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第268話 パッカー・ハウザー

「総攻撃だというのか⁉」パッカーは受話器に向かって怒鳴った。「確かなんだな⁉」


 彼はようやく指揮を副官に任せ眠り支度に入ったところだった。そこに直通の電話が鳴り響き、うとうとしていた彼はそれに対応せねばならなかった――結果がこれである。彼はどうせこんなことだろうと思い近くに置いておいた軍服を引っ掴み、それを羽織りながら統合司令部へ走る。どうせ大した距離はない。すぐに彼はそのエアロックを潜った。


「状況は」


「現在既に陥落した第七を除く全ての砦が交戦中。」副官が端末を片手に報告する。「特に第五砦は迎撃に出たところを側面より襲撃を受け通信が途絶しています」


「側面より奇襲だと?」


「恐らくは第七を落とした連中が転進したものと思われます」


 パッカーは舌打ちを一つした。神出鬼没な連中だ。しかも一個大隊と攻撃隊としては小規模であるから追跡は困難だ。これといった痕跡を残さないのである――そして予期せぬところに不意に現れ一撃を加えてくる。まるでWW2西部戦線の第七師団だ、エルヴィン・ロンメルに率いられた。


「だとすれば第五は」パッカーは顎に手をやった。「もう落ちたと考えるべきだろうな。戻ったところで挟み撃ちに遭うだけだ、迂回させ第二線まで下がらせろ」


「しかし頭越しの命令になります」


「指揮系統が正常なら通信は途絶しない。そうだろうが?」


 そう言ってパッカーが副官を睨むと、彼は、は、と返事をして通信兵の下へ歩き出した。


 さて――状況は最悪だと言える。落ちた第七砦を起点に攻勢をかけてくるのならまだ対処のしようはあった。集結させた守備兵力を以て反転攻勢に打って出て、それを撃退したのを契機に大統領を避難させる――難しいが不可能ではなかった。


 が、敵が選んだのは兵力差を活かした平押しだ――シンプルだがそれ故に逃れるのは困難である。敵の戦力は前進すればするほど中央に向かって集約されていくというのに、こちらは反撃に出ようとすればその戦力を外周に向かって放散させることになる。古より伝わる外線と内線である。


(だとすれば内線を活かせるこちらは兵力の移動はさせやすいが……その兵力がない。辛うじて一個戦隊はあるが……指揮系統が混乱している上、艦載機は前線の穴埋めに回してしまった。最早こちらには切れるカードがない)


 それを誤魔化すためのブラフはとうに見破られた。そもそも役が大したことがない以上そもそもベットするべきでないとパッカーは主張していたのだが、大統領はそれを聞き入れなかった。それが彼らを勇敢ながら無意味な死へと誘っている。何の勝算があって彼女は戦えと言ったのだろうか。政治的目的のために兵に死ねと言うのか?


「提督!」その報告で、パッカーの怒りは最高潮に達する。「大統領閣下がおいでです!」


「……馬鹿な⁉」彼は伝令兵の元へ飛び、その胸倉を掴んだ。「何故お止めしなかった。大規模攻勢中である! 大統領閣下といえども民間人の立ち入りは許容できない、そう伝えろ!」


「ですが、」


「もうここにいます」女の声。パッカーは頭を抱えたくなった。「ハウザー提督。状況はどうなのですか」


 シャーロット・エンラスクス大統領が、金色の髪を揺らして中に入ってくる。周りの兵は魅了されたように敬礼をする……それを見て、しぶしぶパッカーも敬礼をした。答礼があるだけマシだと思うことにしたのだ。それから言う。


