構成されていたのだ。その無防備な背中に彼はライフルを一閃して貫く。胴体に空いた大穴から敵機は分解して花火のように散った。
「何ッ?」
しかしそれはそれこそ花火のように目印になりすぎた。その輝きに冷静になったマルコはデータリンクの情報がプロットされているレーダー画面から背後に新手が現れたことを知った。そして悪態を吐いた。味方大隊は敵を失探したのみならず取り逃がしたままにしたのだ!
「大隊各機! 後方に新手だ! 見えていないのか⁉」
注意を促すが、味方は動く気配がない。各中隊とも、目の前の敵に目を奪われている。何しろ向こうはこちらの三倍いる。ただ叩くだけでも時間がかかろうというものだ。中途半端に叩いた敵に背を向けるのも怖いというのは理解ができる。復仇のために何をされるか分からない。
「ウェルズリー少佐! 離脱だ!」エーリッヒが叫ぶ。「一度離脱して態勢を……!」
それは一つの選択肢だった。少々の不利の間に逃げることでその後に来る圧倒的不利と甚大な損害を避けようということなのだ。損切りである――
「駄目だ!」しかし、マルコの答えは決まっていた。「それでは敵に合流する時間を与えることになる!」
「でも、このままでは……!」
「直掩一個中隊で新手を迎撃する! 各機ついてこい!」
――しかし、それは執着だぞ⁉
エーリッヒには、それが分かってしまった。後方の敵がさっき包囲しかけたあの部隊なのだとすれば、そこには「白い十一番」がいる。それを、彼だって分かってやっているのだ。でなけれぱ掌握できている全てとはいえ一個大隊に突っ込んで行きはしない……!
「向かってくる⁉」だがその選択はユーリを幾分か驚かせた。「正気か⁉」
しかもその挙動ががっぷり四つ、真正面へ向かってのものだったことは更に彼を驚愕させた。急激に近づく相対距離。手近な機体に狙撃を放つも動揺からか当たらない。軌道が交錯した瞬間、ユーリは離脱を図った。仕切り直しを――
「――見つけたぞッ」
そこに横合いから突進射撃。マルコが見つけた! ……ユーリは急旋回で際どくかわしつつ応射を試みるもこれはタイミングが合わない。射線に捉えるより早く敵機は彼の背後を通過した。
「チィッ……⁉」
そして強いられるように、旋回戦――ユーリはすぐさま機体のリミッターを外した。でなければこんな機体でそんなことをするのは自殺行為だ。しかし振り切るには全然足らない。たとえ「ミニットマン」でも手練の操る「ロジーナⅢ」を旋回一つで振り切るのは至難の業だ。ジワジワと旋回半径の内へ切り込まれていく。
「大隊長殿――ッ!」
叫び。そして速射。マルコはレーダースパイクを受けるや旋回方向を真反対に切り返した。狙いを外した光弾と共に敵機が抜けていく。一瞬、邪魔されたことへの怒りがその敵に照準を向けさせようとするが、「白い十一番」がこちらを向くのが見えた。急減速で射撃をやり過ごす。
「よくやった、ナックス!」しかし、攻守逆転。「後はコイツを食らえッ」
速度を減らしたのは間違いであった。それは一度敵の視界から消える作用こそあるが、次の射撃を容易にしてしまう――偏差量を少なくさせてしまう。動きの鈍った敵機などに、かわされるユーリではない。胴体へ刺さるよう照準し、トリガー! ……それは真っ直ぐ図ったように狙い通り着弾した。
そして爆発。
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