第249話 航宙戦艦「ワーテルロー」
航宙戦艦という艦種がある。
それはドニェルツポリで生まれた苦し紛れの呻き声であった。それの先祖と言える航空戦艦が制空権を失った大日本帝国の断末魔であったように、だ。
まず、ドニェルツポリ宇宙軍が置かれている現状を整理しよう。先の戦争の和平条約の関係で、彼らは新規建造が許されない。一方で五個連合艦隊に勢力を限定されたため、損耗しきっていた各連合艦隊は最低限の補充を受けることができたが、残りの艦は破棄された――ことになっているし、これ以上の戦力補強は不可能ということを意味した。
しかし、新規建造とはどのようなもののことを言うのか。
それは、軍事費に計上される予算から造船所に依頼を出したもののことを指す。
ドニェルツポリが和平条約の中に残した罠であった。
何故なら、逆に言えば、それ以外のものはフリーパス、というわけであるのだから――そこで彼らは二つの案を考えた。
一つは、前述した、転用可能な民間船の建造補助。これを軍事費からでなく経済対策として打ち出すことで、規制の網から逃れようとしたのである。
が、これは理想的ではあるが上手く行かない、と当初から予想されていた。いずれにしても、艦隊規模を増大させることは条約違反だったからだ――つまり、お互いが譲り合うように条約を破棄する状態にならなければ、そしてその状態で敵が攻め込んでこないのであれば、初めてそこで各艦の改装・戦力化が行えるわけである。そのような理想的な状況は、残念ながら来ない。備える必要はあるが。
そこで第二案。既存艦艇の強化である――これも、条約の中にはない文言だった。有事の際には、かつて以上の数的劣勢に晒されることが明らかになっている以上、質を高めるほか生き残る術はない。そして機動戦による遅滞戦闘を行うことで、地球との同盟に必要な時間を稼ごうというのである。
その中で生まれたのが、航宙戦艦である。
その最大の特徴は、キメラと呼ぶべきその見た目だろう。統計的に使用率の低かった後部砲塔を撤去。そこにモジュール式の平らな甲板をセット。砲塔基部は格納庫として機能し、カタパルトは艦橋などの構造物を避けるように左右に配置――まさしく航空戦艦の後継者と呼べる出で立ちであった。
が、そこまでして改装する戦術的意味合いはあったのだろうか?
その答えを、ドニェルツポリ人は知っている。
ノヴォ・ドニェルツポリの戦いだ。
この戦いにおいて第一戦艦戦隊は敵航宙戦力が枯渇したタイミングで突撃を敢行し、敵部隊を撃滅した。この突撃は、つまり航宙戦力が拮抗しているかまるで存在していない状況であれば、戦艦は未だ有用な戦術単位であるということを意味していた。
もちろん、まずノヴォ・ドニェルツポリの戦いのような状況がほぼない以上大抵戦艦に航宙援護をつけることになる。しかしそれが常にできるとは限らないし、戦力を二分する以上、防御はどうしても手薄にならざるを得ない。
ならば、戦艦自身が、航宙戦力を保有すればいい――という結論に至ったのが、大戦期のドニェルツポリ人たちだった。
一見、この突撃艦には、何ら欠点がないように見える。敵航宙戦力を跳ねのけて飛び込んでくる戦艦を、一体誰が防げるというのか。いやない――いやある。
予算だ。
軍事費そのものも終戦により縮小される中、全艦艇にこのような大規模改修を施すことは不可能だった。モジュール式といっても、それなりに値の張るものであり、特に工賃が取られた。重巡用のモジュールは、それが原因でキャンセルとなった。
そして、意外なことに、戦術的に使いにくいことが後の演習で発覚する。エンハンサーの搭載数が各級でまちまちであり、二個大隊を運用している艦があれば一個大隊しか搭載できない艦もあった。そのため、上級司令部の航宙管制指揮官はその各々の戦力値を頭に入れた上で戦闘しなければならなかったのである。会戦が続いて損耗しているのならともかく、初めからこれでは、煩雑に過ぎるというものだ。
この当時の航宙戦艦は、生まれながらに風前の灯火といえた。が、戦後、第二次宇宙大戦に至るまで、この種の艦艇は各国のトレンドとなる。
「はあ、はあ、」が、そのことを、エーリッヒはまだ知らない。「ハアッ」
彼はまさにその航宙戦艦の中にいた。航宙戦艦「ワーテルロー」である。戦艦時代の艦名は「トラファルガー」であり、これまたノヴォ・ドニェルツポリの戦いにも参加した武勲艦として知られていた。
その格納庫の中で彼らが運んでいるのは、エンハンサー用のミサイルである。それは台車に乗っていて、たった一発で、それも二人がかりで運んでいるのだが、しかしそれでも重く感じられる。三十代半ばに差し掛かろうという男には少し辛いものがあった。
「『大佐殿』、大丈夫ですかな?」
ミサイルを挟んで左側にいる上等兵が、声を掛けてくる。「大佐殿」というのはエーリッヒにつけられたあだ名だった。が、それが彼は気に入らなかった。
「大佐はよしてください。今の僕は二等兵です。整備課の見習いに過ぎない」
「それならいいんですがね。もっと力込めて押してくださらないと、そっちに曲がって行っちまうんでね」
そう言うドニェルツポリ人の腕は筋骨隆々としていたのを記憶している。生粋の整備兵で、前の仕事でもレース用のエンハンサーを一人で組み上げていたというのだから筋金入りだ。
「しかし、こういうのは電動のカートで押すものでは? これじゃ非効率だ」
「そんな金のかかるもの、ウチじゃ使えたことねーですよ。それより、二等兵は黙って手を動かすもんでさあ。また伍長に叱られますぜ」
