第269話 トラトラトラ
「ン?」ユーリが異変に気づいたのは、敵第二線へ到達したときだった。「何……?」
それは微かな違和感であった、彼はデブリに隠れて伏撃してきた敵エンハンサーからの射撃を際どいところでかわしながら反撃を放つ。しかしその敵は塹壕の中に飛び込むようにそのデブリの裏に隠れ、ユーリの攻撃から逃れた。
「このッ」
「待て」ギョームが咄嗟に追いかけに行くのを、ユーリはその機体の方を掴んで止めた。「深追いする必要はない、アレは真っすぐ逃げて次の持ち場についている。むざむざその射線に飛び込むつもりか?」
「ですが敵は少数です。一気呵成に叩くべきです」
「難しい言葉を使う前に、それが可能か考えるべきだ。敵は少数で分散している、そういうこちらより機動力がある相手をどうやって捉えるつもりだ?」
そう言うと、ギョームは押し黙った。正確に言えば方法がないではないのだ――こちらも分散すれば機動力は改善される――が、敵の要塞内でそうするのは悪夢だし、恐らく敵の狙いはそれである。それに、練度の低い特技兵を二分する以上にバラけさせるなど自殺行為だろう。
とはいえ――これは奇妙な状況ではあった。敵の戦法が変化したということなのだから。
(防御は防御で、そこは変わらない。だが陣地に頼って正面戦闘を強要するのではなく、むしろこちらが攻めあぐねて足を止めることに注意を向けているように思える)
尤も、戦力を消耗しすぎて正攻法での防御ができなくなっているのかもしれないが……いや、それほどまでには敵を叩けてはいないはずだ。総攻撃で戦力が引き裂かれていても、それは他正面から戦力が来ないというだけのことであって、この正面から戦力が引き抜かれるということを意味しない。
だとすれば、何故。
何故敵はこの戦術を採用する。
(考えろ……こちらは四方八方からどこかのタイミングで来る敵に対応しなくてはならないために注意力を散漫にしなくてはならず、それ故少数の敵でも追撃はできない)
それにより敵は少数ながらに戦術的優位を確保してこちらを苦しめている。足止めが目的か――それはそうだろうが、何故撃滅策を取らない? 少数といえども陣地や施設を使えば対抗することぐらいはできるし、練度の低いこちらはそれをやられると手も足も出なくなるのだが。
(その最低限の兵力もない、というのなら理解もできるが、残置した射撃兵を収容する部隊もあるはずだ、とすればそれを結集させればいい話。何故それをしない?)
そこには理由があるはずだ。他の方法があるにもかかわらず、この少数であるが故に効果を発揮する戦法を使うだけの理由が――少数?
もし少数しか回せないのではなく、少数であろうとしているとしたら?
それは――兵力の節用、ということになる。
「!」
そこに、アラートが鳴り響いた。ロックオン警報。それは背後から。間髪入れずに敵エンハンサーはミサイルを放った。ユーリはそれを回避しつつ、味方に向かうそれを迎撃した。その閃光に紛れて、敵は姿を隠してしまう。
「大隊全機に通達!」ユーリは、叫んだ。「奴を追うぞ!」
返事を待たずして、彼は機体を走らせる。後続隊は一時混乱していたがすぐについてきた。それをデータリンクで確認しつつ、ユーリは目の前の敵機に射撃を見舞った。ただし、直撃はさせない。どちらかの腕を掠める程度でいい。敵に脅威を感じさせればそれでいい。
そうすれぱ、敵は確実に逃げるだろう。
もっと敵がいる、隠したかったところまで――!
「見えたッ」
そのときユーリが見たのは、数え切れないほどの砲口であった。そこには多数のエンハンサーが待ち伏せていた――のではない。
いるにはいたが、それは主役ではない。
そこにいたのは、船舶。
艦艇、およそ一個戦隊規模。
それが雁首を揃えている――!
