第248話 さあ刃を鍛えるがよい
一個大隊三六機。
それだけの数のエンハンサーが動くとなると、一つの作戦行動と言えた――それはそうだ、一つの任務行動をこなせる最小単位、それが大隊である。停泊する船舶の間を飛ぶそれは、まるで宇宙を埋め尽くすかのようですらあった。
「何故、編隊を組むのか。」その先頭に立つユーリは、後方の味方機を振り切るほどの速度だった。「それは、互いの死角を補い合うためだ。たとえそれは、格闘戦の中でも変わらない。いかに乱れる運動の中で味方の援護を得るか、得るためにどうするか――それを常に考えるのがパイロットというものだ」
そして突然に、鋭い旋回を掛ける。その動きに、後方の味方機はついてこれない。編隊は大きく乱れ、あるものは直進し、あるものは衝突し、あるものは旋回をしすぎてブラックアウトを起こす。
そしてそれは、ユーリの目算通りだった。
「さあ敵が来るぞ!」いかにもウキウキした声になるのを、彼は自ら感じた。「編隊を組み直せ、ミサイルを回避したら、敵との射撃戦になる! 構えろ!」
再び旋回し、先ほどの針路にユーリは向き直る。機体のエンジンが上げる悲鳴を何とかなだめながら、更に増速。戦闘機動をせんばかりの動き。やはり後続機はそのテンポアップに置いていかれる。直進すること、一秒、二秒、三秒――最終的に一分かけて、彼らは元の隊形に戻った。
「……たるんでいるな、貴様ら。この程度のことができないでどうしてパイロットだと言える? 特技兵だというのは、嘘っぱちだったのか⁉」
「大隊長殿!」文句を言うのは、やはりギョームだった。「これは無茶ですよ! こんな動き、習ったことがない! 本当にこんなことをするのですか⁉」
「黙れ、ミンハラ特技兵。するからやっている。お行儀よく戦闘が進むと思うか? そんなにお行儀よくしたいのなら、今すぐ機体から降りてバレエでもやっていろ!」
そう一喝されると、無線の向こうのギョームは静かになった――とはいえ、それは降伏ではないに違いない。単に無線を切って、減らず口を叩いているに違いないのだ。が、少なくともそれだけ自分の考えがあるということである。
「よし」そうでなくてはならぬ。命令がない状況下でも任務を達成する。それこそがパイロットの存在意義だ。「次はミサイル回避後、各小隊で編隊を組め。十秒でやってみせろ!」
綺麗に組んだ編隊は、またも急旋回でバラバラになった。蜘蛛の子を散らすように――それが数十秒かけて各個に楔形の編隊を組む。それがゆっくりと元の編隊へ戻り、それを繰り返す――
「エーリンゲン中佐」艦長は、艦橋でそれを眺めていた。「ルヴァンドフスキ少佐はどうなのかね?」
「は――艦長。一時は反抗的でありましたが、今は訓練にも熱心で、休む間もなく新兵をしごいております」
ふむう、と艦長は息を漏らした。訓練は各中隊での模擬戦となり、スラスターの描く光線の軌跡が先ほど以上に複雑になっていく。彼はそれを目で追っていたが、その鋭さと動きの速さから何も読み取れなくなり、すぐに中断して目頭を揉んだ。
「全く、どういう心境の変化なのだろうな、アレは。傀儡政権下では英雄となり、愛国的テロリストになった男が、どうして我々と肩を並べているのか。まして少年兵を使うことには反対する癖に、訓練は本来以上にやるというのは」
「『白い十一番』、ですからな。動いていなければ落ち着かない性分なのかもしれません」
「戦いこそが生きる場所とでもいうのか。英雄というよりは奸雄とでも言うべき代物だな。ノヴォ・ドニェルツポリの連中の手に余るわけだ」
艦長は帽子を脱ぎ、その中にあった禿頭を撫でた。ヘルドはこの上官の癖がどうにも好きになれなかった。どちらかといえば潔癖症であるから。
「しかし、実機での訓練はいい加減やめさせねばならんな。我が祖国とて、無限に資源があるわけではない。重力燃料は節約が必要だ。そうは思わんかね中佐」
「やめさせろ、という意味であれば、私としてはご再考を願うところですな」
「ほう?」艦長はヘルドに挑発的な笑みを浮かべた。「その心は?」
「これはあくまで私個人の見解でありますが――特技兵制は、失敗であると考えます」
ぴく、と艦長はすぐに表情を撤回した。無表情になってから、すう、と一度息を吸い、溜息を吐いた。
「よせ、中佐」
「しかし、経験の少ないただ操縦だけを習ったパイロットが何になりましょうか。彼らはただ訓練を受けた敵兵の的になるだけでありましょう。それでもこちらに正規のパイロットが多数いれば、それを囮に戦うこともできましょうが、実際には全補充パイロットの三割がこの程度の技量になっているというのは危険極まりないことです」
「……よせと言ったのだがな」
「すみません。しかし、エンハンサー戦は今や艦隊戦と同義語です。前者が後者の運命を決める。であるからには、彼ら素人の技量を鍛えないことには、来るべき大戦において我々は遅れを取ることになります」
大戦――それは、この時代の軍人にとっては、空想ではなく現実となっていた。プディーツァ、ジョ王朝というこの二つの帝国が巨大化している現状は、その自意識の肥大化も招いていた。現状、直接の軍事衝突がないだけであって、領土紛争や経済摩擦、果ては民族対立といった何らかのきっかけがあれば、すぐにそれは世界を火達磨にしてしまうことだろう。
その中で生き残るには、一艦長としては、艦載機搭乗員の練度を上げるしかない。彼は溜息を吐いた。
「分かった――戦隊に追加の補給をもらえないか要望を出してみる。それでいいな?」
「ありがとうございます」
ヘルドは敬礼をして、艦橋から降りた。航宙甲板では既に着艦訓練が始まっており、その揺れが艦を揺らす。それが軍靴の足音に聞こえた。
大戦が近づいてくる。
新たな戦争が、銀河的地平の向こうからやってくる。
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