第273話 オクト・クラウン、反撃開始
「――ふん」待機室で仮眠を取っていたユーリは、警報に叩き起こされた。「ようやくか」
素早く傍においていた宇宙服を着込み、ヘルメットを被って格納庫へ行く。艦内放送は敵襲と艦内減圧を警告していたが、格納庫の側では何も用意していないのかまだ整備兵があっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。
「少佐!」後ろから声がした。カミュだ。「敵襲だというので……⁉」
「そうらしいな。しかも、敵さんこちらに真っすぐ向かってきているらしい。艦載機隊が占領地を守ろうと分散しているのがバレたかな、いやはや」
「笑いごとではないでしょう。この艦が沈められたら……」
「うん。少々マズいなァ。」
「マズいって……」
「だが仕方あるまい。こちらは対艦装備じゃないんだ。換装する余裕もない。無邪気に母艦を前に出した連中が呑気なのさ」
「ルヴァンドフスキ少佐!」そのとき、上から一人の兵が降りてきた。宇宙服にあるマークからすると航宙管制指揮所のスタッフらしかった。「伝令てす!」
「何か」
「航宙管制指揮官殿からです。速やかに対艦装備に換装、出撃し敵旗艦を撃退せよと……」
皆まで言い終わる前に、ユーリは溜息で彼の言葉を封じた。
「……ふざけているのか、あの馬鹿は⁉ そんな時間がどこにある。仲良く全滅する気か⁉」
「は、しかし命令は命令であります」
「そうかい。じゃあ貴様はクソのたっぷり詰まった便所に頭突っ込んでおっ死ね」
「は……⁉」
「とにかくルヴァンドフスキ大隊は現状の装備で出撃する。航宙管制指揮官殿にはそう伝えていただく」
「軍法会議ものですよ」
「生きていればの話だ」
そう言いながら、ユーリは自分の機体へと歩みを進めた。そう、生きていれば……だ。
ふん、とユーリは誰にも聞かれないよう笑う。もう間に合うものではない。対艦装備のないエンハンサーでは戦艦は止められないし、対艦装備にしていては迎撃の時間がなくなる。だからこの艦は急いで要塞の表面から離昇しているのだろうが、間に合うはずがない。対艦装備を欠く以上、前線の大隊も足止めできないのだから。
「さて、どう動くか……いずれにせよ痛い目には遭ってもらわねば困るのだがね」
ユーリはコックピットを格納し、機体に乗り込む。帰還したときから言い含んでおいたように、それは最低限の整備と補給だけで済まされており、すぐに出撃できるようになっていた。大隊の他の機体にしても、被弾してどうしようもないものを除けば、そのようになっているはずだ。
だから航宙甲板まではそれほど時間はかからなかった。が、データリンクで上がってくるレーダー反応からすれば、カタパルトを接続している時間はもうないと思えた。
「ルヴァンドフスキ機、このまま上がる!」
エレベーターが上につくや否や足のバネを使って上昇。それからスラスターを噴いて姿勢とベクトルを変える。ミサイルのコールドロンチと同じで、甲板とエレベーターを傷めないようにする措置だ。それから味方の集結を待つ間、レーダーとデータリンクを具に観察した。敵はエンハンサーを前に押し出したのを援護とする単縦陣。戦艦を中核として艦隊を組んでいる。
(だが――)
少ない。あのとき発見した敵艦隊はこの程度ではなかったはずだ。無論、全体像が見えているわけではないのだろうが……その先鋒であるとしても、少ない。まさか、あの襲撃で敵が壊滅したのか? ……いや、いくら何でもそれはあり得ない。やろうと思えばできたが、それをしなかったのだ、なったはずがない。
だとして、考えられるのは――
「――『ステガマリ』か!」
そのとき、砲撃の閃光が走った。その弾道は「アドミラル・アニーチャン=オニージェン」へ指向されていたが――際どく、外れる。だがそれと同時に、データリンクに浮かんでいた敵の影が消える。分艦隊外縁部を構成していたピケット艦が沈められたに違いない。これで敵の情報は全く入らなくなる。
しかし――ステガマリ。
バトル・オブ・セキガハラでシマヅ軍が使用したと言われる捨て身の戦法。
逃げる部隊の一部を本隊から切り離し、その部隊の犠牲の下残りの部隊は逃げ果せるという、半自殺戦法である。
「精々二個分艦隊というところか⁉ 死出の旅路には少々豪勢が過ぎると思うが⁉」
要は分散した一個艦隊相手に一暴れして、そちらに注意が行っている隙に本命を逃がそうというのである。そのためには、手近な進路上にある砦は再制圧しておく必要があるのだ。
いずれにしてもそのための第一射は放たれた。それもかなり正確に――ということは敵観測機は近くにいる。だとすればこの際後続を待ってなどいられなかった。スロットル全開。加速。
「ちょ、少佐殿⁉」
カミュの悲鳴を聞いている暇はない。急がなければ母艦ごと大隊が全滅する。スコープを砲撃の軸線上へ向け、敵がボロを出すのを待つ。完全な間接照準射撃なら観測機は敵艦と目標との一直線上にいて、それぞれとの相対距離と相対角度、相対速度を計測しているはず。だがその機体が完全静止していることなどあり得ない。僅かなエンジンの揺れ、操縦のクセ、何より近づきすぎないよう旋回するはずだ。そのときの光の反射を――今!