「選り取り見取りというところか⁉」
ユーリはここまで案内してくれた敵機に引導を渡すと、その艦艇の列へ視線を飛ばした。そこにはズラリと弾薬や燃料が野ざらしで置かれていた。スナイパーライフルでなくとも、それを燃やすことは容易であろう。彼はゲラゲラ笑いながら、それらを照準に捉えて――射撃。
「ッ!」
それは彼のものではない。正面からのロックオン警報を受けて彼は回避機動を取った、そこに光弾は飛んだ。直掩の敵機だ。そのために敵は兵力を節約していたのだから。それは陣地から正確な射撃を放ってくる。
「だが甘いな!」それを回避しつつ、ユーリは反撃した。「最初から第二線で立てこもっていれば、見つかることもなかったろうに!」
敵機は頭を下げてその射線をかわす。それから勢いそのままに舞い上がった敵機へ再度射撃を試みる――が、その伸び上がった胴体に横合いから砲撃。側面を貫通された敵機はそこから火を噴いて意思を失ったように宙に浮く。
「セー特技兵! 遅いぞ!」
「申し訳ありません、」カミュはようやく目の前の光景の異様さに気づいた。「ですがこれは……⁉」
「見ての通り敵艦隊だ。補給中に失礼させていただく!」
後続隊が来た。ユーリは先陣を切って突撃を敢行した。陣地に立て籠もる敵機はその予測進路――つまり正面――に連射をしてそれを歓迎した。ユーリはそれをジンキングで滑らせながら、その発砲光の一つを正確に穿った。敵エンハンサーの胴体に刺さった一撃は、そこから上の構造物を綺麗に吹き飛ばしてしまった。それを一つ、二つ。そうしてできた弾幕の穴に、彼らは飛び込んでいく。
「こういうとき、『トラトラトラ』と言うのが礼儀なんだよなあッ?」
そして、目の前に広がるコンテナやパイプの森にビームを次々に撃ち込んでいく。するとまるで紙吹雪入りの風船を割ったかのようにそれらは中身をぶちまけるのだ。中でも一際大きな爆発は、対艦ミサイルのコンテナを撃ち抜いたときだった。それは、それを搭載している駆逐艦を一撃で湾曲させ、その勢いで他の艦に衝突せしめると、質量差でぺちゃんこにしてしまった。当然中にもう入っている弾薬や燃料が圧縮されて更なる誘爆を起こしたのは言うまでもない。
その爆炎を切り裂いて、背後から怒り狂った敵機は迫る。さっきの陣地にいた連中がそこを放棄して追ってきたようだった。不慣れな特技兵が数機、射撃されて炎の中に消える。
「――露天で置いておくのがいけないんだろうッ⁉」
ユーリはすぐさま反転し――ない。そのままの姿勢から、ライフルだけをそちらの方へ向けて射撃した。先頭を行っていた機体は何とかそれを逃れたが、ライフルを持っていた両腕が代わりに直撃を浴びた。そうして動きが鈍ったところに、別の機体のサーベルを食らって真っ二つになる。
ユーリはその咄嗟のコンビネーションに感心していたが、その機体は横合いからの反撃を食らってふらりと揺れると、その慣性のまにまに漂っていく。パイロットが即死したのだろう。それを見てユーリは無感動に鼻を鳴らした。それから得意げにこちらへ迫る敵機の頭部を吹き飛ばすと速射して手足も破壊した。パイロットは脱出したが、そこに破片が飛んで、哀れ彼もしくは彼女は真っ二つになった。
戦況は有利に運んでいる。敵直掩隊は数を擦り減らし、次第に退勢に転じておどおどと震えている。果敢に挑むのはその隊長とその周辺ぐらいで、残りは陣地に籠って射撃だけしているようだった。そんなことではこちらの攻撃を食い止めるのは難しい。
(しかし――)ユーリは、ふと感じた。(面白みに欠けるな、このままでは)
確かに、このまま攻撃を続ければ、敵の増援が来るまでは好き放題敵艦隊を叩くことができるだろう。対艦攻撃装備がないのがネックだが、それならこちらも増援を要請すればいいだけのことだ。攻撃機隊が一個中隊でも来ればこの密集隊形での同士討ちを恐れて対空砲すら撃てていない烏合の衆など半壊することだろう。
だが、それでいいのか?
それが、彼の求めたものだろうか?
「大隊各機」だから、彼は言った。「引き揚げるぞ」
「……⁉ 何故です⁉」ペトロが珍しく食い下がった。「まだ燃料も弾薬もあります。敵だって……」
「これから我々はまだ敵がうようよしている地帯を通って逃げねばならない。燃料弾薬が欠乏した状態でそれに抗せよというのか? ……後のことは後続隊に任せればよい!」
そう説明すると、ペトロは納得したようだった。彼の単純さを、ユーリは哀れにすら思ったのだが、口には出さなかった。
そしてユーリは手近にあったコンテナに直撃弾を浴びせた。それは大きさから推定された通り艦載用の大型ミサイルのそれであったようで、その誘爆は、未だかつてないほどの爆炎を噴き上げた。それは敵の目を惹きつけて、背を向けて逃げようとするルヴァンドフスキ大隊の動きを遮蔽した。おまけにホロデコイを射出して気づいた敵の狙いを戸惑わせる徹底ぶり。
「間に合わなかったか!」エーリッヒは、その背を見るので精一杯だった。「『幽霊大隊』め!」
彼がいる大隊は、陥落した砦を放棄し、第二線まで下がるところだったのだ。しかしそこに母艦からのSOSが飛んできたので、防衛を他の大隊に任せ戻ってきたのだが――敵は艦隊に大きな損害を与え既に逃げおおせたところだった。痛恨の極みである。
「……!」しかし、マルコはそれを見た。「アレは……⁉」
彼が見たのは、敵隊長機だった。何とか、ヴィジュアル・センサーの探知範囲ギリギリ、煙の合間合間にそれを見ることができた。
そこにいた機体。
その肩にあるマーク。
白字のJ‐11。
「『白い十一番』……⁉」
彼は操縦桿を強く握った。ライフルを咄嗟に向けるが、そのときまた一際大きな爆発が起こって、その舞い上がった破片と煙はその姿を覆い隠してしまった。
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