第261話 欠伸の出るほど退屈な
「……少佐」その声に、ユーリは徐に顔を上げた。「作戦伝達中に居眠りとは、貴様いつから士官学校の学生になったのだ?」
ブリーフィングルーム中に航宙管制指揮官たるヘルドのその声は響いた。笑い声は聞こえない。周囲の大隊長、中隊長クラスの目線が彼に集中し、普通なら痛覚すら刺激するほどであった。
しかしユーリは溜息混じりに立ち上がった。それから耳穴を掻き、欠伸を一つしてから答えた。
「聞こえていたつもりであります。それとも話を聞いているときに目を開けているかどうかがそんなに大事なのでありますか」
「当たり前だ! ……聞いていたというのなら、内容を言ってみろ」
ユーリはそのときちらりと端末を見、正面にあるホワイトボードを見た。それだけでどういうことをするのか分かろうというものだ。そうであるから寝ていたのだ。
「要するに、包囲を継続するというのでしょう? 本隊の攻撃を円滑にするために威力偵察だけ行って……それだけのことで随分長々と話しているものですから、ねえ」
「…………」ヘルドは面目を潰されたようにユーリを睨んだ。それから溜息を一つ吐く。「分かっているのなら、それでいい。具体的なローテーションも分かっているのだな?」
「ジンジョー大隊から順に対エンハンサー装備で出撃。敵のリアクションタイム、戦力、そして戦術パターンを記録する、でありますな。要は一当てしたら尻尾を巻いて逃げろということだ」
そこまでユーリが言うと、ふん、とヘルドは顎で座れと指示を出した。いよいよ攻撃材料をなくしたので槍玉に挙げるのを止めたのだろう。同じくふんとしながら――ただし意味合いは一八〇度違う――ユーリは座った。
「さて、作戦概要は今しがた言った通りだ――我々の任務は包囲の継続でありそれ以上でもそれ以下でもない。来援する敵を撃滅し突囲を試みる敵を撃退する。何か質問は」
――言葉だけは勇ましいですなあ。
ユーリは口の中でそう言った。そして手を挙げる。
「……何だ、」ヘルドは頭痛を堪えるように額を押さえた。「ルヴァンドフスキ少佐」
「発言権を与えてくださりどうもありがとうございます。先ほどは居眠りしてしまい大変申し訳ない」
「本題から入れ……!」
「しかし、この度の作戦は」ユーリは肩を竦めた。「つまらない――消極的に過ぎる。包囲を続けるだけ? それは敵に時間を与えるだけに過ぎない」
「貴様、話を聞いていたのか? 今は貴様の意見を聞く時間ではない。質問をしろ」
「では単刀直入に申し上げる。もし威力偵察の際に敵の要塞を攻略できると判断した場合、我々にその裁量は与えられているのか?」
「…………」ヘルドは怪訝そうに目を細めた。「何を言っているのか分からない」
「ああ、言い方が悪かったですね。威力偵察ということは戦闘をするということであると小官は理解しました。その結果敵を撃退し、砦の攻略が可能だった場合、その実行は許されるのか、ということになります。はい」
するとヘルドは深く溜息を吐いた。何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しいことを。それは明日にでも地球本土を襲撃できたらどこから攻撃するか、というのとほとんど同じような質問だった。
「そんなことは考えても仕方がないだろう。戦前のデータでは、砦一個で八個航宙大隊レベルの戦力が運用可能だ。たとえその半分でも航宙母艦一隻に相当する。それが八個もありそれぞれが連携している。それほどまでに厳重に守られた陣地を一個大隊程度の戦力で攻略できるはずがない」
「小官は仮定の話をしています。何らかの事情によりそれが叶った場合、小官にその権限が与えられるのか、ということです」
「その仮定に意味はないと言っている」
「しかし、敵が予想に反して少数だった場合はどうでしょう? ただでさえこちらの方角には仮想敵がいないのに貧乏所帯の傀儡政権軍が要塞に兵力を置いていると思えない。そこに逃げ込んだ一個戦隊程度の敵にしてもそうです。彼らはカスの寄せ集めに過ぎない」
希望的観測ではあるが、事実をベースにはしていた。先の戦闘で確認できた敵戦力は捕捉される瞬間までは雑多に分散しているばかりで、統一した指揮が取られていなかった――要塞の側もイニシアチブを取ることができていなかったに違いない、要塞駐留部隊からの攻撃は一切なかった。
生憎とその混乱状態のまま各個撃破することには失敗したが……敵において指揮権の継承が上手くいっていない可能性は充分にあった。
「……だとして、」ヘルドはユーリを睨みつける。「貴様の質問については、私には答えられない」
「何故です? 航宙作戦上起こり得る状況ではありましょう。それならば航宙管制指揮官殿に作戦権限があるものと愚考します」
「だが、砦の攻略というのは、全体の作戦に関わる問題だ。艦長にも判断できん。艦隊司令官レベルまで情報を上げる必要がある」
「そんなことをしていては戦機を逸するばかりでありましょうが?」
「しかし、落としたところで維持ができないのではどうしようもないだろう。全ての砦は連携して成立している。いくら敵が少なくてもその一つを一個大隊が落としたところで両翼から挟み撃ちに遭うのがオチだ」
「では増援を下さればよろしいでしょう」
「そんなことは、落としてから言ってみせろ」
そう言った瞬間――ヘルドはしまったと思った。やってから言えという言葉は、実際にやる可能性のある人間には、最も言ってはならない言葉の一つだ。彼らの多くは確かに失敗をするが、成功した場合その言葉はそれにお墨付きを与えてしまう。
「……」その予想の通り、ユーリはにやりと笑った。「かしこまりました。陥落させてから、言うことにしましょう」
だが、覆水盆に返らず――座るユーリにヘルドが何を言っても届かない。頭を掻きむしりたい衝動に駆られたが、衆人環視の中ではそれも不可能だった。
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