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第260話 政治的決定

「お待ちしておりました」その老提督は恭しく彼女に頭を下げた。「エンラスクス大統領。私がパッカー・ハウザー中将。オクト・クラウンの防衛指揮官であります」


「ハウザー提督。お会いできて光栄です」


 そう言って、シャーロットは一礼してからパッカーと握手を交わした。それから促されたように席に着く。その椅子の前には大きなモニターつきテーブルがあり、そこには既にホログラムが展開されていた。


「さて――状況はどうなのです?」シャーロットは首を傾げる「包囲されている、とは聞いていますが、宇宙空間で包囲というのはどういうわけなのです?」


「は……我々の現状は、今目の前のホログラムに投影している通りであります。この青が味方の配置、赤色は判明している敵の配置であります」


 シャーロットは言われた通り机の上に視線を動かす。オクト・クラウンの名前の通り王冠めいた形状の要塞群に青色の点が複数、しかし一方で赤色の点は無数に見えた。


「こう見ると囲まれているというのは分かりますが……しかし、素人考えではありますが、宇宙というのは三次元空間と聞きます。抜け道は数多くあるのでは?」


「エンラスクス大統領。それは必ずしもそうではありません。確かに、地上の城砦攻略戦と違い、完全に周辺を覆ってしまうということはできません。そのためには敵に対して数十倍の戦力を要することでしょう。敵にはそれほどの戦力がないのは見ての通りです」


「では、やはり脱出は可能ということでしょうか?」


「いえ――第四惑星の量子航法装置が破壊されたため、超光速航法によってのみ離脱が可能です。しかし、そうするためには適切な方向への長距離の加速が必要――しかし、近傍の星系に対しての航路には、敵艦隊が展開しており、迂回は困難です……これが宇宙空間において包囲されているということなのです」


「ではその敵の撃破は? 強行突破というのは不可能ですか?」


「敵は分散していますが、こちらはそもそもが少数です。どの方向に展開する敵に対してもこちらは数的に不利となりますし、突破に手こずれば敵に集結する時間を与えることになり、要塞の外で包囲される形となります。それは避けねばなりません」


「こちらに来援できる艦隊はないのですか? 量子通信で連絡は取れませんか?」


「現在時点では、どことも連絡がつかない状態です。宇宙軍艦隊は全てポラシュカ連邦への脱出をしていますから、その司令部の位置も転々としている状態で……」


「……つまり、現状を打開する手段はないと」


「正攻法では、そうです」


 シャーロットはふむ、と顎に手をやった。実のところレクチャーを受けたところで戦術的なことはよく分からない、が、彼ら軍人を信用するしかないのが彼女の立場である。そうでなくても、このホログラムはよくできている。こうも敵が多くては、離脱のしようがないと思える……。


「しかし」シャーロットはそのホログラムに手をやってみた。「正攻法では、ということは、それ以外の手段もあるというのですか?」


「兵は詭道と申します。騙し討ちにはなりますが」


「構いません。戦略的目標が達成できるのであればどのような手段であれ思案するに値します」


 そう言ったにもかかわらず、パッカーは僅かに躊躇いを見せたようだった。騙し討ちである以上に何か後ろめたいことを言うつもりなのだ、とすぐにシャーロットは察した。


「敵と、」そして、その一言は彼女の予想を上回った。「交渉をします」


「……何?」


「当要塞に逃げ込んだ艦隊には、数多くの負傷兵がおります。彼らを輸送艦に乗せて離脱させてもらえるよう敵と交渉し……大統領閣下にはこれに紛れていただく。敵の臨検に対しては、戦闘神経症の演技をしていただくほかありませんが……」


「……なるほど。私に姉の真似事をしろというのですね?」


「そういうことにはなりますな。とはいえ臨検というのも一通りでしょうから」


「それはそうでしょう」シャーロットは立ち上がる。「ですが、私にはそれがいい案であるとは思えない」


「……確かに、かなり危険な橋を渡ることになりますが、しかし、」


「そういうことを言っているのではない。しかしアナタの案には問題がある――敵を信用しすぎるということです」


 シャーロットは、席を離れ、少し歩く。それは彼女を一歩ごとに冷静にする。


「彼らプディーツァ人が条約を違反したからこの戦争が始まったということを思えば、アナタの意見は楽観的に過ぎる。また、彼らに人道という概念があるのなら、先の戦争で戦争犯罪は起きていない。フロントライン・コロニーは知っているでしょう」


「……それは、そうですが」


「それに、あくまで、こちらは正攻法で動いていきたい。敵は卑怯者であって、こちらは騎士道や武士道といったものを理解しているという演出をせねばならない。それは地球が味方になる・ならないに限った話ではなく、敵国の市民に訴えかける必要がある」


「生きるか死ぬかのときにプロパガンダを考えていらっしゃる……⁉」


「死ぬと決まっているのならともかく、生きるなら戦いは続きます。ならそのときに備えておく必要はありましょう?」


「しかし、いかなる手段にせよ状況を打開せぬことにはその先はないのです」


「当たり前です、そのためにアナタ方はいる。違いますか?」


 パッカーはそのどこか呑気で無責任な発言に苛立った。確かに正論ではあるのだ、軍人とは政治家の言うことを聞くもの――シビリアンコントロール――というのが民主主義国家の要の一つだ。しかし軍事に詳しくない政治家に状況を噛み砕いて教え、最も合理的な判断を促すのも軍人の務めなのだ。ましてこのような状況下においては、軍事的な合理性が政治的なそれより前に出てこなければならない、というのが彼の考えであった。


「……了解です」しかし、彼は文民統制に忠実な軍人であった。「敵に要塞外縁部での決戦を強い、これを撃破することを前提とした突破作戦を立案するよう参謀に伝達します」


「それでいいのです。ではよろしく」


 そう言って、シャーロットは執務室を出た。その背がドアに阻まれて見えなくなってから、パッカーは机を蹴り上げた。

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