第27話 襲撃
時は数時間前に遡る。
ロンシャン級輸送艦「シャティン」のブリッジは特に静かなものだった。そもそも「ルクセンブルク」のように戦闘に巻き込まれることが異例なのであって、輸送艦というのはそうならないよう敵が排除されたところに派遣されるものだからである。
「レーダーに感アリ。数、三」
だからレーダー手が静かにそう言った瞬間、その場にいた全員がそれを幻聴だと思った。
あるいは、思いたかった。
「デブリからのクラッターじゃないのか!」
「反射波分析……対艦ミサイル!」
「――全艦対空戦闘!」
「ダメです、電波妨害!」
何、と艦長は口に出していた。見ると、ホログラフ式のレーダーコンソールは前半分が電波をぶつけられたことにより真っ白に染まっていた。これでは機関砲すら動かせない!
「……クソッタレが! ヴィジュアル・センサーに切り替えッ……」
ろ、というだけのことが彼にはできなかった。
対艦ミサイルが積載量を優先した設計の輸送艦の薄い装甲を打ち破り、格納庫のど真ん中で爆発したのだ。それによって生まれる上下動によって、喋りながら無重力空間に打ち上げられた彼は、そのまま天井に頭をぶつけ、それにより舌を噛み切ってしまったのだ。
「今だ……!」
その瞬間、「白い十一番機」のユーリはウジェーヌと共に機体のスラスターを吹かせてデブリの背後から飛び出した。それと同時にビームライフルを装備。その勢いのまま、揺れる敵艦のどてっ腹に突進していく。その穴からは炎と煙が事前に減圧し損なった空気と共に動脈血のように勢いよく噴きあがって、ヴィジュアル・センサーを無効化する。
しかし、その壮観な光景に見とれている暇はない。障害物から姿を見せるということは、敵から射撃を受ける可能性があるということだった。
「…………!」
立体音響は正面。ビープ音は照準警報。それはレーダー波の連続照射を意味する。近づいた分、ジャミングを通り抜けて照準されたのだ! 彼が考えるより早く機体を旋回させると同時に、自らのビームライフルのおよそ半分の口径の光弾が連続で元いた位置を通り抜けていく。ミサイル迎撃用の代物で威力は控えめだが、それでも食らえばエンハンサー各部のスラスターを吹き飛ばし、操縦不能にするぐらいのことはできるのだ。
その緩やかな殺意を伴って、じわじわと迫ってくる弾道。しかしその中でユーリはその弾道の根元を見定めようとしていた。無人のターレットか、それとも……煙の間に彼はそれを見た。縦に長いシルクハットを白く染めたようなレドームの下の砲身。一般的な自動近接防御速射砲。
それが確認できるや否や、彼は旋回の左右を切り返すと同時に、対抗手段を射出した。所謂ホログラフ・デコイというもので、機体と同じレーダー波を返す筒状の物体が慣性に従って進みながら機体と同じ映像を展開するという仕掛けになっている。
つまり、それが今までと同じ軌道を取る一方で、それとは真反対の接近機動をユーリ機は取る――無人の機関砲では、どちらが本物か分からない!
「もらった!」
その隙に、彼はビームライフルのトリガーを引いた。一発目は遠くに外れ、二発目は艦の装甲部分に逸れ、砲塔が本物の方を捉えて向き直る寸前の三発目が砲身をピタリと捉えて吹き飛ばしその破片が飛び散る、その敵艦の上を機体が通過すると装甲の表面でそれらは爆ぜた。
そのまま適度な距離まで敵艦から距離を取ると、ユーリは機体を反転させる。今攻撃したのと反対側の速射砲も潰さなければならないからだ。それが彼と、その僚機のウジェーヌの仕事だった。
さっきと違い、敵は狙ってこない。別の敵を狙っているらしい。それを探す間に右腕の塗装を剥がした機体――ルドルフ機だ――がブリッジに向かって一斉射をかけ、ガラスが飛散する。後続の艦もカニンガム隊の対艦ミサイルを第二射第三射と被弾し、航行不能に陥っているのか隊列を乱して右往左往している。一体これで何人が死んだというのだろう。何のためにこんなことをさせられているのか、彼らは?
「ユーリ! あれ!」
どうやらその光景に意識を割きすぎていたらしい。ウジェーヌの叫びに振り返ると、その機体は先ほど攻撃を仕掛けた敵艦の一角を指差していた。
「降参だ! 降伏する、だからこれ以上撃つな!」
広域無線の音声は何かを叫んでいるらしかった。その音源はハッチから身を乗り出した宇宙服たちで、彼らは白い布を棒に括りつけている。即席の白旗らしい。それが艦のあちこちからちらほらと飛び出してくるのだ。最早完全に艦の統率が取れていないのだろう。
「パンツァーレーアより各機へ。撃ち方止め。敵は降伏した」
勝負はついた。そう判断したルドルフの命令に従って、後方から牽引のために哨戒艇が姿を現わす。ユーリは、今度は上昇をかけて敵艦を見下ろすが、それを撃とうとか撃墜しようという様子は見られない。ただ粛々とハッチから脱出するばかりだった。
「……勝った、のか……」
「らしいな……」ウジェーヌが後ろから近づいてきて、並走する。「大丈夫か?」
「……ああ」
そうだ、大丈夫。
あれだけはなのか、あれだけしかなのか、そのどちらが正しい考え方なのかは分からなかったが、少なくともその内の誰も自分は手にかけていないはずだ。
ミサイルを撃ったのもユーリではなくあのカニンガム。
ブリッジを潰したのもルドルフ。
誰か別の人であって、彼ではない。
それが一戦に対して彼の引いた一線である。
そしてそれは守られた――それがこの戦いなのだった。
(だから……続けられるはずだ。何度戦っても、僕の手は誰の命も奪わないでいられる。そして、辞められるときが来たらすぐさま辞めてやる)
しかし、その考えは甘かったということを、彼はすぐに知ることになるのだが。