「……芳しからず、と申し上げさせていただきます。敵は全面攻勢に出ました。既にいくつかの砦は絶望的な状況にあります」


「絶望的?」


「陥落は時間の問題ということになります。とすればこの要塞自体も、最早安全とは言えない……脱出なさるなら、今が最後のチャンスでありますな」


 それはつまりさっさと逃げろ、という意味だった。要塞の放棄を前提として残兵力を結集すれば、壊滅的被害を受けることと引き換えに別星系へ離脱することは可能だろう。だがそのためには準備も必要。その時間を考えれば今決断しなくてはならない。


「脱出は」シャーロットは、しかし真っすぐ彼の目を見た。「しません」


「……失礼ながら申し上げるッ」パッカーは最早我慢の限界であった。「アナタは我々を無駄死にさせたいのか、それとも我々と共に死ぬ覚悟がお有りなのかッ⁉」


「そんなものは必要ない。我々は勝利します。アナタが勝利させるのです、提督」


「私をおだてあげたところで戦況が変わるわけではない! 敵の兵力が減るわけでも、こちらの戦力が増えるわけでもない! 状況は刻一刻と悪くなっていっているのですぞ⁉」


「ですが我々に必要なのは逃走ではなく闘争でありましょう。その先にあるべき勝利を以て我々はポラシュカ連邦に入城するべきなのです!」


「――そんな空虚な言葉なんぞに、兵の命を捧げろと⁉」


 だん、と手近にあった椅子をパッカーは殴った。その拳はその最も硬い部分に当たり、その皮は抉れて捲れてそこから血を流した。


 赤い血。


 その鮮烈さに、シャーロットは黙らされた。


「アナタがアナタの姉君ならば、」パッカーはその狼狽えた顔を睨みつける。「私たちはその命を喜んで擲ったことでしょう。彼女の言葉には不思議と力があった。それは、彼女は死ぬ覚悟を持ってノヴォ・ドニェルツポリに残ったからだ。逃げてはならないところを、踏みとどまった。だが、今のアナタは違う。死ぬ覚悟もないのに言葉を振りかざし、逃げねばならないところで居座っている! ……アナタのワガママによって兵は殺されているのです。それがお分かりか?」


「…………」


 シャーロットは、俯く。それは史上最年少の国家元首でもなければ、亡国の姫君でもない、一人の女性の素顔であるようにパッカーには思えた。本来、このような立場にいなければ、それは魅力であり、個性であっただろう。しかし、彼女には役割があるのだ。それを果たさねばならない。


「アナタはこの国の大統領であらせられる。」つまりは、そういうことだ。「全てを救いたい、救いたかったという理想は私も理解しましょう。しかし、このままでは誰も救うことができないまま死ぬことになる。それはつまりアナタの理想からかけ離れたまま終わるということを意味する。そんなことのために我々はアナタを元首と仰いだのではない――どうか、賢明なご決断を」


 パッカーの言葉に、まだシャーロットは動きを見せなかった。言葉は咀嚼され、反芻され、まだ飲み込まれるまでに時間があるようだった。それはそうだ。自分とは異なる考えを即座に飲み込める人間など、政治家になってはならない。それはつまり日和見ということであって、酷ければ風見鶏だ。そしてその向きに国民は翻弄されることになる。それは悪夢である。


 故に行動には芯がなければならない。


 そう、彼女は知っている。理解している。だが、その芯というのは――つまり、この国を立て直すということだ。


「……分かりました。」だから、シャーロットは、顔を上げた、「私の脱出を主目的とする作戦を立案し、実行に移しなさい。何を犠牲にしても、まずはポラシュカ連邦に辿り着かねばならない」


 その言葉に、にこ、とパッカーは笑った。死ぬ覚悟は、決まった。


「お任せください。この身に代えてもご命令を果たしましょう」


 パッカー・ハウザー。


 オクト・クラウン司令官。


 彼はこの戦いの後、降伏したところをプディーツァ軍に捕縛され、戦犯として処刑される。


 戦後しばらくの間その名は知られることがなかったが、シャーロット・エンラスクス大統領の手記が見つかったことにより、救国の英雄として後世に語り継がれることとなる。

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