「落ちろッ」
ユーリはその瞬きに向かって照準し、引き金を引いた。瞬間激しい反動が彼の機体を揺らしたが――着弾観測――もう一度、ただし今度は大きな瞬きが光った。撃墜、でなくても行動不能になっただろう。
それを確認するには遠すぎる。ユーリはすぐさま機体を翻した。すると次々現れたレーダー上の光点が、彼に向かってその光を強引に投げ渡そうとしてきた。敵機が食らいついてきたのだ。射撃したことで敵から丸見えになった。
「少佐ッ」
が、その戦場を下から突き上げるように光線が走る。ユーリの大隊が今頃になって追いついたのだ。その先頭にはカミュの姿があった。そこからミサイルの航跡が数条走り――内一発が油断していた敵機の表面で炸裂、メタルジェットがその内部を掻き回す。
「よくやった、セー特技兵!」ユーリはくるりと機体を旋転させながら言った。「ではルヴァンドフスキ大隊、一度退くぞ」
「⁉ 何故です⁉」
「敵の方が数で勝る! こいつらにかかりきりになれば、別の大隊から包囲を受ける!」
ユーリは自らの後ろへ遷移しようとした敵機にすれ違いざま牽制射撃を加えて下がらせると、そのまま母艦の方向へ下がった。大隊長がいなくなっては置いていかれるという恐怖に、特技兵たちは敵いはしない。事態に気づくとすぐに踵を返して離脱した。乱戦になりかかった戦場は解け、相対距離が離れる。
「――逃げる⁉」マルコは舌打ちをした。「ええい、上手くやるッ」
隣接大隊が接敵したのを見て後ろに回ろうとした瞬間に魂胆を見破られた。側面に回ろうとしたウェルズリー大隊の前を嘲笑うかのように敵部隊は抜けていく。しかも真っ直ぐ追いかけられないようミサイルの置き土産。当たる間抜けはいないが速度は落ちる。現に隣の大隊はそれで下がった。
「こちら航宙管制。」マルコはその知らせに更に苛立った。「ウェルズリー大隊にあっては敵宙母へ直行されたし」
「何⁉ こちらウェルズリー少佐! それは承服できない! 観測機を食われる!」
「追跡は一個大隊でいい! それより敵宙母周辺に先程突破した敵エンハンサー部隊が集結しつつあると二号観測機から連絡があった。着艦前に撃墜しろ!」
無茶を言う……!
マルコは操縦桿を握り締めた。目の前の敵大隊の引き際は、幽霊大隊のそれであろうと思われるのだ。だとすればそこに奴はいる――だというのにこうまで邪魔立てされるとは! ……つくづく運に見放されている。
「……ウェルズリー大隊、了解。速やかに急行する」
マルコは湧き上がる怒りを何とか堪えて、スラスターを使って進路を変えた。敵機と並行する形で母艦へ直進するのだ。次第にデータリンク上の敵機は次々姿を消していき――完全にロストする。
「……クソッ」
完全に手がかりは失われた。二個大隊から逃げ果せたユーリ・ルヴァンドフスキの高笑いが聞こえるようですらあった。
高評価、レビュー、お待ちしております。




