第25話 フーリッシュ
「……ウジェーヌ」
そうユーリが声をかけると、彼は半ば驚いたような顔をバイザー越しに見せたが、すぐに安心したような顔を作った。
「何だよここにいたのか。あのルドルフって人、探してたぜ」
「それならもう済んだよ。君こそ何でここにいるんだ?」
「寝れなくてね……ここからなら何か見えるかと思ったんだけど、無理そうだな」
「何かって?」
「戦争」
そのワードに思わず、ユーリはどきりとして何も言えなかった。それは今一番デリケートな領域だった。
「戦争……って」
「だから、まだ国境辺りでやり合ってるかもしれないだろ? そしたらビームとかミサイルの爆発とかが見えるはずじゃないか」
しかし、返ってきたのは能天気な言葉だった。ユーリは安堵したのがバレないように、真面目腐って返事をしてやった。
「……そもそも、何光年も離れているだろ。超光速の宇宙艦ならともかく光のスピードじゃ何年かかるか」
「へー、そうなのか」
「……逆に、君はそれも知らないで生きてきたのか? どうやってこの学校に入れたんだ」
「生憎と、スポーツ特待生でね。エンハンサーに乗ってさえいればよかったんだよ」
またデリケートな言葉だった。今度こそ、ユーリが震えたのには気づかれたかもしれない。少なくとも彼自身は気づいたから、話を逸らそうと笑顔を作った。
「スポーツって、スポーツ・エンハンサーのことか? どの競技だ?」
「レースだよ。『フーリッシュ・イワン』のチューンした奴を使ってて……要は、第三世代型のエンハンサーの操縦はできるし、軍用機並みの加速でも慣れてるってこと」
ウジェーヌはきっと後頭部を掻こうとしたのだろう。しかし硬質なヘルメットの表面を擦る音がマイクに拾われるだけだった。だがユーリにはそれが聞こえないほど、余裕がなかった。
「……そんなこと、さ、言ってどうするんだよ。僕はそんなこと聞いてないだろ」
「実は、さ」ウジェーヌは目を合わせない。「俺も声かけられてるんだよね、ルドルフさんに」
瞬間、ユーリの顔は凍り付いた。ナイフを首筋に突きつけられたようだった。
「受けるのか、その話」
「まあ……そうだな、そうなる」
「戦争なんだぞ。殺し合いなんだぞ。中等部の、軍事教練もやったことない奴が行ったって……!」
「そりゃそうかもだし、一度やったお前が言うなら説得力もあるけど……」
ユーリに詰め寄られてウジェーヌの目は泳いだ。右、左……だけど一瞬のことだった。
狙いすましたように、彼はユーリの相貌を見た。距離を詰めたところに目掛けて。
「でも、まだ俺にはやりたいことがあるんだ。やらなきゃいけないことが沢山あるんだ。そのためにはまだ死ぬわけにはいかない。だから精一杯やれることはやりたいんだ……これだけは伝えたかったんだ。『戦争が来た』としても、それで終わりじゃないんだって」
その視線は銃口のように真っ直ぐだったが、それでいて石畳に染み入る水のようでもあった。それは本心だった。ユーリには、その言葉はそう思われた。その証拠に彼の体を支配していたこわばりはゆっくりと解け始めて、彼はようやく、ニコリと笑うことができた。
「……君、単純なんだな」
「え?」
「聞いていれば分かるよ。真っ直ぐで、人を疑うってことをしないんだ。だから僕が高等部だってことにも気づかない」
「……そうだったの?」
「でなきゃ、軍事教練もなしに一般人が軍用エンハンサーを動かせるものかよ――だから僕は君みたいなタイプとは違うんだ。そんなに真面目にもマトモにもなれはしない」
そこまで言ってから、バツが悪そうにユーリも頭を掻く。コツコツという音が聞こえる。なるほど実際に頭を掻くのより何倍もうるさくて酷い感覚だ。
「だから、さ」だが、だからこそ目が覚める。「僕はこの戦争に真面目に取り組んでなんかやらない。殺してなんかやらない。殺さないで、それでいて死なないでいてやる。これが僕の戦い方だ――これが、僕の戦争だ」
ちらり、とウジェーヌの様子を伺う。呆れただろうか、それとも怒ったか? ユーリは静かに戦々恐々としていた――のだが、実際にそこにあったのは豆鉄砲を食らった鳩だった。
「……俺が単純ならお前は性悪だな」
「言うなよ」
「色々悪し様に言われたしな。単純ってお前、エンハンサーに乗ったときのお前に言ってやれよ」
「言うなよ……!」
「だけど、まあ、」ニヤリ、とウジェーヌは笑った。「その方がお前らしいよ。知り合ったばっかの俺が言うのもなんだけど、さ」
「それは本当にな――降りるかい?」
ユーリはエレベーターまで歩いて手前まで来ていた。その乗降口の手前で振り返ってウジェーヌが乗りそうか見たのだが、彼は首を横に振った。もう少しここにいたいらしい。お休みと言って彼は今度こそ背を向けて、格納庫行きのスイッチを押す。
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