第263話 get half-naked
フレデリック・ジンジョー少佐は、母艦へ帰って来るや否や奇妙なものを見た。格納庫へ降りた彼が見たのは、銀色のまだら模様だった。
いや、それは正確な物言いではない――第一、そのまだら模様の対象も何も表記されていない。不誠実な表現とすら言える。一つ弁解をするのなら、今の文章はあくまで彼の感じた第一印象がいかに大きく、そしてそれがどれほど奇異に感じられたのかを分かりやすく表そうとしたという試みだったのだ。
では何がそんなにまだらだったのかと言えば――格納庫にひしめいている別大隊のエンハンサーの塗装が、である。
「何だってこんな馬鹿なことをしているんだ」
彼は機体から降りると、宇宙服も脱がずに――減圧中だから当然――それをまじまじと眺めた。ずらりと並ぶ機体に整備兵が群がって、何かをすると、みるみるうちに機体の見た目が虫食いにでもなったように変貌するのだ。彼はその模様の間隔や大きさが不揃いなのも気に食わなかった。小さい頃に見た野良犬の死骸とそれに群がるウジ虫を思い出してしまうからだ。
「おい、そこの特技兵。」すると彼は説明を求めて手近にいたパイロットを捕まえた。「これはどういうわけだ?」
「は、はい」その兵はどうにも間延びした声と思考回路で答えた。「大隊長殿のご命令です」
「大隊長? 誰だ」
「ルヴァンドフスキ少佐殿であります」
作戦会議で居眠りしていたアイツか、と呟きつつ、フレデリックはまじまじとその模様をよく見た――するとそこには凹凸がある。軍用機らしいグレーのところが凸で銀の模様が凹だ。
(――剥がされている、のか?)
それに気がつくと、フレデリックは整備兵たちが不審な目で見てくるのも構わずにそこに触れてみた。確かに、塗装が剥がされている。だから銀色のまだら模様というのは、正しくないわけだ。正確に言えば、銀の下地の上に穴の開いた塗装が施されているといったところか。だが順番とすればそれすら間違いなのだが。
しかしいずれにせよ――戦術的に、意味が分からない。エンハンサーに塗ってある塗料というのは、飾りではない。レーダー、赤外線探知、視覚探知――ありとあらゆる軍用センサーに対する防護策なのである。それを自ら剥がすという行為は、それが一部に対してであろうと、不利になる行為だと思えた。
「それで、」フレデリックは振り返った。「どうしたってこんなことをしているのだ、貴様らの大隊は?」
するとその特技兵は、視線を泳がせ首を左右にそよがせて、フィラーを目一杯使ってから、言った。
「よく、分かりません」
「分からない、だァ?」
「大隊長から説明を受けてはいますが、その、よく分からないのです。とにかくこれで敵の懐に入り込むと聞いています」
「入り込む? ……馬鹿を言え。ステルス塗料が剥がされているのに、どうやって敵に気づかれないで済ませるんだよ。こうも剥がされていては、丸見えだろうに」
「少佐曰く、レーダーがどうとかって……大隊の一部が囮になるとも言っていました」
囮?
不審に思ったフレデリックはちらと、立ち並ぶルヴァンドフスキ大隊の機体を眺めた。するとある位置にある機体からは通常の仕様になっていて、何の変哲もない。だがそれは特別どうなっているということでもないということを意味している。
たとえこの塗装を剥がされた機体が敵をあらゆる面で惹きつけるとしても、別動隊として通常仕様の機体を用意したのでは、すぐに両方とも探知され、各個撃破されるのみである。懐に入るどころか通常より早い段階で撃破されることになるだろう。
そもそも、彼らの任務は威力偵察だ。そのためにこんなものが必要だろうか?
「――おや、」しかし、その発案者は、飄々とした言い様で背後から迫っていた。「これはジンジャー少佐。ご帰還されていたのですか」
「……ジンジョーだ。」振り返りつつ、訂正する。「二度と間違えるな、ルヴァンドフスキ少佐」
「失礼いたしました。しかし我が大隊に何のご用ですか? 特技兵の引き抜きであれば、お断りします。そこのナックス特技兵はこれでも一応私の直掩で……」
「単刀直入に言う。馬鹿げた真似はやめろ」
「……おやおや」
ユーリは、しかし、ニヤケた顔を崩そうとはしなかった。それどころかもっと目を細めて、鼻にかけたような態度を目の前にいる年上の少佐に取った。
「何のことか分かりかねますな。小官は任務に対し忠実に義務を全うしております」
「なら、何故わざわざ塗装を剥がす。貴様がいくら正規の教育を受けていないパイロットだからといっても、アレがどういう効果を持つものなのかは理解しているだろう?」
「無論、存じ上げております……ですが兵は詭道。常に相手の裏を搔くものでありますれば」
「何を言っているのか理解できない。裏を掻くと言って背を向けたのでは、ただそこへ切っ先が向くだけだぞ」
「理解できないのですか?」口角が更に上がる。「私のやろうとしていることが?」
その表情に、フレデリックは頭に血を上らせた。元々、このように見下すような態度をよく取るパイロットだとは常々思っていたが、今日このときばかりは我慢ならなかった。
「ルヴァンドフスキ少佐。貴様、戦場で飛んでくる弾が正面からばかりだと思っているようだな」
「違うのですか?」
「言いたいことは分かるだろう」
「はあ……生憎と、アナタと違って敵機は後ろを取られる前に撃墜しているものですから、あまり」
その瞬間、フレデリックはユーリの頬を殴りつけていた。が、それは予測されていたようで、あっさりかわされる。空を切った拳は偶然近くにいた特技兵のヘルメットの顎へ刺さった。
「ぐへっ⁉」
「貴様ッ……!」
「まあジンジョー少佐、そうカッカなさらず。ご心配は尤も――ですが勝利を収めてみせましょう。アナタなんぞには予想もつかぬ一手で」
そう言うと、ユーリは成人男性の一撃で気絶して宙に浮いていたペトロを掴んで起こすと、行くぞと言って歩き始めた。その方向には、既に彼の大隊が集結しており、今から詳細を伝達するところだったのだ。
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