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第254話 我は義務を主張する

 エーリッヒが降り立つや否や、彼は誰かから抱き着かれた。いや、誰かから、という言い方は正確ではない、見渡す限りほとんどの人間が、彼に取りついていた。


「うわッ⁉」


 その圧力に耐えかねて、エーリッヒは転んだ。流石にそこで何人かは冷静になったのか、彼の頭をポンポンと順番に叩いてから、立ち上がる。まるで何かの奇祭のようだった。


「い、一体何があったんです?」思わず、聞いた。「何だって、こんなに人が?」


「何がも何もあるかよ。アンタが守ったんだろ、ウチの姫様を」


 ――ひ、姫様?


 聞き慣れないワードに一瞬彼は困惑したが、すぐに大統領閣下のことだと分かった。シャーロット・エンラスクスだ。そうだ、大統領専用機を守ったのだ、奴との戦闘だということが先に出て、すっかり忘れていた。


「いやはや、整備兵用の宇宙服で不調な機体だってのに、よくもやったもんだよ。アンタはプディーツァ人だが、いいプディーツァ人だ。見直したよ、なあ、皆!」


 そう呼びかけられると、皆が口々に叫んだ。そうだ、とか、ありがとう、とか、そういう肯定的な言葉ばかりで、エーリッヒはどこかむずがゆくなった。自分は無我夢中でそうしただけだというのに、まるで図ったようにそうしたかのように言われたのだから。


「自分からも礼を言わせてくれ」その歓声の中、一人の男が抜け出てきた。「アナタには助けられた」


「その声――」聞き覚えがあった。「助けてくれたのは、アナタでしょうが?」


 大気圏へ落下するとき、救い出してくれたエンハンサーのパイロットのそれだと思った。小柄な体に見合った少し高い声。すると答え合わせをするように彼は頷いた。


「マルコ・ウェルズリー少佐。この艦の第一大隊指揮官をしている。アナタがいなければ、今頃我々は役立たずの汚名を着せられているところだった」


「エーリッヒ・メイン――階級は、二等兵です」


「エーリッヒ・メイン?」彼は、首を捻った。「どこかで聞いたことがあるような気がするが……」


「前の戦争では、レンドリース艦隊と何度も戦いました。だからプロパガンダに使われたこともあるでしょう」


「レンドリース艦隊と! ……では、何度か矛を交えていたかもしれないな。お互い肩を並べて戦えているのは奇跡というものだろう」


「では、『白い十一番』とも?」その声は、マルコの後ろから聞こえた。「興味深い話ですね」


 瞬間、人混みがさっと捌けた。モーゼの十戒のように左右に分かれた、その先に一人の野戦服を着た女性がいた。瞬間、二人は姿勢を正す。何しろそこにいたのは――大統領だったのだから。何度かニュースで見た金の髪が人工重力の中で乱れて揺れていた。


「は、」思わず、エーリッヒは声が上ずった。「恐縮ではございますが、そうであります」


「まずはお礼を言わせて下さい。私を身を挺して守ってくださって、ありがとう。私が今ここにいるのは、まさにアナタのおかげです」


「は――光栄であります」


「しかし、何故元パイロットのそれも大佐殿が、どうして整備兵の二等兵に? ……調整の必要がありそうね」


「それについてですが、」群衆の中から、パイロットスーツ姿の男が歩み出て来る。「我が隊の指揮官となっていただきたいのですが」


「?」シャーロットは首を傾げた。「というと?」


「は、自分は惑星軍国家親衛隊中尉ジャン・クロップソンであります――先の戦闘で我々の指揮官殿は戦死されました。かといって、大佐殿を部下とするのは技量の面でも統制の面でも支障がありましょう。その観点からすれば、大佐殿には我が隊の指揮官になっていただきたいのですが」


「自分はあくまで元大佐です。階級にはこだわりはありませんし」


「だが」マルコは言った。「悪いアイデアではないと思いますよ、大佐。艦長に許可を取る必要はあるし、機体もどこかから調達しなければならないが、アナタの腕は錆びついていない。遺憾なことだが、パイロットの空きも先刻出た。補充が必要ですからな」


「ウェルズリー少佐まで……」


「反対する者はいないでしょう。いたとして、私が推薦しますよ。戦闘指揮の経験はおありなのでしょう?」


 そう言って、マルコは手を差し出す。ここで握手する、ということの意味は分かっている。パイロットへの道が開かれているのだ。整備兵よりも、もっと直接この戦いの役に立てる。


 が、ここでエーリッヒは少し躊躇をした。「白い十一番」のことだ――この戦場に、ではなくあの戦場に、彼はいた。敵として、彼はエーリッヒと対峙した。収容所からどう抜け出したのかは定かでないが――それが何故なのか、想像はつく。かつて自らの国相手に戦いを起こした彼だ。その根源にあったものが、憎しみに変わったとして不思議はない。


 その憎しみを生み育てた親でもある自分に、戦う権利はあるのか?


(権利はない)エーリッヒは、しかし、前を向いた。(だが義務はある。戦わねばならない。戦って、彼の憎しみを終わらせなければならない。それが自分の戦いなのだから)


 だから、エーリッヒは手を取った。歓声が上がる。その中で彼は、その沸き立つ群衆の向こう側で、カマラがエアロックの向こう側へ消えるのを、見逃した。


(あの男は、『白い十一番』と戦った、と言っていた)苛立ちが、彼女の全身を動かしていたのだが。(そして、兄さんを壊したと――出任せでなく、本当だというのなら)


 許せない。


 彼女は廊下の薄暗い方へ歩いて行った。


 そして、半壊した艦隊は進む――目指すはポラシュカ連邦との国境地帯。要塞星系オクト・クラウンへ。

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