ちら、と彼は彼女――伍長のいる方を見た。その図体は、彼ら男性陣のそれらどれよりも大きくある。それ故宇宙服も一人だけ大きなものを着ており、ただいるだけで威圧感があった。
いや、威圧感に関しては、図体故だけではなかった――彼女の前にいると感じる睥睨されるような感覚は果たして身長差だけから来るものではなく、その視線の鋭さから来るのだった。
「それにしても、だ」が、それ故エーリッヒは気になった。「確か伍長殿は、ルヴァンドフスキ……と仰ったよな」
「ああ、そうだった……かな? 大抵伍長殿で通してるから忘れてたが」
「なら、あの『白い十一番』と関係があるのかな」
「あ? ああ……あのテロを起こしたアイツか。でも珍しい苗字でもないでしょうが?」
「どうかな、どことなく似ているような気がする……」
「会ったこと、あるんですかい?」
あるさ。戦場で何度も――
と言いかけて、エーリッヒはその言葉を飲み込んだ。それは彼らにとっては、仲間を殺されたということと同義だったからだ。
尤も、大佐でパイロットだったという時点で、それは明かしているようなものだったが――それはともかく。
「それはともかく、伍長殿は、随分お若くいらっしゃるようだが、おいくつなのかな?」
「へへ、狙ってるんですかい?」
「そういうんじゃない。だがあの貫禄。そう簡単には身につくまい」
「へ、何でも、大学を中退してまで軍に入ったそうですよ。最初はパイロットになろうとしたけど、ほら、図体がデカいから」
「ああ……身長制限があるもののな、『ロジーナ』は」
「ええ。そういうわけだから、次点で整備兵になったそうで。ま、今となっちゃ天職でしょうな」
ミサイルの向こう側にいる伍長殿を、エーリッヒは盗み見た。その表情にはどこか常に憂いとそれに対する諦めがあるように見える。それが、どこかあの男の表情を思わせるのだ。
ユーリ・ルヴァンドフスキ――そういえば、その行方はどうもトンと知れない。アミパシーリィ収容所にいたことまでは調べることができたが、それを知ったのはそれが既に蹂躙された後だった。一応行方不明者リストにはいたが……死んだのかどうかすら分からない。
(が、彼がそんな死に方をするとは思えない。)それが、エーリッヒの直感だった。(どうやったら生き延びられるのかは分からないが、きっと生きているはずだ。そう信じる……)
そのときだった。ミサイルを運んでいた手が滑って艦の中を勝手に動き始めたのは。
「――うわッ」
反対側にいた上等兵は止めようとしたが重量に振り回されて引きずられた。果てはそのまま浮き上がってしまった。エーリッヒはそれに走って追いつくことはできたものの、片方だけ押し込んだのでは止まらない。ぐるりと回転してしまって踏ん張りがきかない。弾頭は不活性にしただろうか? ――ふと、その予感がした。していても、エンハンサーにぶつかればただでは済むまい。特に、もし、そこに人がいれば――
「――!」
が、そのとき急に滑車の動きが止まった。あんまり急激だったので却ってエーリッヒの方が振り回されるほどだった。エーリッヒは何かにぶつかったのだと思った。が、そうではない、と理解したのは、次の瞬間だった。
「プディーツァ人は、」低い女の声がしたからである。「この程度の仕事もできないのですか」
伍長殿だ――ミサイルの上から覗く視線は、凍り付くようであった。エーリッヒは滑車にロックをかけてから、すぐさま彼女に敬礼をした。
「は――緊急出港だと聞いて、焦ってしまい申し訳ございません」
「緊急出港だろうが通常出港だろうが、やることは変わりません。それなのにアナタはミスを繰り返した。それは偏にアナタに能力がないからです」
「は」
「アナタがプディーツァ軍でどのような地位にいたのかは聞いています。が、そんなことは知ったことではない。今のアナタの役目を果たさない限り、アナタはただの無能に過ぎない」
「は……」
エーリッヒは、じっと頭を下げ、耐える。概ねその通りだったし、完全によそ見をしていた彼のミスだった。
「……これだからプディーツァ人は」が、その姿勢が、尚更彼女の神経を逆撫でしたのだろうか。「あの戦争を起こしておいて、何一つ反省などしない顔で私たちの前に現れて――一体何様のつもりなのですか」
「ッ、それは」
「答えられはしないのでしょう。ただの自己満足なのですから」
「それは違います。私は、私の国が犯した罪に向き合いたいがためにここにいるのです。もっといい貢献の仕方があるとは思いますが、それだけです」
「それが自己満足だと言っているのです。要するにアナタは、この国に何かをしてあげたいという上からの目線で物を言っている。違いますか」
「違……」
うだろうか。
そう言えるだろうか。胸を張って。
罪を償うと、そう言ってしまった自分に、他の言い方ができるものか。
「この国は、確かに弱者でしょう。ええそうですとも。国力も何もかも差がついてしまった。でもね、踏みにじってきた人間からの施しを受けるほど弱ってなどいないんです。分かったら、」そこまで言って、彼女は少し冷静になったようだった。「……仕事に戻りなさい」
そう言って、彼女は踵を返す。そのとききらめきが宙を舞ったのに、エーリッヒは気づいた。
「アナタ方がいなければ」その去り際の一言も。「兄さんは」
待、とそこまで口にした、エーリッヒの肩は引き留められた。そのとき警報が鳴ったからだ。
そして艦内放送は告げる。
プディーツァが攻めてきた、と。
戦争が、やってきた。
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